打ち上げ!
「あなたがどれだけ危険なことをしたのか、わかっていますか!」
正座しているわたしは、エールッシュ先生に怒られていた。
わたしもリゼも、怪我すらしていないんだけどね。
やっぱりあぶなかったのは……あぶなかったのかも。
「ご、ごめんなさい」
「そもそも、この実技試験は共闘、強奪、計略、交渉、その他、いかなる手段をもちいてもかまいません、と言ったはずですよね?」
「……はい」
「この実技試験は、たった1つしかない王冠に対して、受験生がどのように行動するのかを確認するためにあったんです。受験生というライバル同士で共闘したり、仲間から王冠を強奪することで狡猾さを見せたり、策をもちいる知力や発想力などを調べるための試験だったんです!」
「いかなる手段をもちいてもって」
「なにか言いましたか?」
「い、いえ……」
わたしは視線をそらした。
「あのね、リーネさん。わたしが何より怒っているのは、結果無事だったとはいえ、それでも危険なことをしたからです」
「そう、ですよね。リゼってお姫さまだし」
「それもありますが、リーネさんだって大切な受験生なんですよ?」
わたしのことを心配してくれてるんだ。
あのくらいなら別に問題ないって思うんだけどなあ。
「で、でも大丈夫ですよ。この間なんて、山が吹き飛んでも平気だったし」
「……はい?」
「ストップストップ! リーネちゃんってば、頭を打ったのかなー? こりゃマズイ、救護所で休んでおいで!」
「えっ、あ、はい」
【エールッシュ】
「あのね、ミザリア」
「どしたー?」
わたしは肩を落とした。
「この実技試験が数年おきに行われているのは知ってるでしょ?」
「だね、あたしらのときも同じ内容だった」
「毎回、いろんな受験生が出てくるのよ。2人で協力して……ここまで戻ったり。他には王族だからって大金を払って王冠を買ったり、ずっと隠れてて、王冠を持ってきたところを奪うなんてことも」
「へえ、そんなことするやついるんだ」
「2年前には他の受験生を全員倒した、なんて規格外の剣士まで……」
「剣鬼?」
「そう。わたしはね、あの生徒を見たときに……恐ろしかった」
「ふうん」
「だってそうでしょ? 魔力も使ってない単純な剣術だけで、他の受験生たち全員を屈服させたのよ? じゃあ剣術だけかっていうと、魔力も相当な実力だもの」
「だよねえ~、アデルちゃん会うたびに強くなるもんね」
「知り合いなの?」
「まあねー、あんまり会ってはないけどさ。あたし、リーネちゃんやアデルちゃんの家に居候してたから」
「なにしてるのよ、まったく。……でも、あの子、アデルさんとは違った才能ね」
わたしは大きく砕けた岩肌を見た。
魔力で動かされていた騎士の石像を倒すわけでもなく、その力を利用して、ここまで飛んできたなんて……。
着地は失敗としか言えないけれど。
岩肌にめり込んで無事だったのは、それを実際に見ていなかったら信じていないところだ。
「リーネちゃん、蓋世の才を持ってるからね」
「蓋世? 当代一とでも言いたいの?」
「魔力量だけなら、そうかもよ」
褒めすぎ。言いすぎ。認めすぎ。
でも、確かに自分の魔力量だったら、攻撃を利用して空を飛び、地面に激突なんてできない。
似たようなことができたとしても、無傷はありえない、か。
「ミザリア、あの魔力はなに? なにをどうしたら、ただの人間にそれほどの魔力が宿るの?」
「さあ? 前に聞いたときは、物心ついたときから修行してたって言ってたかな」
救護所を見る。
気絶しているローレンティアのお姫さまを心配そうに見ている、あの女の子。
物心がついたときからの修行?
