入学……できないの!?
朝早くにアクシラ王国の空港に到着したと思ったら、事情聴取がはじまった。
一等客室の乗客たちは、それぞれ狭い部屋につれてこられて、取調官さんと話し合い。
他の人は、もう帰ってるような音がしているんだ。
わたしも帰りたい。でも帰らせてくれない。……もうお昼くらいなのに。
「あの……わたし、いつまでここにいれば……?」
「今ね、身元の確認をしているんだけど……ローレンティア人ってことで、あちらの国に連絡をとって、確認して貰ってる最中なんだよね」
「なるほど……」
机の向かいに座っている、取調官さんは新聞を読んでいた。
そこには、
『奇跡、飛行旅客船ローレンティア号から落下した乗客は無事だった。~専門家によると船内レストランルームから落下した場合、接岸用のタラップに引っ掛かる確率は非常に低く、上空に長時間いたというのに、凍傷を含めた怪我の一切をしていないというのはまさしく奇跡で──また、現場周辺では黒い翼の生えた人物が目撃されており、当局は懐疑的ながらも、調査を開始している』
なんて書かれている。
号外らしいんだけど、わたしのことじゃん!
「さて、お腹が空いただろう? 何か持ってくるよ」
取調官さんが出ていくと、わたしは部屋にひとりっきり。
今の状況って、刑事ドラマの取調室みたい。
「も、もしかして……わたし、逮捕されちゃうのかな」
『そんなわけないじゃーん』
と、少しだけまのびした声が聞こえてくる。
わたしは左耳につけているイヤリングを触った。
「お姉さん!」
『リーネちゃんのこと、新聞とかメディアは好意的に書いてるよ。奇跡のドジっ子って』
ぜんぜん嬉しくない!?
「は、はあ……」
『裏の住人たちも好意的だよ』
「裏の住人? 運び屋さんみたいなやつですか?」
『そうそう。アメ玉ひとつで依頼を受けて、狼たちをボコボコにした。かくして思い出の品を取り戻したおばあさんは、涙を流して感謝する──。よっ、義賊! ってね』
「……わたしがここに入れられる前に、アメ玉ひとつが報酬だって言ったとき、『ええー、アメじゃお腹は膨らまないよ。リーネちゃん』、とかお姉さん言ってませんでした?」
『そんなこともあったかなー、覚えてないや。えへへ』
「……」
わたしの後ろで扉が開いた。
お肉と野菜が入ったケバブサンドみたいなのを取調官さんが持ってきてくれたみたい。
でもなんか……顔が引きつってるっていうか。
「君、誰と話してるの? なんか見える系の人……?」
「みっ、見えない系の人です……」
わたしはぶんぶんと頭を振って、お昼ごはんを受け取った。
取調官さんの後ろに、女の人が立っている。青黒い髪でクールな見た目のお姉さんだ。
そんなお姉さんにお辞儀して、取調官さんは通路の先に消えていった。
「じゃ、じゃあ……」
わたしも帰ろっかな!
お昼ごはんは外で食べればいいし。
「はじめまして、こんにちは。リーネさん」
お姉さんが腕を横に広げちゃった。す、進めない。
「あっ、えっ、あっ」
「こんにちは」
わたしが視線をそらすと、クールそうなお姉さんはそらした方向に動いて視線を合わせようとする。
そんな攻防が数秒。
お姉さんはため息をついた。
「なにか、隠しごとがあって負い目を感じているのですか?」
「い、いや」
負い目は感じてないけど、隠しごとはある。
わたしが黒い翼の人だし。
それでもやっぱり、わたしは視線をそらした。
「昔から……人の目が見れなくて……こんにちは」
「そうですか。ふむ、ローレンティアからの情報と一致しますね」
「えっ……そんな情報が?」
「はい。ローレンティア貴族情報院はあなたの趣味趣向から性格、スリーサイズまで、すべてを網羅しているそうですよ」
「えっ、ええええええええ!?」
「ウソです。ご両親からの情報で、人見知りであるとお聞きしています。そのような特徴が、どこかの機関に記録されていた……なんてことはないと思います」
お姉さんは傑作だとばかりに笑おうとして、笑いをなんとかこらえている。
変な人だなぁ……。
「こほん……すいません。ご両親と妹さん、心配されてましたよ?」
「あっ、はい」
「とりあえず……おっと、自己紹介がまだでしたね。失敬。わたくし、アクシラ魔剣士学園で教師をやっています、エールッシュと申します」
「えっ」
アクシラ魔剣士学園の先生なの!?
