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野菜の皮剥きなんて聞いてない

 翌日のお昼ちょっとすぎ。

 わたしとお姉さんは、金貸しのグラーツさんのお屋敷を見に行くことにしたんだ。

 首都リーンから数時間の場所にある町に、グラーツさんは住んでいるらしい。

 で、やって来たんだけど……。

 敷地が広すぎて、(さく)の向こうには緑の庭しか見えなかった。

 遠くにうっすらと白い建物が見えるんだけど、あれがお屋敷なのかな?

 いくらなんでも広すぎだって。


「こういう庭って、意味あるんですかね」


「どういうこと?」


「いや、門を越えて玄関にたどり着くまでに、時間かかるなぁって思って」


「あーなるほどね。でもそれをふくめて、金持ちのステータスってやつじゃない?」


「……わたしは普通の家で十分です」


「あたしも」


 わたしたちはそんなことを話ながらも、いろいろ観察していた。

 柵は金属製。まるで無数の槍を立ててるみたい。

 斬るのは難しいけど、乗り越えるだけなら魔剣士には簡単かも。


 庭には芝生が敷かれてて、綺麗に芝刈りされてるのがひと目でわかる。

 ここを走ってお屋敷に向かうとすると、隠れられる場所もないし、ぜったいに誰かに見られちゃうと思う。

 きっとお屋敷もすごく広いんだろうなぁ。


「夜になってから行くべき、ですよね」


「だよねー。さすがに見られると通報されるだろうから」


 それでもせめてどこから侵入するかくらいは決めておこうと、わたしたちは柵を左に進んでいった。

 でも少しだけ進んでやめたんだ。

 だってさ、曲がりカドすら見えないんだよ……。


「そこの者、まさか金を借りに来たんじゃないだろうね?」


「へっ」


「はあ?」


 わたしとお姉さんは声が聞こえた方向を見た。

 すぐそこに、豪華な馬車が停まっている。

 窓からおじさんが顔を出す。


「悪いことは言わない。少額が必要なら借りるよりも働いたほうがいいし、高額が必要なら逃げてしまえ。逃げたほうが、ここで借りるよりは……いい」


「いや、あたしら、ただの通行人なんだけど」


「おお、そうか! だが、こんなところを通行しても面白いことなんてないだろうに」


 馬車からこっちを見ているおじさんが、けげんそうに首をかしげた。

 そんなとき、


 ガチャンッ


 という金属音。

 わたしたちの後ろにあった門が開いたみたい。


「ゼルーラ伯爵、どうぞ」


 ゼルーラ伯爵は最後に悲しそうな表情を見せたあと、車内に姿を消した。

 馬車は開いてる門まで向かうと、そこでお屋敷の使用人っぽい人たちと少しだけ話をして、広い庭を進んでいく。

 わたしとお姉さんは顔を見合わせた。

 なんだったの、いまの。


「ねえ、そこのきみ」


 また声が聞こえた。

 今度は使用人っぽい人たちから、話しかけられたみたい。


「あっ、はい?」


「アルバイトの子だよね? いくらパーティーが夜からでも、昼には来てって言われてたでしょ? 遅れるのは感心しないなぁ」


 メイド服の人がそんなことを言ってる。

 たぶん……わたしに。


「あっ、いや、わたしは」


「そうなんですぅ! この娘ったら迷子になってたみたいでぇ、さっきここまで案内してあげたんですけどぉ~」


「あなたは?」


「観光客ですぅ」


 お姉さんに背中を押されて、わたしは少し前に進んだ。いや、進まされた。

 執事服の人が手招きしてる。

 うええええええ、どうしていつもいつもこうなっちゃうの!?

 

「は、はい……遅れてすいません」


「ご親切に、ありがとうございました!」


 メイドさんはお姉さんにお礼を言って、ぺこり。

 わたしは目尻に涙を()めながら引っ張られていく。

 そんなわたしを見ているお姉さんは、ひきつったような笑顔で手を振っていた。



 庭の長い長い道を進んでいくと、お屋敷が見えてきた。

 もうお城って言ったほうが良さそうなほどに大きい。


「すごいでしょ」


 メイドさんが言う。


「あっ、はい。なんというかお城みたいで」


「うん。お城なんだよ、ホントは」


「えっ」


「ここってさ、さっき入っていった伯爵さまが所有していた居城だったんだけどね、旦那(だんな)さまが譲って貰ったんですって」


「……お城を?」


「そうそう。お城やこの辺りの土地とか、全部」


「は~、すごいんですね」


「あれ? 旦那さまの仕事をしらないの?」


「えっと」


 わたしは口をパクパクさせた。


「あはは、言いにくいよね」


「……お金を貸したりとかって、聞きました」


「うん」


 メイドさんは悲しそうな顔をする。


「わたしはね、伯爵さまが住まわれていた頃から、ここで働いてたんだけどさ。あるとき、伯爵さまが今の旦那さまにお金を借りたんだよ。で、その額がどんどん増えていってね……いつの間にかすごい金額になってたんだ」


