王冠の守護者
転がりそうになりながら斜面を降りると、目の前は青々とした木々が生い茂る森だった。
とりあえず向かう場所は尖塔で、その尖塔は森のなかにある。
上からだと見えていた尖塔は、下からだとまったく見えない。
「ど、どうしよう。……えっと……とりあえずまっすぐ!」
わたしは走った。
魔力を込めてないはずなのに、前を走ってる受験生の背中がどんどん小さくなっていく。
こんなの、わたしが尖塔にたどり着いたころには、王冠なんてひとつも残ってないよ。
「うう、飛べたらいいのに」
魔剣士学園の入学試験なのに、なんで魔法を使っちゃダメなんだろう。
どれくらい走ったのか。
わたしは立ち止まった。
「はあ……はあ……」
あごの先から汗がポタポタ落ちてる。
走るのが速い人だと、もう尖塔にたどり着いてるかも。
「筆記はともかく、せっかく面接が上手くいったのに……」
とぼとぼと歩いていると淡い金色が見えた。
「あっ!」
わたしは声をあげる。
【リゼ】
いい感じの切り株に座って休んでいると、あの女の子がやってきた。
長すぎず短すぎない、あまり見ない髪型をした白髪の女の子。
氷の張った湖みたいな瞳が、こちらを見た瞬間から動き回っている。
口が、餌を求めて水面に上がってきた魚みたいにパクパクと動いているのに、声は聞こえてこない。
「ねえ、あなた」
「は、ははははははははひ」
「さっき話が聞こえたんだけれど、本当に剣鬼の妹なの?」
剣鬼──ローレンティアの辺境にある町、トトラで神童と呼ばれていたという彼女は、推薦されてアクシラ魔剣士学園に入学し、頭角を現した。
ローレンティアにおいて、神童なんて呼ばれているのは、男女問わずに大勢いる。
その大勢いる名ばかりの神童のなかでも、アデル・トトラだけは間違いなく本物の神童だった。
「けんき?」
でも白髪の女の子は首をかしげている。
わざと知らないふりをしている? いや、そんな意味はないか。
本当に知らないのだろう。
「あなたの姉、アデル・トトラの2つ名よ。剣の鬼、すさまじい強さでしょ?」
「あっ、お姉ちゃんは剣鬼って呼ばれてるんだ」
お姉ちゃんは?
まるで自分にも2つ名があるみたいな言い方だ。
それでも、あの剣鬼の半分の力でもあれば、ふふっ……試験の合格は間違いないわね!
「……その背中の大きな剣は使えるんでしょう? だったら一緒に試験を受けない?」
「おお……あっ、その、使えるというか使えないというか……」
「?」
意味がわからない。
自分の剣くらい使えるはずでしょ。
【リーネ】
筆記試験のあとに少しだけ話したリーゼリア姫が、わたしなんかに話しかけてくれた。
そのうえで、一緒に試験を受けないか──なんて!
うれしすぎる。
うれしすぎる……けど、これって魔力を使っちゃダメな試験だから……。
「あの……この剣は」
実は剣じゃないんです。
正直に言おうとして、顔を見たら……薄紫色の瞳がまっすぐにわたしを見ていた。
わたしは視線をそらす。
「その……」
「魔剣士だものね、すべてを言わなくても別にいいわ。知ってるだろうけど、わたしリーゼリア・ローレンティアです、よろしく」
「あっ、リーネ・トトラです。よろしくお願いします」
「ええ。リーネ、行きましょう」
「はい!」
こうしてわたしたちは2人で森を進んだ。
リーゼリア姫を先頭にして、木をかき分け坂道を下り、小川を進んでいく。
そしてリーゼリア姫が立ち止まった。
「言いにくいことなんですけれど」
と、くるりと後ろを向いて。
その所作っていうか、すべてがきらびやかに思えて、わたしは言葉にならないほどの感動を──。
「道に迷いました」
え?
「えええええええええええええええ!?」
「騒がしいわね」
はーやれやれ、みたいな雰囲気だ!
すごい、これが王族か!
