激闘(わたしが)
「しかし、ふたりがかりでも良かったのだがな」
と、ヴォルグさんが言った。
絶剣さんが進んでいった廊下の先を眺めながら。なんだか寂しそうな声だ。
「だが」
振り返り、わたしを見おろす。
「次は狂想曲か。……うわさは聞いているぞ」
「そのぉ、ちなみにどんなうわさですか?」
ヴォルグさんは鼻を鳴らした。
「いろいろ聞いたが、行く先々を壊滅させているらしい、とな。それなのにどんな戦い方をするのかは情報がない」
「壊滅させているって言われると……ちょっと」
わざとじゃないのに。
「はあ……わしはな、強者と戦うのが好きなのだ。たとえば先ほどの絶剣はよかった。まだ若く技も成長途中ではあるが、動きがすこぶるよい」
「そうですね」
「しかし、おぬしは動きが素人同然……いや、二流や三流のそれにしか思えない」
「わたしの剣って、妹にすら負けますからね……」
「妹はいくつだ?」
「あっ、9才です」
ヴォルグさんが手のひらで額から目元までを押さえた。
大きなため息が聞こえる。
「わしはプロの業者になってから長い。ゆえに、これまでに多くの同輩を見てきたがな……ときおりいるのだ。お前のような者が」
「わたしみたいな?」
「うむ。戦いに秀でているのではなく、策略や計略、あるいは商売の上手さで名をあげる者たちだ。たとえばグラーツもそうだな」
「えっ、そうなんですか?」
「これはあまり知られていないが、やつは魔法すら使えない。しかしその悪名は裏の世界で有名であるし、表の世界でもやつに逆らえない権力者は多い」
「じゃあ、ヴォルグさんも」
ドゴッ──と腕が横に振られた。
壁がえぐれて部屋のなかが見える。おびえたメイドさんが頭を抱えてしゃがみこんだ。
「わしは金のため、というだけだ。それに貴様らのようなバカと戦いたかったというのもある」
「あっ、すい……ません……」
「しかしグラーツという男がすごいやつだとは、わしも思っているぞ。強引な手法で店を奪っているが、それを訴えられても裁かれない。ワイロや脅迫のおかげでな。もはやこの国にやつを逮捕できる者などいるのだろうか?」
「……」
「さて、時間を稼いでるのはわかっている。もういいか?」
「えっと、すいません。もう少し……あと外で戦いたいです」
「いいだろう。だが絶剣を待っているだけなら、容赦はしない」
ヴォルグさんはゆっくりと来た道を通って、外に向かう。
わたしはその背中を追いかけた。
「ん? なんだ、あれは」
と、ヴォルグさん。
日の出に照らされたお城の上空で、まるで夜が残っているような黒い渦がゆっくりと回っている。
わたしたちは庭に出た。
「はあ、疲れた。──ようやく集まりました」
わたしは話しているあいだに、お姉さんが持ってきてくれた大剣から、砂鉄をゆっくりと集めていたんだ。
わたしがなにかをしているのを、ヴォルグさんがわかっていても待っていてくれたから、ようやくできたこと。
だから、せめて感謝くらいはしなきゃってペコリと頭を下げた。
「ほう、わしは間違えていたようだな。おぬしはグラーツとは違う。絶剣とも──今まで戦ってきた、だれとも!!」
右手を頭上に掲げると、そこを目指して黒い渦が吸い込まれていく。
手のひらに。腕に。頭に。肩に。胸に。腰に。足に。
すかすかだった今までのローブや面頬が、ぎっちりと固まった。
「狂想曲ォォオオオオオオオオオ!!」
ドゴッ、とわたしの面頬にヴォルグさんの拳が直撃する。
痛みもなく、首がすこし傾いただけだった。
ヴォルグさんは蹴りを放つ。
痛みもなく、腕がすこし揺れただけだった。
ヴォルグさんが手刀で突きを放つ。横に薙ぐ。けさ斬り。上段蹴り、前蹴り。正拳突き。
どれも痛みもなく、身体がすこし揺れただけだ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
「ヴォルグさんは剣を使わないんですか?」
「愚問! わしの腕は剣、わしの突きは槍、わしの脚は斧。全身が鎧であり、武器である! これすなわち金剛無敵なりッ!!」
いいなぁ、わたしも技に名前をつけたい。
「それではそろそろ──攻撃します!」
わたしはすこし浮いて下がった。
ローブを鎧に変えると、余っている砂鉄で剣を作る。
浮遊する黒い剣が20振り。
一斉に飛翔する。
「そのようなこともできるのか!」
わたしは集中して剣を操った。
黒い剣がヴォルグさんへと右から左に舞い踊る。
「わしの全身は鎧であり武器であると言ったはず!」
黒い剣は手刀や蹴りで砕かれていく。
当たっても、攻撃が通らない。
ヴォルグさんは攻撃を受けても進むことをやめなかった。
どうしよう。ヴォルグさんの攻撃は効かないけど、わたしの攻撃もヴォルグさんに効かない。
「ハハハッ! 攻撃は苦手と見えるな!」
黒い剣が砕かれるのは、込められた魔力と砂鉄がすくないからだ。
「じゃあこれで!」
わたしは砕かれては剣に戻していた砂鉄を回収した。
手のひらの上で集まった魔力と砂鉄が球体に変わる。
「ううん。まだ足りない……!」
鎧に使っているぶんの魔力も込めて、手のひらを天へと向けた。
そこにできたのは剣だった。
でもただの剣じゃない。30メートル近い、巨大な黒い剣だ。
「さあ、こい!」
「いっけぇええええええええ!」
受け止めようとするヴォルグさんに、わたしは巨大な黒い剣を振り下ろした。
ギュゴーンッ──と、まるで鐘が割れたような音が響く。
庭が大地ごと一直線に砕け、直撃した際の衝撃波でお城中のガラスが砕ける。
でも、
「くっ……くは……ハハハハッ」
ヴォルグさんは立っていた。両腕を交差させて、あれを受け止めたの!?