「ローレンティア人、あなどれないわね」
「あたしが知ってる限りでは、あの姉妹がおかしいだけだけどね」
けらけらと笑う彼女が懐かしい。
噂では、裏の世界で暴れているとかいないとか。
なにをやっているんだか。
そんな話をしていると、他の受験生たちが戻ってくるのが見えた。
2人が吹っ飛んだあとも魔力を攻撃と移動に使わなかったのか、遅い到着だった。
【リーネ】
「リーネちゃん、食べなって! ほらほら~」
「は、はあ……じゃあ、いただきます」
実技試験が終わって、わたしとお姉さんは街に戻ってきた。
それから結構繁盛している居酒屋っぽいところで晩ごはんを食べている。
お姉さんがおごってくれるんだって。
わたしはハンバーグっぽいものをぱくりと食べた。
「あ、おいしい」
「でしょでしょ~! あたしの行きつけの店でさぁ、学生時代からよく来てたんだよね」
そういえば、お姉さんもアクシラ学園の生徒だって言ってたっけ。
うう、試験の結果は数日中にわかるらしいんだけど、どうなんだろう。
面接は、たぶん大丈夫。
筆記は……たぶんダメ。
「お姉さん」
「ん? なあに」
「わたしの実技試験、どうでした?」
「イカれてたね」
「……?」
「……?」
「いや、そうじゃなくてですね、合格できるのかなって」
「あー」
お姉さんは天井辺りを見上げて、首をひねってる。
だ、ダメなの!?
がっくりとわたしが肩を落としたとき、わたしの隣に誰かが座った。
とんでもなくいい匂いがする。
なにこれ、香水かな。
すんすんと吸っていると、お姉さんがテーブルのフォークを掴んで、わたしの隣に座った人に向けた。
「情報屋が、なにか用?」
情報屋さん?
隣に座った人は、綺麗な女性だった。
ぴったりと張り付いて身体のラインがわかる真っ赤なドレスとウェーブした長い金髪が、まるで輝いてるみたい。
後光すら差してる気がする。
すごい美人さんだ。
「フォークって人に向けちゃいけないんですよ? 他人に向けるなら、スプーンがいい。フォークだと、スープをすくうように、すき間から幸運が逃げちゃいますからね」
そうなんだ、知らなかった。
「へえ、初めて聞いたわ」
おねえさんがフォークを向けたまま言う。
「いま考えましたから」
ええ……。
「とりあえず、わたしも食事しますね」
情報屋さんはお店のメニューを軽く見ている。
うーんうーんと、真剣そう。
「フルーツ盛り合わせを最初に、それからパンプキンスープ、魚の塩焼き、ミートパスタ、香草蒸し鶏、日替わりサラダ、ステーキの順番でお願いします」
わたしは情報屋さんを驚きながら見ていた。
情報屋さんはファッションモデルさながらのスタイルだもん。……そんなに食べられるの?
「あたし、あんたの食い方さ、すっげー嫌い。用がないなら向こう行ってよ」
お姉さんがそう言って、しっしっと手のひらをわざとらしく振ってる。
でも情報屋さんは動かない。
あれ? じゃあ何か用事があるのかな?
「……えっ」
気づくと、わたしの口から声がこぼれていた。
運ばれてきた料理を、情報屋さんは、一口だけ食べるともう手をつけないんだ。
お姉さんが食べ方が嫌だって言ってた理由、これかあ……。
「ね、リーネちゃんもそう思うでしょ」
「まあ……その」
「食べ物を大事にしろっての~」
「大事にしてるから一口だけ食べるんです。その料理で一番美味しいのは、最初の一口目だけだと思いませんか? あとは同じ味の連続、惰性で食べるだけですから」
「うっせー」
お姉さんはそう言うと、情報屋さんが残したフルーツをパクパクと食べ始めた。
わたしはパンプキンスープを貰った。とってもおいしい。二口目も三口目だっておいしいのにね。
しばらく食事を続けて、たくさん注文した情報屋さんよりも、わたしとお姉さんのほうがお腹がいっぱいになっていた。
うーん、確かに一緒に食事はしたくない相手かも。
「で、情報屋」
「なんですか?」
お姉さんはジィィーっと情報屋さんを見た。
情報屋さんは降参って感じに両手を軽くあげている。
「おもしろい依頼があるから、どうかなと思いまして」
「へえー。どうする、リーネちゃん」
「あ、あの、お姉さん」
わたしはお姉さんの横に移動して、袖を引っ張った。
裏の世界とか裏の住人とか、そういう依頼の話って聞かれちゃまずいんじゃないのかな。
お店も結構繁盛してるし。
ここで話してると、聞かれちゃうって。
「あー、大丈夫大丈夫」
お姉さんはぐるりと他のお客さんを見渡した。
「ここにいるのって、全員ご同輩だから」
「……えっ」
周りのお客さんがこっちを向いて、ジョッキをかかげた。
なんなら厨房のスタッフさんやウェイトレスさんまで手を振っている。
「ど、どうも」
わたしは小声で言って、視線を落とす。
パンプキンスープのなくなったお皿を眺めた。




