狂想曲、動きます
【黒狼】
──狼たちの船
「ん? おい、なんか魔力の反応があるぞ」
白狼が言ったので、他の狼たちが視線を向けた。
またいつもの子供っぽいイタズラか。
そう思っていたけれど、黒狼は足早に近づいていく。そして仕事の成果が入った袋に、一瞬の迷いもなく手を突っ込んだ。
「これだな」
手のひらの上にあるのは、あまり高そうにも見えないイヤリング。
青い水晶が原石のままつけられている、そんな見た目だ。
「おそらく、と言っておくが……遠距離との交信ができる魔法具だな。前に似た物を見たことがある」
「へえ。じゃあ、おれたちと話したいってか。飛行船の連中だろ?」
「そうとも限らない。たとえば、飛行船内にいる娘が無事なのか、定期連絡をする両親ということもありえる」
「たとえばたとえば~。しらねぇよ、んなもん」
白狼は黒狼の手のひらにあったイヤリングをかっさらうと、耳につけた。
『おーい、リーネちゃーん。どうしたのー?』
「ああ? んだこれ、声が聞こえるぞ?」
「そう言っただろ。バカが」
白狼の耳からイヤリングを取ると、黒狼は自分の耳にイヤリングをつける。
「そちらは誰だ?」
『はっ! 名前を訪ねるなら、先に名乗りなさいよ。そのイヤリングの持ち主をどうしたの?』
「おれは黒狼と名乗っておこう。あらためて聞く、そちらは誰だ? すまないが、持ち主は少し席を外している」
後ろで白狼だけではなく、灰狼と金狼まで笑う。
相手に聞こえていないだろうか。
聞こえていても、問題はないが。
『なるほどね。だいたい状況は理解できたわ……やっぱりトラブルって金属製なのかもね』
「トラブルは金属製ではないと思うが」
『そんなことないわ。ぜぇーーったい、金属製だもの』
「ふむ、おもしろい考え方だ」
『……一応、礼儀として名乗っておく。あたしはミザリアだよ、ご同輩。あんたらも運がないね~。んじゃバイバイ』
ただ、それだけだった。
相手が通信を切ったのを理解し、背後でどうなったのかと騒いでいるバカどもを無視しつつ、黒狼は思考する。
ミザリア──という名のプロの業者がいたはずだ。
女性で、若手の運び屋だったと思う。
「ミザリア、ミザリアか。しかし、格上の追っ手をけしかけられたと聞いたが……3人を相手に勝ったのか?」
そんなこともあるだろう。
女性が噂よりも強いということも、相手が噂よりも弱いということもある。
なんなら追っ手が3人だということも、それどころか追われていたということ自体が間違いの可能性すらあった。
「たとえば、助っ人がいたというのもありえるな」
「またたとえば、かよ。どうなったんだよ、あ?」
「おれも話したかったぜ」
「どういう仕組みなの、それ」
「知るか」
黒狼はそう呟いた。
「それよりもお前ら、ミザリアについて知ってるか? 運び屋をしている若い女だ」
「ミザリア? しらんな」
灰狼が言う。
「わたしは聞いたことあるけどさ、死んだんじゃなかった?」
金狼が言う。
「ああん? 今はローレンティアで、カプリコーンってやつと組んでるんじゃなかったか?」
最後に白狼が言った。
こいつは常識を知らないやつだが、大事なことを知っているやつだ。
黒狼は経験からそれを知っている。
「なるほど──狂想曲のことだな。言われてみれば、おれも聞いたことがある」
【ミザリア】
あたしの勘って当たるんだよなぁ。
そんなことを思いつつ、ミザリアは帆船の船首に向かう。
周りの客はあたしに注目すらしていない。
彼らが見ているのは、どこまでも続く青い海だから。
「ね、あたしが言った通りじゃん」
わざとらしく言うと、うう、と声が聞こえた。
音もなく、目の前に黒い翼を生やした、フード付きローブをまとった人物が降りてくる。
「あの、お姉さん、頼みがあります」
「狼を追ってるんでしょ?」
「えっ、なんで」
「ふふん、お姉さんをナメるなってことよー。それはそうと……狼は有名な泥棒でね、いつも複数人で行動するの。リーネちゃんの様子をみるに、飛行船でも仕事をしたってことね」
「はい。4人いて、イヤリングも盗まれちゃいました。ごめんなさい」
「イヤリングは別にいいんだけど、それだけじゃないんでしょ?」
「……はい!」
フードの下から見える、リーネちゃんの瞳には強い輝きが見えた。
おもしろい。
「実はね、あのイヤリングって距離まではわからないんだけど、どっちにあるのかって方向くらいはわかるの」
「あっ、便利ですね」
「ありゃ、怒らないの?」
リーネちゃんはなんで、という風に首をひねった。