巨大な黒い剣は、蹴りで上にはじかれた。
そして──突っ込んでくる。
「るあァアアアアアッ!!」
拳が来る。
防御が間に合わない!?
お腹に受けた正拳突きで一気に吹き飛んで、わたしはお城の壁を数枚ぶち抜いて、ようやく止まった。
目尻に涙が浮かぶ。
痛い。すごく痛かった。お腹に穴が空いたかと思った。
ヴォルグさんが、わたしがぶち抜いた穴を通ってくる。
まるで千鳥足みたいな、おぼつかない足取りで。
1枚目の壁を越え、2枚目の壁を越え、そして3枚目の壁のところでバタリと倒れた。
「えっ……生きてます?」
「……おう」
ああ、よかったー。
もう無理。もう立てない……。
「狂想曲、無事か?」
軽快な足音と共に、絶剣さんの声が聞こえてくる。
わたしの横に来ると、すぐに肩を貸してくれた。
ささえられながら立って……めちゃくちゃになった壁に息を吐く。
「あーあ、やっぱりトラブルは金属製なのかも……お城が……はあ……」
「なにを言ってるのかわからないが、まさか金剛無敵に勝ったのか?」
「勝ったというかなんというか」
「ええい……わしの負けだ。はよう去れ」
いつのまにか上体を起こしていたヴォルグさんが、手のひらをピラピラ振った。
わたしは若干、いや、わりと引きずられるようにして中庭まで向かう。
気を失っているヴォルグさんのお弟子さんたちの向こう、なにもなかったはずの壁にトビラができていた。
というか、中庭の柱にグラーツさんが縛られてる。
「な、なんだと……あのヴォルグが、金剛無敵が負けたのか……?」
「ギリギリ勝った感じ……です」
青い顔になったグラーツさんの横を抜けて、隠し部屋に入った。
縛られたゼルーラ伯爵が椅子に座っている。
「ゼルーラ伯爵は、われが入ったときには縛られていた」
じゃあ、ほどいてあげればいいのに。
「……えっと権利書、権利書」
天井まで届く棚に、数えきれないほどの書類が置かれている。
わたしと絶剣さんはそれぞれ目的の品を探した。
「あれ? なんで指輪?」
絶剣さんは先に見つけたみたい。
でも書類じゃなくて、箱にいれられた指輪を持っている。
「われへの依頼はこれだったのだ」
「そうなんですね。えっと……わたしのは……これだ! あった、パン屋さんの権利書!」
「なっ……なんだと!?」
グラーツさんにわたしの声が聞こえていたらしい。
「パン屋だと? パン屋のために……このわたし、金貸しのグラーツに敵対し、わたしの城を壊したというのか?」
「まあ、はい」
庭と窓ガラスは壊しちゃったけど、壁を壊したのはわたしじゃない気が。
「ほ、報酬か? 裏にいる何者かに、多額の報酬を……」
「いや……裏っていうか」
わたしはパン屋さんの娘さんから貰った小さな革袋を取り出した。
ちゃりちゃりと硬貨の音が鳴る。
「これが報酬ですね」
すごい身体中が痛いし、帰りに甘いものでも買って帰ろ……。
ゼルーラ伯爵を解放して、それから魂の抜けたようなグラーツさんを解放すると、わたしは帰ることにした。
背中に翼を生やすと、宙に浮く。
「と、飛べるのか?」
絶剣さんがわたしを見上げながら言う。
「飛べますね……では、さようなら」
ペコリ。
わたしはふらふらと飛びながらお城から出ていった。




