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黒いのふたり

 わたしは信じられないものを見た。

 一度に飛びかかってきた魔剣士たちを相手に、絶剣と名乗る剣士は、川を流れる花びらのような美しい動きで対抗したのだ。

 剣を使わず、すれ違う際に打ち込んだ掌底(しょうてい)だけで10人を越える魔剣士が床に倒れている。


 即座に距離をとった他の魔剣士たちは、仮面をつけていてもわかるほどの驚きと恐怖を顔に出して、剣をも震わせた。

 絶剣はまっすぐに伸ばした背中をわたしに向けて、そのまま1歩、また1歩と進んでいく。

 目的はあきらかだった。


「つ、剣だ。剣を使わせるな!」


 老将のような男性客が言う。


「強すぎる……まるであの人みたい」


 わたしはつぶやいた。

 たしかに絶剣は、犯行予告として床に刺していった剣に向かっている。

 剣に進もうとしている絶剣を(はば)もうとして、さらに10人が掌底を喰らって気絶した。

 残った者たちは、犯行予告に使われた剣で斬られた。


 魔剣士は魔力を防御に使っているから、魔力が尽きなければ銃で撃たれても軽い打撲程度で済む。

 だというのに、この場に倒れている者たちは動けそうにない。

 攻撃に込められた魔力がそれだけ強いのだろう。

 圧倒的だ。

 絶剣は無傷なのに、大勢の客たちだけが床に倒れてうめいている。


「ありえない」


「魔法は奥が深いんだよ、姫君。君だって修行すれば、このくらいのことはできるさ」


 わたしは唇を噛んだ。

 人には分相応と分不相応、というものがある。

 誰もが知っている事実として、ローレンティアの魔剣士は他国よりも遅れている。

 それでも、わたしは今から1年前に、アデル・トトラに出会った。

 アデル・トトラはお父さま──国王陛下に謁見した際に、ローレンティア王国の将軍たちと試合をして、完膚なきまでに打ちのめした。


「それは、才能があるから言えることでしょう」


 わたしはあのとき、絶句した。

 勇猛果敢だと有名だった将軍も、無敗だと有名だった騎士も、わたしとあまり変わらない年齢の少女に負けたのだ。

 アデル・トトラはアクシラ魔剣士学園に入学して、アクシラ王国の人間を相手にしても負けていないのだと知った。


「才能、才能か。もちろんそれもあるんだろうね」


 わたしはそんな彼女に数日間の手ほどきを受けた。

 故郷に帰りたいと何度かつぶやいていたアデル・トトラは、それでも国王陛下からの命令であるからと受け入れたのだ。

 数日間の師弟関係だったけれど、それは……わたしの一生を決めた。

 剣の道に生きたい。

 だからこそ、教わったことを1年間、絶えずに練習してきた。


「わたしは……強くなりたい。でも、わたしでは……」


 将軍すら倒せるようになって、わたしは自分の実力を過大評価してしまった。才能があるのだ、と。

 アデル・トトラには(およ)ばなくても、その次くらいの才能があると思っていた。

 でも、その幻想はあっという間に打ち砕かれてしまった。

 飛行船での白狼と呼ばれた男の動き、あれにわたしはついていけない。

 そして今宵の、絶剣と名乗った彼女のチカラ。


「……きっとわたしでは、そこに倒れている人たちのひとりすら倒せない……」


 わたしがそう言うと、絶剣はこくりと首を縦に振った。


「ああ、そうだね。でもさ、最初から強い人なんていないよ。君は弱い、弱いなら……強くなれる余地があるってことだ。この場で最弱な君が、下を見ていても意味がない。上を向いて生きなよ」


 絶剣はそう言うと、その場で跳躍(ジャンプ)する。

 開いている天窓の外に姿が見えた。


「ねえ絶剣」


「なにかな?」


 わたしはお母さまからいただいた、銀の腕輪を撫でる。


「あなた、飛行船で、わたしの腕輪を取り戻してくれた?」


 絶剣は少し考えるように顎の先に指を持っていく。

 そして、


「いや、それは別の人だよ」


 と言って姿を消した。



【リーネ】



「ちょ、待って!」


「逃がすものか! 絶剣め!」


「わたしは絶剣じゃないんですってば!」


「なに? そうか、わかった──と見せかけて三段突き!!」


「ぎゃあああああ!?」


 わたしは背中を突かれて転んだ。

 屋根から落ちて、地面に尻餅をつく。


 ダメだ、この人たち話を聞いてくれない!

 魔力とローブがあるから、斬られたり突かれても痛みはない。でもやっぱり衝撃はあるんだよね。

 砂鉄が多かったら、拘束したりもできるんだけどなぁ。

 炎を使っちゃうとお城が燃えちゃうし……。


「ふむ」


 真紅の仮面をつけているアーロ伯爵が、目の前で腕を組んでわたしを見た。

 追いかけてきた人たちも、屋根の上からわたしを(なが)めてる。


「かなりの魔力量だな。しかし、もう限界だろう。あと1度か2度の攻撃を受けると……死ぬぞ?」


 いや、魔力量だけならぜんぜん減ってないよ。

 精神的には疲れてるけどさ……。


「あの、もう追いかけるのやめてもらえませんか?」


「ふっ……降参するということか」


「いや、あの」


「この魔力量であれば絶剣などと名乗るのも、理解はできる。不遜(ふそん)なやつだと思っていたが、これほどの才能であるならば勘違いも許されるだろう」


「あの」


「くははっ……おしかったな。貴様の相手が、アーロ伯爵であれば助かっていた。しかし今ここにいるのは騎士団長のアーロだ。アクシラ王国貴族に喧嘩を売るようなやつを許すことはできないのだ」


「ええ……」


 アーロ伯爵なのか騎士団長アーロなのかは、ともかく。

 剣を振り上げた真紅の仮面の人に向かって、人が次々に落ちてきた。

 屋根からこっちを眺めていた他の魔剣士たちだ。真紅の仮面の人はとっさに飛びのくと屋根の上をにらみつけてる。


「何者だ!」


「──絶剣」


 すらりとした体型の人物が、落ちてきた魔剣士たちがさっきまで立っていた場所に立っていた。

 わたしと同じで黒いローブ姿だけど、向こうのローブにはフードが無いみたい。

 あやめ色のショートカットの下に、目元を覆う白い仮面。

 髪の色と同じ、あやめ色の瞳がこっちを見ている。


「なに、絶剣はふたり組ということか」


「違う」


 絶剣さんは言った。


「われは常にひとり。そいつのことはしらない」


 真紅の仮面の人は少し怒ったようにわたしを見て。


「まぎらわしいやつ! ええい、邪魔だ。どこへなりとも行くがいい」


 なんて言う。


 ガーーーン!

 わたし、最初から違うって言ってたのに!!


「へえ、やるなぁ」


 とぼとぼと移動してたら、そんな声が聞こえた。

 絶剣さんは少し嬉しそうだ。

 真紅の仮面の人は剣を横に構えて、防御している。絶剣さんは剣を止められたのがうれしいの?


「ふぐぅおおおおお!」


「でも、まだ足りない」


 速い。

 絶剣さんはバックステップで下がったと思ったら、今度は一気に前進して攻撃する。

 ばたり。真紅の仮面の人が倒れた。


「さて、君は……だれ?」


 剣を自分の肩にのせながら、絶剣さんはわたしに問いかける。

 わたしは移動しようとこそこそ動いてたけど、動きを止めた。

 

「あのぅ──狂想曲です」


「ああ、あの」


 あのって、どの!? 

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