カンッといってポーン戦法
「おい、待てよ」
ガサガサッ、なんて音が茂みから聞こえてきた。
草をかき分け、枝を踏み折っているような音。
わたしとリゼの2人でそっちを見ていると、男の子が出てきた。同じ年齢なはずなのに、わたしより頭3つ以上は大きい。
筆記試験のときに、リゼと喧嘩しそうになった大柄な男の子だ。
「なに勝手に決めてんだ」
「勝手? あなたたちは見ているだけでしょう?」
「こっちは作戦を考えてたんだよ。勝手をしないでもらえますかね、お・ひ・め・さ・ま!」
「なんですって!」
リゼと大柄な男の子は、手を伸ばせば触れられる距離で、にらみ合っている。
一触即発って感じだ。
「あ、あの……喧嘩はよくないです……よ?」
わたしは精一杯の勇気を振り絞って、2人の間にわり込んだ。
リゼと大柄な男の子は、なぜかわたしの顔を見て、怪訝そうな顔をする。
おかしい。
精一杯がんばってる顔なのに!
「ったくよ、またやってんのか」
今度はあきれたような声が聞こえてきた。
森の奥からやってきたのは、あのイケメンさんだ。
「これはこれは……鍛冶屋の王子さまは、ローレンティアの姫にご執心ってか」
大柄な男の子がバカにしたみたいに鼻で笑う。
鍛冶屋の王子さま?
「姫なんて知るか。筆記試験のときはてめえがうるさかったから、今度は邪魔だから出てきたってだけだ」
王冠に進もうとするイケメンさんの前に、大柄な男の子が背負っていた斧が向けられる。
「行かせるかよ!」
「へえ、その方ってアクシラの第3王子なのね」
「第3王子……?」
「ええ、そう。アクシラの現国王が学生時代に付き合っていた女性との間に、つくっていた落とし子らしいわね。12歳くらいまで鍛冶屋で暮らしていた……名前はゼオだったかしら」
「正解だ。……おれは鍛冶屋で暮らしていた。そうしたら、ある日突然、馬車が店の前にやって来たんだ。綺麗な格好の貴族たちが降りてきて、水溜まりのなかにひざまずいた。あなたこそがアクシラの第3王子です、ってな」
ゼオ王子が武骨な剣を抜く。
「それが今度は武器を向けるってか? 貴族さんよ、ああ?」
「おもしろそうね」
リゼも細剣を抜いて構えちゃった。
ぜんぜんおもしろくないってば!
「──へえ、あたしも仲間にいれてよ」
今度は誰!?
ゼオ王子が出てきた茂みの反対側から、声が聞こえる。
「やるの、シャル。放置したほうがよくない?」
「いいじゃん、おもしろそーだよ。シャロ」
木の陰から女の子が2人出てきた。
わたしをトイレに案内した女の子ともう1人。
2人とも、同じ顔だった。
「あっ、双子なんだ」
わたしが言うと、ニコニコと笑ってるシャルって子が、ぶんぶんって音が聞こえそうなくらい、うなづいてる。
シャルの後ろにいるシャロはおとなしそうな女の子だ。
その双子たちも、剣を抜いた。
シャルが双剣でシャロが片手剣と盾。
「で、あなたはどうする気なの?」
シャルが木の上を見ている。
すると、太い枝から人が飛び降りた。
口元を隠した忍者みたいな格好の男の子が、軽く首を縦に振って……振って、それだけ。
「……」
あ、しゃべらない系の人だ!
わたしはぐるりと周囲を見て、一歩、後ろに下がる。
この状況ってなんなの?
なんで誰も王冠を取りに行かないの?
試験内容って実はバトルロワイアルだった系?
もしかして……みんなで戦っちゃう感じ?
「あの、わたし」
わたしに視線が集まった。
あばばばばばばばばばばばばばばば。
「わたし……一般人なんで。さようなら!」
なんとか声を出したわたし、えらい!
でも誰もなにも言わなかった。
わたしはこそこそ~っと、カニ歩きで森のなかに消えていく。
よかった、誰も追いかけてこない!
