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深夜0時の戦い

『……きて……リーネちゃん、起きて!』


「へ?」


『もう0時のすこし前だよ!』


 イヤリングからの声にわたしは飛び起きた。

 部屋にベルさんの姿はない。


「……というか、わたしはなにをすれば?」


『いや、パン屋の権利書でしょ! 絶剣が注意を引いているあいだに、リーネちゃんは権利書を探しちゃえばいいんだよ』


 なるほど。


『城の見取り図はあるからさ、案内するね。まずは書斎から行こう』


 わたしはパン屋さんの娘さんを思い出して、両頬をパシンと叩いた。


「じゃあ──行きます!」


 腕輪型に固めていた砂鉄が黒煙のように広がって、フード付きローブと面頬に変わる。

 持ってる武器は小さなナイフだけだけど、大丈夫なのかなぁ。

 いや、見つからなきゃいいか。


 わたしは部屋から出て廊下を進んだ。

 壁に備え付けられてる魔石灯があるから、夜中でも明るい。

 だから、


「なっ」


「あっ、その……」


 廊下を歩いている、仮面をつけた貴族の人にばったりと会ってしまった。


「で」


「で?」


「出たぞー! 曲者(くせもの)だぁあああああ!!」


「う、うわああああ!?」


 迷路のような廊下を逃げていると、追いかけてくる人がどんどん増えてくる。

 おじさんもおばさんもお兄さんもお姉さんも、剣を持ってわたしを追いかけてきた。あとおじいさんまでいる。元気だなぁ。


『そのまま進んで、右に曲がれば外に出られるよ!』


「は、はい!」


 わたしはお姉さんからの指示を信じて右に曲がる。

 中庭みたいな場所に出た。正面にはヴォルグさんのお弟子さんたちが壁際(かべぎわ)に立っている。

 まるでなにかを守っているように見えたけど、なにしてるのかな。

 こっちに気づいたみたいだけど、剣の柄に手を当てて、それでも向かっては来ない。

 

「戦え、絶剣!」


「うわっ」


 真紅の仮面の人が振ってきた剣を避けて、一気に上に飛び上がる。

 壁を蹴って、蹴って、蹴って。

 たどり着いた屋根から見おろす。


「卑怯者! 降りてこい!」

「正々堂々戦いなさい!」

「上だ、上にいるぞ!」

「こっちから上がれるぞ!」


 あ、あわわわ。

 なんでわたしが狙われてるんだろう。


『屋根の上から大きな建物が見える?』


「見えます……!」


『そこが舞踏会の会場だから、そっちに行っちゃ駄目だよ。大勢の魔剣士がいるだろうから──うわ、やめ。……狂想曲?』


 揉めているような声が聞こえたあと、情報屋さんの声がイヤリングから聞こえた。


「えっ……はい」


『そこにいる魔剣士のなかでも、特に危険な人物を教えます。真紅の仮面をつけているのはアーロ伯爵といってキノン魔剣士学園を上位の成績で卒業した現王国騎士団長のひとりです。赤いドレスのデルテラ子爵は、昨年アクシラ魔剣士学園を高成績で卒業した人物で──』


 数人の見た目とパーティーでの服装、現在の役職なんかを情報屋さんはすらすら言っていく。

 うん。わからない。そもそも、覚えられないってば。


「……はい」


『それでも一番強いのは、金剛無敵です。われわれの同業者であり、プロの用心棒です』


「……用心棒!? えっ、その人の名前は?」


『ヴォルグと名乗っているはずです。ご存知では?』


 返事をしようと思ったら、さっき言われてた真紅の仮面の伯爵が屋根に上がって来ていた。


「ふはは! 絶剣などと高慢な名前を名乗りおって、われの剣とどちらが強いか──」


「あっ、ごめんなさい。逃げます」


「おい、逃げるな! 待てッ!!」


 わたしは屋根の上を走り回って逃げた。

 そんなとき、仮面舞踏会の会場の屋根に、黒い影が見えたような……。

 天窓の前でかがんで、なにかしている。



【リゼ】



 気に入らないわ。

 会場の中央でひとり、椅子に座らされて、横のテーブルには宝石類や何かの台帳が置かれている。

 彼らはこの城の一番の宝がなにか──わからなかった。

 城主のゼルーラ伯爵にも見当(けんとう)がつかないらしい。

 と、いうことで自分たちの身に付けていた宝石類をテーブルに置き、ゼルーラ伯爵はこの台帳といくつかの書類を持ってきて、テーブルに置いた。

 これが宝なの?


