情報屋さんですか?
「それで? おもしろい依頼ってどんなの?」
「あらら、聞くんですか?」
お姉さんがジトーっとした目で情報屋さんをにらんだ。
情報屋さんは興味なさげに、胸の前に垂れている金色の髪を、指でくるくるとしている。
「ま、こちらが持ってきた話ですもんね。うふふ、そんな怖い顔はしないでほしいです」
「なら、そんな顔をさせるなっつーの」
ぐるるるぅ。
まるで犬みたいなお姉さん。お姉さんが犬なら、情報屋さんはさながら豪邸で飼われている猫みたい。
わたしはその口喧嘩を電線から見ているすずめみたいなものかな。
この世界に電線なんてないんだけどね。
「……時は金なり。ミザリアさんと口喧嘩するのは楽しいんですけれどね」
情報屋さんは肩にかけていたカバンから書類を取り出して、テーブルに置く。
「これなんて、どうですか?」
「んー……金貸しのグラーツから、担保に渡していた家宝の品を取り戻してほしい、か」
お姉さんは書類をペラペラとめくりながら見たあとで、考えてるみたいに腕を組んだ。
金貸し? 担保?
「でもなぁ。グラーツかぁ」
「たしかに危険な相手ですが、報酬を見てください」
「んー……お、おお!!」
お姉さんの持ってる書類をわたしは覗き込んだ。
報酬のところには0がたくさんある。
他には、保管されている品は目的の物以外は自由、なんて書かれてた。
「お姉さん、このグラーツさんってどんな人なんですか?」
「どんな人って──」
「「最低なやつ」」
お姉さんと情報屋さんの言葉がハモってる。
書類にはグラーツさんの顔写真もあるんだけど、優しそうに笑っているおじさんって感じなんだけどなぁ。
ハモった2人は1人がいやそうな顔で、1人はにこにこ顔だ。
もちろん、いやそうな顔だったお姉さんが鼻を鳴らした。
「実際に会ったことは、あたしもないからさ。……これは何度か聞いたことのある話なんだけどね」
そんな前置き。
「パン屋をやりたかった若者が、金貸しから金を借りたんだって。んで、パン屋を始めた。綺麗なお店でパンも美味しかったらしいよ。でもね……店主! ワインがもう無いよ!」
「へい。同じのでよろしいので?」
「いいけど、これ水かなんかいれて薄めてない?」
「さあ、どうでしょうね。お客さまの舌がおかしいのではないかと」
「なんだとー!!」
「お、お姉さん……その、パン屋さんはどうなったんですか」
「あー、うんとね」
「経営が軌道に乗ったときに、金貸しがやって来たんですよ。利子を払えってね。でも店主はちゃんと遅れずに利子を払っていたし、借りたお金もちょっとずつ返していた。それなのに今日中に全額を返すか、店を渡せって言われたそうです」
情報屋さんはそう言いながらグラスを揺らして、優雅にワインを飲む。
お姉さんは店主さんと戦っていた。
周りのお客さんたちがやいのやいの言って、お姉さんと店主さんの戦いに賭けている。
止めなくていいのかな。
「いきなり、そんなの返せるわけがないでしょう? だから店主が無理だと言うと、ごろつきがやって来て、店をめちゃくちゃにしたそうです。店主は土地の権利書を奪われて、今ではそのパン屋は金貸しの部下が経営しているそうですよ」
「ひ、ひどい!」
「そうですね。そして強引なやり方で、数えきれないほどの事業を略奪していった金貸しは、ついには裏の世界でも有名な存在となったんです」
「そんな人から担保を取り戻す」
わたしなんかにできるのかな?
でも、そんな悪い人に苦しめられている人たちがいて、助けを求めてるなら、助けてあげたいとは思うんだけど……。
「あなたに噂どおりの実力があるのなら、大丈夫でしょう? 狂想曲さん」
「あっはい……はい!?」
「そりゃ知ってるに決まってるでしょう、わたしは情報屋なんですから」
なるほど。
「ミザリアがつれている若い業者は、狂想曲と呼ばれている。凄腕だって有名ですよ?」
「いや、そんなそんな、凄腕だなんて……えへへ」
「伯爵の邸宅を壊し、他国から内密に来ていた姫を誘拐し、厳重に警備されている造船所で新型の飛行船を墜落させ、とある教団ごと山を吹き飛ばした」
「うっ……」
わたしは頭をかかえた。
それってやりたくてやったわけじゃないよ。
ぜんぶ、偶然のできごとなんだ。
「狼たちとの戦いのことも、彼らに聞きました。詳細までは教えてくれませんでしたが、彼らも強いと有名なプロの業者だったんです。そんな彼らを新人が倒せるとは思いませんでしたね」
「あの、あれは必死だったというか」
「そういえば狙われてるらしいですよ、狂想曲さんって。この業界って、強い人と戦ってみたいって人が多いので」
「わ、わたしはカプリ? なんとかなんて、わかんないんですけどねー」
「あ、そうですか。わたしはてっきりあなたかと」
狂想曲の名は、いま捨てました!