「あの、でも、こっちだって感じで進んでませんでした?」
「そうね。まっすぐに進んでいたんだけれど」
「まっすぐ? 坂道を下ったり小川を進んで行ったのに!?」
わたしは口を押さえる。
心の声が出ちゃった。
「……」
「うう、お姫さまを怒らせた──お家断絶一族郎党皆殺しになっちゃうんだぁ……お父さん、お母さん、お姉ちゃん、あと妹……ごめんなさい」
「ふふっ、そんなことしないわよ」
ドクンッ。
なんだかいい雰囲気じゃない?
こ、これはまさか……。
「ね、ねえリゼ」
「なあに?」
「なんでもない……よ、です」
わたしはリゼに背を向けて、頭を抱えてしゃがんだ。
「これ……高校、いや学園デビューできてるのでは? まあ入学すらできてないんだけど!」
むしろこのまま目的地に行けないと、実技試験がヤバイ!!
それでも、見た目も変わってるし、今のわたしは陰キャじゃないのでは?
震えるのをなんとか我慢して、わたしは立ち上がる。
そしてリゼの目を見た。
「あ、あっちに行ってみない?」
「そうね」
わたしとリゼは、とりあえずさっきとは別の方向に進んでみることにした。
今まで進んでた方向には、足跡すらなかったからね。
10分くらい歩いていると、ようやく開けた場所に出て、尖塔が木の上に見えたんだ。
距離的にはもうすぐだと思う。
「えへへえへへえへへへへへへ」
「……ねえ、そういえば飛行船でも一緒だったわよね」
「あっ、うん、そうだね」
「奇跡のドジっ娘と書かれた新聞も読んだのだけれど、あなたは本当に、黒い翼の方を見なかったの?」
「えっ」
「いえ、別に責めているわけではないのよ。ただ……」
リゼは右手につけている腕輪を、いとおしそうに撫でた。
「もし黒い翼の、その方が人間であるのなら……その方にお礼を言いたくて」
「あ、ああー……」
「この腕輪は亡きお母さまからプレゼントしていただいた、とても大切な品なの。それが戻ってきて、わたしはとても嬉しかった。一瞬だけれど、窓の向こうに……その方が見えた気がしたの……」
それわたしです、なんて言っていいのか悪いのか。
どうなのかな。
腕を組んで、「うーん」ってうなっていると、立ち止まったリゼの背中にぶつかっちゃった。
「あっ、ごめ、ごめんなさい」
「かまわないわ。それよりも、ほら」
リゼが見ていたのは尖塔だった。
近づいて見てみれば、5階建ての建物くらい大きい。
真っ白で、入り口や窓みたいなのはどこにもなさそう。
「おかしいわね」
「なにが?」
「ほら、あれが見える?」
リゼが指さした方向には、巨大な騎士の石像があって、その前に王冠が置かれてる台座があった。
彫刻がほどこされた台座の上に1つの王冠。
王冠も台座も、1つだけ。
よかったぁ……まだ誰も来てないんだ、なんてことはないよね。
辺りを見てみると、茂みだとか木の陰に、他の受験生がいるのが見えてるし。
「どうして誰も王冠を取ってないんだろう」
「さてね」
わたしたちが到着したのと同じくらいに到着していた女の子が、台座に向かって進んでいく。
追いかけようとしたわたしの襟を、リゼが掴んだ。
「うわっと!」
「待って」
女の子が台座に置かれた王冠に、手を伸ばしたときだった。
──オオオオ
どこかから音が聞こえる。
それでも、女の子は王冠を掴んだ。
「オオオオオオオオオオオッ」
王冠が取られたことを怒ったみたいに、巨大な騎士の石像が動く。
巨大な騎士の石像は構えていた剣を持ち上げると、下段に構えた。
すっごい大きな剣だ。
石の剣が振り上げられていく。
「王冠を台座に戻せ!」
他の受験生からの声が聞こえて、女の子はあわてて王冠を台座に戻す。
巨大な騎士の石像はそれを確認したのか、剣を元の位置に戻した。
礼を尽くしているみたいなポーズ。もう動きを止めている。
「王冠には守護者がいるってわけね」
そうだね……っていうか、なにあれ!?
あんな魔法っぽい魔法(?)、わたし初めて見たよ。
さすがはアクシラ魔剣士学園。やっぱりわたしの炎の玉なんかとは違うなぁ。
「さて、では剣鬼の妹の実力、見せてもらいましょうか」
「へっ……へぇぁっ!?」
わたしの声が森に響いた。