「あなたは学園に入学するために、アクシラ王国まで来たのでしょう?」
「は、はい!」
「わたしがここに来た理由を話していませんでしたね。実は……」
と、エールッシュ先生は申し訳なさそうな顔をした。
「今年度のアクシラ魔剣士学院の入学試験が、つい先ほど始まったんです。それで──」
「ええええええええええええええええええええ!!」
たぶん今年一番の、わたしの大声が取調室に響いた。
な、なんで!?
それよりも……どうしよう。
入試に間に合わなかった、なんて。そんなの家族に言えないよ……。
ふと、ドラマで見たサラリーマンを思い出した。
そのサラリーマンの男の人は、リストラされてるんだけど、家族に言えなくて公園で食事をしていたんだ。
お嫁さんが作ってくれたお弁当を泣きながら食べて、家に帰ると、行ってもいない会社での出来事を話していたっけ。
そのサラリーマンの男の人に、わたしの姿が重なった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
わたしの絶叫にエールッシュ先生がびくっと震えている。
エールッシュ先生は、あわてた様子で、両手を胸の前にあげた。
「あ、あの、最後まで聞いてください」
「ああああぁ……へっ?」
魂の抜けそうなわたしをじぃーーーー、と見ているエールッシュ先生が席を立った。
通路においていたらしい、わたしの剣を部屋に持ってきて、机に置く。
ゴトン、なんて重そうな音。
「すこし聞きたいのですが、ローレンティアでは、このような剣を使った剣術を教えているのですか?」
「い、いえ……わたしのオリジナルというか、そんな剣術的なものを」
「なるほど。アクシラ王国、あるいはアクシラ魔剣士学園で教わる剣術というのは、通常ショートあるいはロングのソードを使用します。理由はご存知ですか?」
「いえ……ご存知じゃないです」
「そうですか、理由は単純ですよ。魔力を込めれば、どんな武器でも強力だからです」
あ、なるほど。
たしかにお姉ちゃんみたいに剣に魔力を込めたとしたら、それが細い剣でも太い剣でも、切れ味はあまり変わらないと思う。
飛行船で出会った白狼さんなんて、自分の剣すら持っていなかったし。
「もちろん、大量生産した品よりも特注の剣のほうがいい。……でもこれ、重すぎません?」
わたしは首を縦に振った。
だって、わたしが持ち運びするときは、背負ってるけど浮かせてるんだよね。
見た目だけ剣だけど、本当は剣じゃないし。
「……まあ、他者の剣術に口を出すのはマナー違反というものですね。失礼しました。では本題ですが」
「あっ、はい」
「魔剣士学園の受験は面接、筆記、実技の3つがあり、わたしは面接と実技を担当しているのです。これ、どうぞ」
そうしてエールッシュ先生は、赤い封蝋で固められている、手紙をわたしに手渡してくれた。
わたしは蝋を割って、手紙を開ける。
「アクシラ魔剣士学園の面接を……別の場所で受けることを認める。これは、特例である?」
「ええ。ある方から個別に面接をして欲しいと頼まれまして。その方は、あなたに助けられたからと、このような無茶を押し通したんです」
「えっ……」
そんなことできるの?
というか助けたって誰のこと?
よくわからないけど、じゃあ、これが面接ってことだよね?
わたしは拳を突き上げた。
「や、やったぁ!」
「面接の途中ですよ」
「あっ、すすすすすす……すいません」