「あっそれで土地とか、お城を渡したんですね」


「そう。もちろん貴族にとっては恥ずべきことだから、パーティーを開くときなんかはこうやって早くにやって来て、自分のお城だって風によそおうの」


「グラーツさんは?」


「あ、旦那さまの名前も知ってるんだ。すごいね」


「ちょ、ちょっと前に聞きまして」


 わたしはあせったんだけど、メイドさんはまったく気にしてなかった。

 ちらりとだけ見て、ふーんなんて言っておしまい。


「旦那さまはパーティーのときには、伯爵さまの秘書みたいに──」


「やめたまえ」


 執事さんがちらりとこっちを見た。


「使用人が主人のうわさ話をするのは、よくない」


「もうしわけありません」


「あっ、もうしわけありません」


 別にわたしは使用人じゃないんだけどね。

 そうしてわたしはお城のなかに入って、厨房で皿洗いや野菜の皮剥きをすることになったんだ。

 夜からあるっていうパーティーのために、おいしそうな料理がたくさん作られていく。

 でもつまみ食いなんてダメだよね。……というかわたし、はじめてのバイトしてる!?


「お、おおおおおおお!?」


 厨房の視線がわたしに集まった。

 うう、わたしは視線をじゃがいもに向ける。

 帰りたい。逃げ出したい。じゃがいもも……多すぎるよ。


『リーネちゃんリーネちゃん、聞こえてるー?』


「あっお姉さん」


 わたしは小声で言う。これ以上、周りから見られると心臓が破裂しちゃう。


「わたし、いまバイトしちゃってますよ」


『へー』


「へー、じゃないですよ! すごくないですか?」


『すごいのはリーネちゃんのトラブル誘引体質……巻き込まれ方だって。そこ壊滅するんじゃない?』


「そんなことならないですって。それより、いいのかなぁ」


『なにが?』


「わたしが来たら、雇われてたバイトの人が入れないんじゃ……」


『遅刻するのが悪い』


「ええ……」


『いやでもさ、侵入できたら楽でしょ、リーネちゃんだって』


「まあ……」


 わたしの目的はじゃがいもの皮剥きでもなければ、バイトすることでもない。

 パン屋さんの権利書を女の子へと運ぶこと。

 狂想曲は運び屋さんだから、荷物を運ぶ。今回は受け取るんじゃなくて自分で取りに来てるわけで。

 なんか結構むちゃなことやってる気がするんだけどね。


「でも、がんばりたいと思います」


『その意気その意気……と、結構な数の馬車が門を通ってるよ』


「パーティーがあるらしいですからね」


『パーティーねぇ』


「お姉さん、どこにいるんですか?」


『あたしは門の向かいにあった建物の、屋根の上だよ。馬車の長蛇(ちょうだ)の列を見てるとこ』


「長蛇の列って……そんなにいっぱいなんですね」


『そうだねぇ。でもリーネちゃん、今回は武器を持ってないんだから、気を付けてね?』


「もちろんです。そもそも戦うこともないと思いますし」


 今日は様子見、というか偵察に来ていたから、武器を持ってきていない。

 家の前を大剣を持って歩いてるような人がいたら、目立っちゃうからだってお姉さんが言ったんだ。

 そりゃそうだよね。それでも、護身用にナイフ1本(これで皮剥きしてる)と腕輪はあるんだけどね。


「バイト、皮剥きが終わったなら休憩していいよ」


「あっはい!」


 料理長の言葉でわたしはホッとした。

 手を洗って伸びをする。

 つ、疲れた……。


「さて、と」


 今日は様子見の予定だったけど、権利書を見つけられたら、仕事は終わりだよね。


「探してみよう」


 わたしは調理場を出て、廊下を進む。

 中学生のころに修学旅行で行った大阪城が、わたしの入ったことのある、最初で最後のお城だった。

 大阪城は観光地化しているし、案内板もあって道には迷わない。案内の人もいたっけ。

 でも、このお城は西洋のお城で、日本のお城とは全然違っている。何より広い。


 だから──わたしは迷子になってしまった。

 

「ど、どどどどうしよう。お姉さん」


『どうしたの?』


 イヤリングに魔力を送ると、すぐお姉さんの声が聞こえた。


『ここら一帯が消し飛んだりする感じ? グラーツやっちゃったとか?』


「いや、そんなことしてないですって!」


『そっか。で、どうしたの?』


「迷子になりました……」


 わたしはしゅんとしながら言った。


『なんだ、そんなことか。じゃあ動けるってことだよね?』


「あっはい。さっき休憩していいよって言われて、お城のなかを探してたんですけどね……」


『情報屋に連絡して、お城の図面を調べてもらうよ。あと今日のところは偵察だけでいいよ。グラーツってマジでヤバいやつだからさ』


「うわぁ」


 そんな場所にわたしひとりを送り込むなんて。

 どうせならついてきてくれればいいのに。

 お姉さん、お姉さんなのに。


『あはは、すっごい感情が込められてる声だったね』


 わたしは話ながらも廊下を歩いていた。

 それで、なのかはわからないけど。


「──うわっ」


 廊下の曲がりカドで、出会いがしらに人とぶつかってしまった。

 尻餅をついて見上げる。

 目の前に手が差し出されていた。


「大丈夫かい?」


「あっはい。すいません」


「いやいや、こちらも前を見ていなかった。お互いさまというやつさ」


 おじさんが笑う。

 どこかで見たことがある顔だ。

 うーん……うん?

 あっ、この人、情報屋さんの書類で見た、グラーツさんだ……!?

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