わたしは陽キャ
【ゼルーラ伯爵】
あの犯行予告から2時間が経過した。
だが、仮面舞踏会に集まった客人たちの熱気は冷めなかった。
今では預けていた剣を腰に、城のなかを巡回する者すらいる。庭の芝生を踏み荒らして歩く者や、バルコニーから周囲を監視する者まで。
もちろんそんな無作法者は一部だけだ。
大部分が舞踏会の会場に残っている。とはいえ彼ら彼女らも、いや彼ら彼女らすら、武装しているのだが……。
気持ちは、わからないでもない。
アクシラ王国は平和な国であり、国境での紛争すら、最後にあったのはもう何年も昔である。
紛争などと言っても、それが十数人の乱闘だったことは誰もが知っていることだ。
アクシラ王国の貴族は、アクシラ王国内の各魔剣士学園で高度な訓練を受けているというのに、実戦で剣を振るう機会がないことを知っている。
あったとしても、相手は突っかかってくる酔っぱらいか魔法を使えない者だろう。
そんな平凡でつまらない日常のなかに現れた──挑戦者。
この数の魔剣士がいるのに、大胆にも挑戦状を、それも舞踏会場の中央に突き刺していくとは!
わたしは深いため息を吐いた。
これが自分の城でなければ、わたしとて剣を腰に、犯人を探し回っていたかも知れない。
しかし現実は非情なものだ。
「……グラーツ、これはお前の余興か?」
わたしは途切れそうなか細い声で聞いた。
問われたグラーツは書斎の椅子に、深々と座っている。わたしが座っているのは客人用の席だ。
「余興? 知りませんな。そもそもわたしは腹が立っているのですよ、伯爵。これではパーティーを主催している、わたしの顔に泥を塗られたようなものですからね」
「……っ」
「おや、どうなさいました? よもや……あなたが主催しているパーティーだとでも? 借りた金を返せずに、担保としていたアレを奪われたあなたが?」
「……いや」
小さな声だった。
わたしは、自分でもこんな声しか出せなかったことに唇を噛む。
そしてまた深いため息を吐いた。
グラーツは満足そうな顔だ。
「今回は、ごろつきどもを呼ばないのか?」
わたしは聞いてみた。
「はっ。あんなチンピラどもは借金の取り立てにしか使えませんよ。それにヴォルグとその弟子たちがいるので、賊など本来は問題にすらなりません。ただ……予告されたモノが気になりましてね」
「この城にある一番の宝を奪う、か」
「ええ、そうです。わたしの一番大切なモノといえば、これまで貸しつけてきた相手や金額が記された名簿や帳簿でしょうかね。しかしそれらは奪われても、ここに同じものがある」
グラーツがこめかみを指で叩く。
「わたしの命を狙うような愚か者もいないでしょうからねぇ」
差し出された手のひらに、わたしは首をひねった。
「……?」
「いえ、あなたが大切なモノはなんです? ゼルーラ伯爵」
「それは……この城だろうか」
その答えを待っていたように、グラーツがにんまりと笑う。
「グラーツ」
今まで黙っていたヴォルグが声を出した。
「絶剣を知っているか?」
【リーネ】
わたしは会場での騒動のあと、メイドさんにサボっているのがバレて回収された。
いや、サボりたくてサボってた訳じゃないよ。迷って……おいしそうな食事があるのに誰も食べてないから食べてただけだよ。
「じゃあ、ここで寝てね」
「あっはい!」
このバイトを受けていた人は、どうやら泊まり込みだったみたい。
案内されたのはベッドがふたつある小さな部屋。
ほんとうに寝て起きるだけって感じ。
わたしは着替えも何もないから、そのままベッドに横になった。
「お姉さん、聞こえます?」
『聞こえてるよ~』
「えっと……なんだか大変なことになってて」
『こっちもだよぉ』
「えっ」
『情報屋に連絡とったんだけど、この町に絶剣が現れるらしいんだよね』
「あの、絶剣ってなんですか?」
そういえば、舞踏会の会場に突き刺さってた剣に書かれてた名前が絶剣だった気が……。
『プロの解決屋だよ。あたしらみたいな稼業だとさ、やっぱりトラブルも多いじゃん。そんなときに助太刀してくれたり、助けてくれるのが解決屋なんだけどさ』
お姉さんはうなった。
『絶剣は、若手のなかでも最強だって言われてるひとりなんだよね。狂想曲か絶剣か……もちろん、あたしは若手最強はリーネちゃんだと思ってるからね!』
「あっはい……あの、その絶剣って人が、ここに来たみたいで」
『えっ』
「このお城の一番の宝を0時に奪うって書かれた剣が、仮面舞踏会の会場にあったんです」
お姉さんの声が聞こえる前に、わたしは通信を切断する。
寝室のドアノブがゆっくり動き始めたんだ。
扉が開くと、背の高い女の子が立っていた。ショートカットでカッコいい感じ。
そんな女の子がわたしをジィーーっと見てる。
「ねえ」
「あっはい」
わたしは視線をそらした。
「もしかして、あたしの代わりにバイトしてた?」
サァー、と血の気が引いていく。
わたしはベッドのうえに土下座した。
「つ、つい……出来心で! どうかご内密に……!!」
カッコいい女の子はクスッと笑う。
「いや、なにか事情があるんでしょ? 別にいいよ」
そう言って向かいにあるベッドに腰をおろしてリュックを足元に置いている。
わたしは土下座したまま、それを見ていた。
「ほら、普通に座ってよ。あたしが遅れたのが悪いんだし」
ペコペコしながらベッドに腰をおろしたわたしは、事情を説明した。
相手の目が見れないからおかしいって思われそうだし、必死に身ぶり手ぶりも合わせて説明したんだ。
カッコいい女の子はけらけら笑ってる。
「そんなことってあるんだね。歩いてるだけでバイトに間違われるなんてさ。ふふっ」
「わたし、最近……トラブルに巻き込まれることが多くて」
「ふうん。なにか原因ってありそう?」
「……トラブルが金属製なら、避けようがないのかも」
「なにそれぇー」
カッコいい女の子はまたけらけらと笑った。
クールな見た目と話しやすい性格。うーん、わたしもこんな風になってみたいなぁ。
「あ」
と、カッコいい女の子。
「そうだそうだ、名乗ってなかったね。ベル・メルフィーだよ。よろしく」
「あっはい、よろしくお願いします。リーネ・トトラです」
「リーネちゃんって呼んでもいい?」
「あっはい! ぜひぜひ!」
ベルさん好き。
わたしってちょろいのかも知れないなぁ。
「リーネちゃんさ、なんかみんながあわただしいんだけど、理由とか知ってる?」
「えっと、仮面舞踏会をしてたんですけど……床に剣が刺さってて、剣にお城で一番の宝を盗むって書かれてたみたいで」
「へえ。つまり泥棒が来たってわけかぁー」
「いや、絶剣さんは」
解決屋さんだって言おうとして、わたしはなんとか言葉を飲み込んだ。
胸をどんどん叩いてなんとかセーフ。
ベルさんはクスッと笑ってベッドに横になった。
「あたし夜中に仕事があるからさ、部屋から出るけど、起こしちゃったらごめんね」
「あっはい! おやすみなさい」
「うん。おやすみ~」
なんだか陽キャになってきた気がする。
バイトしてお泊まりして、バイト仲間とお話なんて、ほんとうに陽キャっぽい。
ふっふっふー、わたしは満足しながらベッドに横になった。