わたしがホッとしていると、居酒屋にお客さんが入ってきていた。
夜の居酒屋には場違いな10才くらいの女の子。
その女の子は、さっきまで泣いてたみたいに、目のまわりを赤く染めてる。
「あの!」
女の子は大きな声を出した。
でも酔っぱらってる人や騒いでる人が多いから、声なんて聞こうと集中しても聞こえない。
「……の……を……さい」
わたしはなんとなく気になって、女の子を見ていたんだ。
女の子は手をぴらぴらと振られるたびに、場所を移動して、ついにはわたしたちがいる席の近くまでやって来ていた。
「わたしのお父さんを助けてください」
「!?」
えっ。
「わたしのお父さんは悪い人にお店をとられちゃったんです。お金はあります、誰か助けてください」
情報屋さんのほうを見ると、情報屋さんは黒く塗っている爪で、テーブルに置かれてた書類をコツコツと叩いた。
「悪い人ってグラーツさん?」
わたしは情報屋さんに聞こうと思ったんだけど、ちょうど女の子が近くにいて聞こえちゃったみたい。
こっちを見てる。
「おねえちゃん、悪い人のこと、知ってるの?」
「えっ、あの、いや……詳しくは知らないんだけど、ね」
「お父さんのお店、とられちゃったの」
「あっ、うん」
「おいしいパン屋なのに……」
ちらり。
情報屋さんはこくりとうなずいてる。
やっぱり、さっきの話に出てたパン屋さんの娘……なのかな。
「えっと、どうしてここに?」
「このお店には強い人たちがいるって聞いたの。おねえちゃんが教えてくれたんだよ!」
女の子の視線の先には、わたし──じゃなくて、情報屋さんがいた。
「ええ。ここには強い人がたくさんいるのに、金貸しなんかを怖がって手伝ってくれないんですよ。もう何日も、この子はこうやって来てるんですけどねぇ」
情報屋さんはしくしくと泣いてる……いや、涙が出てない!?
も、もしかして仕組まれてる?
うーん。
女の子は本当に悲しそうなんだけどなぁ。
「金髪のおねえちゃん、どうしたらいいのかな……」
「ここには臆病者しかいないみたいなので、わたしが誰か探してみますよ」
「そっかぁ」
残念そうな声。
でもこんなに裏の世界の住人さんたちがいて、誰も依頼を受けないんだよね……。
「あ、あの」
もしアクシラ魔剣士学園に入学できるなら、寮に住むことになるんだ。
寮って最低限の家具しか置いてないんだって。
でも陽キャなら、ぬいぐるみくらいは部屋に置くんじゃないかな。
おしゃれな服なんかも必要かもね。お腹が空いたら、学食に行って食べないといけないし。
そうだよ、きっと、陽キャなら!
「……誰もやらないなら、わ、わたしがやりましょうか?」
みたいなことを言っちゃうはず。はず……。
女の子がパアッと明るく笑う。
そして小さな革袋をテーブルに置いた。
「おこづかい、貯めたの。これ全部あげます!」
「いや、これは」
「受け取ってあげなよ、リーネちゃん。あたしらは仕事でやってるんだ。仕事ってのは、報酬を貰うから仕事なんだよ?」
そう言ったお姉さんのクロスカウンターが店主のおじさんの頬に直撃した。
なにやってるんだろう、あの人たち。
「……ぜったい、悪いおじさんからパン屋さんの権利書を取り戻してくるから、おうちで待ってて」
わたしは小さな革袋を受け取った。
ちゃりちゃりと硬貨の音がする。
その頃、居酒屋には歓声が響いていた。
依頼を受けたわたしに対して、なんかじゃなくて。
床に大の字に倒れてる店主のおじさんの横で拳を天に向けている、お姉さんに対してだった。




