なにこれ、転生!?
わたしは絶句していた。
目を開けると、女性が覗き込んで来たからだ……。近い。
白い髪に白い肌の美人、外国人? というか、え、誰? なんでわたし抱えられてるの? あ、トラックに轢かれちゃったのかな……でもどこも痛くないや、よかったぁ~。
「いや、よくない」
自分で自分につっこみを入れてしまった。
それを聞いたからか、わたしを抱きかかえてる女性が慌てたような顔で、なにやら叫んでいる。
目は鮮明に見えてるんだけど、耳がなんか変かも。周波数のあっていないラジオみたいに言葉が聞こえない。
「~~~~~!」
すると、扉が開いて男の人と女の子が入ってきた。
二人とも黒髪で、まさに親子って感じ。
とっさにわたしは視線をそらせようとして……。
「~~~~?」
「~~!」
女性に抱きかかえられたまま、わたしは男の人に近づいていく。
イケメンだ。でもなんか鎧姿。コスプレ、してるのかな。
この人の声も、やっぱり不鮮明だ。
「~!」
「わっ」
ひょいっと下から飛び出して、いきなり女の子が覗き込んできた。
氷の張った湖みたいな瞳の色が綺麗。見てるだけでも吸い込まれそう。
なんだかわたしを見ながら目をキラキラさせちゃってる。
小さい手が伸びてきた。
すいっと腰か背中かよくわかんない辺りに手が入れられて、なんというか支えられて……。
「あ、あの……わたしは……」
どうなったんでしょうか?
あなたたちは誰ですか?
あっ、介抱してくれたならありがとうございます。
「~~!」
「~~~?」
そこまで言いたかったけれど、やっぱりコミュ障をこじらせているわたしにそんなことが言えるわけもなく。言葉は中途半端に途切れちゃった。
美男美女があわあわしているのをただただ見上げて。
「……えっ」
わたしはようやく違和感に気づいた。
いつの間にか小さな女の子にだっこされていたんだ。これっておかしくない?
じぃーっと女の子の顔を見つめる。
うれしそうな瞳に映ったわたしは──赤ん坊の姿だった。
「あ、あっ……あぁ~!」
なるほど、これ夢なんだね。
そうかそうか。安心するとなんだか眠たくなってきちゃったよ。
今日は勇気を出してオシャレな街に行って、髪を切ってもらったんだからさ!
わたしとしては、もうフルマラソンを走破したくらい疲れちゃってるに違いない。
こんな夢まで見ちゃうなんてなぁ~。
「ふぁー」
大きくあくびをしてから、わたしは眠ることにした。
明日は高校デビューの日だもん。寝過ごしたら大変……ん?
「……夢……なのに、眠れちゃう……のか……な」
重いまぶたを閉じると、あっという間にわたしの意識は遠ざかっていった。
◇◇◇
今が何時くらいなのかはわからないけど……窓から見える景色は夜っぽい。
騒音に目を覚ました、わたし。
目を覚まさなきゃよかったと思う、わたし。
黒髪の男の人と白髪の女の人が、ゲームに出てくる神官みたいな格好のおじいさんと必死に話し合っていた。
「うちの子が、喋ったんですってば!」
「自分も聞きました。ですからあなたを呼んだのに!」
「何度も言いますがねぇ……赤ん坊は泣くのが仕事なのですよ? 誰しも赤子の頃は泣いたものです。つまり、普通のことです」
「そういう泣いてるんじゃなくて、聞いたことのない言葉を──」
夢が続いてるのか。
もしかするともしかするのか。
「異世界……」
わたしの口から、考えてた単語がぽろりと出ちゃった。
集まる視線。
ひとつの視線だって合わせられないのに。
「み、見て、目が動いてるわ」
「視線を合わせようとしない! 神官さま、これは一体?」
「ふむ。……異世界と聞こえた気が」
神官さまが顔をぐいっと近づけた。
わたしはサッと視線をそらす。
どうやら赤ちゃん用のベッドに寝かされてるみたいだ。
「なんでもいい、喋ってみてくれないかな?」
そう言われても。というか、言葉がわかるようになってる!?
もしも本当に異世界転生的なアレだとすれば……ここは異世界だってことになる。
地球でもなければ、もちろん日本でもない。
赤ん坊がいきなり話し出したら……ヤバくない?
「お……」
「お?」
「おぎゃあ。おぎゃー、おぎゃぁああああああああ」
わたしは心のなかで、ほんっとうに泣いていた。
悪魔憑きだとか魔女だとかで処されそうなんだから仕方ない。仕方ないけど。みじめだ。
こうしてわたしの異世界生活が始まった。
両親……だと思う2人が神官さんと話していると、眠たそうな姉……だと思う女の子がやって来て、だっこされて部屋につれていかれた。
女の子は自分のベッドにわたしを寝かせて、その隣に横になる。
黒い表紙の分厚い本を開いて、どの物語を読み聞かせようかと悩んでいるみたいな表情だ。
開いた本に指をなぞらせてる。
「魔法の基本は呼吸です。呼吸こそ、世界に満ちている魔力と体内の魔力を結ぶ架け橋です。……架け橋ってなんだろ」
「ダメだこりゃ」
そよ風みたいに小さな声だったから、気づいてはいないみたい。
なんで赤ちゃん相手に魔法の本を読ませてるんだろう。もしかしたらそれがこの世界では、普通のことなのかも知れないけどね。
「たんでん? ……たんでんを、意識しつつ、ゆっくりと呼吸すれば、温かいか冷たいかわかるはずです。たんでんって、おへその下あたり?」
女の子は本の内容を結構はぶいていたり、理解ができない言葉を曖昧に言っていたけれど。
わたしは言われた通りにしてみることにした。
それを女の子はちらりと本の上から覗いている。
「すぅ……けほっけほっ」
喉がイガイガする。咳き込んだ。
女の子はそれを見て、驚いたような顔になる。
「ねえ、温かい? 冷たい?」
「……」
わたしは答えない。
でも、すごく冷たかった気がする。そりゃもうドライアイスから流れてくる白い煙くらいに。
「温かい空気は陽の魔力、冷たい空気は陰の魔力。最初に感じた魔力があなたの魔力のほんしつ……なんだって」
「……うぅ」
そうですか。そうですよね。
異世界に行っても陰属性が治るわけなんてないですよね。
陰の魔力って陰キャの魔力なのかなァー。
ニコニコと明るい姉……この女の子はきっと陽の魔力を持っているに違いない。
このあと、魔法の秘伝書が無くなったことに気づいたお母さんが騒いで、見つかり、お姉ちゃんは怒られちゃったんだけどそれは別の話。
お父さんはお姉ちゃんに助け船を出していたけど、どうやら魔法や魔力は子どもには危険らしい。
「それでも練習する、わたし」
寝ても覚めても……この世界は夢じゃなかった。
だから今日も怒られて泣いてるお姉ちゃんをちらりと見ながら、わたしは小声で言う。
「なんだか、コツはつかめてる気がする」
お姉ちゃんが家の周辺で拾ってくる黒い砂、たぶん砂鉄──なんだろうけど、それに魔力を込めてみると、なんか動いている気がするんだ。
これが魔力操作の基礎的な修行なんだって。
わたしは自力で動くことすらできないから、無限にも思える長い時間を、この魔力の修行についやした。