 そうして身分も宝に該当するのでは、そんな話になって、ローレンティアの姫であるわたしは護衛の名目で監禁されることになった。

 帰ろうとすると危険だと言われ、目の届く場所にと言われてこのザマだ。

 トイレに行けば、ドレスの上に剣帯をきつく縛っている仮面をつけた女性客がついてくる始末。


 これが他国の姫への仕打ちなのかしら。


「……もう帰ってもいいのでは?」


「なにをおっしゃるのやら。もうすぐ0時です。危険ですわよ」


 わたしの問いに答えたのは、赤いドレスの女性だった。

 茶色の髪にちょこんと小さな帽子の飾りがあって、そこから伸びた孔雀の羽根がチラチラと動いている。


「この場にいることのほうが危険なのでは?」


 赤いドレスの女性はくすりと笑う。


「今宵、この場にいる魔剣士は100名ほど。そのなかには、とある騎士団の長もいれば剣術大会での準優勝者もいるのです。ここより安全な場所など、アクシラ王国においては国王陛下の御前くらいですわね」


 わたしは軽く目を細めた。


「あら、その100名は剣が床に刺さるのすら気づかなかったのでは?」


 図星をつかれた赤いドレスの女性は唇をきゅっと真一文字に結んだ。

 それも一瞬のことで、まばたきするほどのあとにはにっこりと笑っている。

 はあ、失敗した。

 こんな状況だからって感情を表に出すのは、姫として失格だ。


「失礼。言い過ぎました」


「いえ、お気になさらず。このような状況ですもの」


 周囲を見るとゼルーラ伯爵の姿がなかった。

 あの黄金の仮面をつけた、ゼルーラ伯爵の側近もいない。

 ただ、武骨な仮面をつけた大男が2階の踊り場から会場を眺めている。


「……っ」


 大男と視線があってしまった。

 武骨な仮面の奥から見えた眼差しは獣のそれに近い。

 もしかすると、この会場にいる魔剣士のなかで、彼が一番強いのでは?

 わたしの近くに立っている赤いドレスの女性も、身のこなしは一流だと思う。

 それでも見ただけでぞくりとするような殺気は感じない。


 ボーン ボーン ボーン


 会場にある大きな置き時計から時刻をしらせる音が鳴り響く。

 剣の形をした長針(ちょうしん)短針(たんしん)がかさなって、天を指している。

 つまり0時。犯行が予告された時刻だ。

 そういえば、先ほどから会場の外が騒がしい。


「来るぞ!」


 老将のような見た目の男性客が声を張り上げた。

 会場に集まっている客たちは腰の柄を握って、今にも剣を抜き放とうとしている。

 わたしにも剣を持たせてくれればよかったのに。

 彼らは姫は座って見ていてください、なんて言ったけれど。

 それはわたしの剣の腕前を信じていないだけだろう。


 ──パッ


 辺りが一瞬で真っ暗になった。

 外と同じ明るさ。魔石灯が消えたの!?

 

 ──パッ


 白から黒へ、そしてまた白に。

 明かりが消えたと思ったら、あっという間に魔石灯が輝きを取り戻した。

  

「えっ」


 わたしのすぐ前に、誰かが立っている。

 真っ黒なローブ。あやめ色のショートカットに目元を覆う、白い仮面。

 形のいい唇がニィッと笑う。

 手が伸びてくる。わたしは身構えた。


「やはり偽物か」


 (すず)しげな声が聞こえる。

 黒いローブの人物はわたしではなく、隣にあったテーブルから台帳と書類を手に取ったらしい。


「あなたが絶剣の月影?」


 赤いドレスの女性が剣の切っ先を黒いローブの人物に向けて言った。


「ああ、そうさ。他の誰がここに来ると言うんだい」


「絶剣ねぇ。そんな過大な2つ名を名乗る、おろかさを知るべきじゃないかしら? わたしは剣術大会で以前──」


「おろかなのは君だよ、デルテラさん」


「なんで」


 名前を知っている、そう続くはずだったのか。

 それはわたしにはわからない。

 なぜなら赤いドレスの女性は、言葉を続ける前に吹き飛んだのだから。

 壁にぶつかり、仮面がカランカランと床に転がる。

 絶剣は上がっている足を下げる。どうやら蹴りを放っていたらしい。


「剣を抜けば、戦いは開始される。戦いがはじまってるのにしゃべってるなんて、おろかでしょ?」


 たったひとりを相手に、会場にいる魔剣士たちが押し寄せてきた。

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