木の陰から見てみると戦いが始まっていた。
ゼオ王子と大柄な男の子が剣と斧を打ち合い、互いによろけたところにシャルが突っ込んでいく。
シャルは誰かを狙うっていうんじゃなくて、シャロ以外の誰でも狙ってる感じだった。
そんなシャルをシャロが守っている。
リゼの細剣の突きが、シャロの盾に防がれた。
しゃべらない系の人は、クナイのようなものを投げたり、小太刀のような剣で戦ってるみたい。
まさしく混戦って感じだ。
「みんな、魔力を使ってないのに……すごいなあ」
わたしを含めた他の受験生たちは、遠巻きに戦いを見てるだけだった。
あんなの混ざれないよね。
『リーネちゃん、もう王冠取れた~?』
「あ、お姉さん」
『そっちはどんな感じなの~? バトってる感じかな、やっぱさ』
「そうです。王冠が1つしかないので、その前で戦ってます」
『あれ? リーネちゃんは?』
「わ、わたしは木の陰から見てます」
『ええ!? なんで?』
「……リゼは戦ってますけど、わたしは戦いってあんまり好きじゃないですし」
『リゼってお姫さま?』
「あっ、はい。お友達、っていうか仲間っていうか、一緒に行動してくれてて」
『それなのに、1人で戦わせてるの?』
「……えっ」
『よくないってそれ。一時的な仲間でもさ、やっぱり仲間じゃん? お姫さまが戦いに自信があっても、1人で戦わせるのは違うと思うよ?』
「あ、あう……」
言われてみれば、そうだ。
これまで一緒に進んできて、わたしは楽しかった。
友達ができた気がしてたんだ。
でも、戦いになったら参加しないで見てるのって……友達なの?
「どうすれば」
わたしは背負った大剣の柄に触れてみる。
攻撃に魔力を使わないなら、魔法の武器じゃなくて、単純な砂鉄の塊になっちゃう。
剣術は……苦手なんだよなあ……。
「いや、でもそもそも、この実技試験は他の受験生を倒すんじゃなくて、王冠を持って戻ることが試験の目的なわけで」
わたしはエールッシュ先生が言っていたことを思い出した。
「共闘、強奪、計略、交渉、その他、いかなる手段をもちいてもかまいません──」
そのうえで魔力は攻撃と移動には使っちゃダメって……。
「あっ」
『何か掴めたかい?』
「掴めました! あと、お姉さん……飛行船にわたしをひとりで乗らせたくせに、1人で戦わせるのは違うって……」
『あーあー聞こえない。あれ、故障かな』
【リゼ】
剣や斧を何度か受けてみて、わかった。
さすがはアクシラ魔剣士学園の受験生だ。
魔力を込めていない攻撃なんて、許可されている魔力での防御があれば、身体に傷すらつかない。
それでも……攻撃が当たってしまうのは、剣士としての敗北のように感じた。
魔法ではなく、単純な剣の技量すら、ローレンティア人とアクシラ人には大きな差があるのだ。
「わたしは井の中の蛙ということね。……それでも!」
大きく踏み込んで突くと、シャロといったか、盾で防いだ女の子が尻餅をついた。
「シャロ!?」
シャルがあわてて駆け寄ろうとして、斧を後ろから受け、剣を横っ腹に喰らって吹っ飛んでいく。
「シャル!?」
魔力の防御は銃弾すら防ぐのだから、あの程度の攻撃ではすり傷もないでしょうに。
それでもシャルとシャロは九死に一生を得た──みたいに抱き合っている。
「あっ、ああああああッ!?」
シャルの叫びに戦いが止まった。
なにを言ってるのかしら。
「えっ」
シャルの視線の先には、リーネがいた。
王冠を口でくわえて、真っ黒な大剣を横に向けて構えている。
な、なにを……。
巨大な騎士の石像はすでに動いていた。
あまりにも巨大な剣を下段に構えて、えっ、あれを防ぐつもり? バカなの!? なにする気なの!?
「リゼ!」
リーネが手を伸ばしている。
意味がわからない。
それでもわたしは走っていた。
巨大な剣の切っ先が、地面に亀裂を作りながら、下から上へと向かっていく。
手を掴んだ。
ガギュイン
聞いたことのないような音が響く。
身体が軽い。
足の裏に、何も感触がない。
髪を、頬を、手を、足を、全身に強い風が吹きつけられている気がした。
いえ、違うわね。
これは空を吹っ飛んでいるんだ。
「あなたバカなのぉーーー!!」
つないだ手の先を見てみると、目の焦点が定まっていないうえに、王冠をくわえた口があわわと震えている青白い顔が見えた。
……お父さま、お母さま、リーゼリアは死ぬかもしれません。