「それで彼らの場所がわかるので」
「そっか」
あたしは腕輪に触れて魔力を込めた。
腕輪からいくつかの光の線が現れる。そのなかでも、濃いのがひとつ。
「北の方向、あっちだね」
指で示した方向も海だけど、遠くにうっすらと船が浮かんで見える。
この船よりも小さい。
「ありがとうございます。ちょっと見てきます」
そう言うと、黒い翼が1度だけ羽ばたいた。
ふわりと浮かんだあとは、相当な速さで飛んでいく。
「てか……リーネちゃんって飛べるんだ」
あたしの小さな声なんて、船首がぶち当たっている波音に掻き消される。
ちらりと北の方向を見てみた。
何も変わらない。
青い海は宝石みたいにきらきらと輝いているけれど、そんな宝石を盗んだであろう、不幸な狼さんたちは、さぞやおどいている頃だろうか。
【黒狼】
狼たちはおどろいていた。
あらかじめ用意しておいた帆船は予定していた場所に停泊していたし、飛行船からの脱出も、魔力を込めた布を使って滑空するという奇想天外な技が成功した。
練習では、目的地からずれた場所に着水したり、風に流されて予想外の場所まで飛ばされてしまうこともあったが、本番は完璧だった。
では、何におどろいていたか。それは眼前に不審な人物が現れたからだ。
しかしそんなことは珍しくもない。
仕返しや偶然に居合わせた助太刀なんてのは、数えきれないほど経験している。
だからこそ、それだけならば、おどろきはなかった。
おどろいたのは……追い風を受けて海上を走る、この船の舳先にこつぜんとして人が現れたから。
いや、本当に人なのだろうか?
「何者だ!」
灰狼が剣を抜いて近づいていく。
「首飾りを返してください」
その声は女の、いや、まだ幼さの残る少女のものだった。
「おれたちは欲しいから奪ったんだ。お前も欲しいなら、奪ってみやがれ!」
「……わかりました」
少女は剣を持っていない。
だが、夜闇のような黒色のローブで身体を覆い隠して、フードを深く被っているのは、正体を隠したいからだ。
つまりそれなりの身分ということだろう。
身分が高ければ高いほど、剣術の師は高名な者になっていくもの。
しかし、
「なっ……」
灰狼が一瞬で吹き飛んでマストにぶつかったのは、何をしたのか、いいや、何をされたのか。
それすら見えなかった。
長剣ではない。ならば、短剣使いか?
ローブの下に、暗器を仕込んでいる可能性もある。
「おうおう、灰狼さんったら負けちゃってるぜ~」
けらけらと笑う白狼が灰狼が落とした剣を拾う。
金狼が白狼に剣を投げた。
双剣──2つの剣を持つ白狼に勝てるやつは、そう多くない。
「本気、か」
黒狼がつぶやくと、白狼の姿が消えた。
ローブの少女は動かない。
「おらおらおら!」
おどろくほどの速度で駆け抜け、白狼が剣を振り回す。
ローブの少女は動かない。
だが。
「ど、どうなってやがんだ、黒狼!」
白狼の双剣から繰り出される斬撃は、どれもが急所を狙っている。
しかしローブの少女は動かない。
いや、動く必要がないのだろう。
双剣は1度すら、その身に届いていないのだから。
空を斬っている刃は、見えない壁に阻まれるように動きを止めてしまう。
何度も何度も。
ローブの少女はややのけぞった。
「何か来るぞ!」
黒狼が叫ぶと、白狼がバックステップで一気に下がり、マストに両足をつけて動きを止める。
これでは狼ではなく蜘蛛だとかヤモリのようだ。
だが、先ほどまで白狼がいた場所に、どこからか現れた巨大な戦鎚が通りすぎていくのが見えた。
間一髪だった。
「待て、お互いプロだろう? おれたちは狼と呼ばれている集団だ。君は狂想曲だな?」
「……」
狂想曲の返答には、奇妙な間があった。
「たぶん、はい、そうです」
「そうか。……先ほどミザリアとも話したんだ。それでわかった。どうやら行き違いがあったらしい」
「……行き違い?」
「プロにはプロの掟があるだろう? 他の業者を仕事に巻き込むな、というものだが」
「……はあ」
「こちらとしては金持ちから奪いたかっただけでな、ご同輩から奪いたいわけではないんだ」
「……よくわかりませんけど、首飾りとイヤリングを返してくれるなら、帰ります」
「そうか!」
黒狼は顔には出さなかったが、歓喜していた。
正直に言って、この狂想曲と呼ばれるやつは危険だ。
全員で戦っても勝てる気がしない。というか何をしているのかすらわからない。
それなら奪った物を返して終わり、これでいい。
「なのにっ!」
黒狼はメガネをくいっと動かす。
奥歯を噛み締めた。
「はあー? ふざけんな、喧嘩だ喧嘩だ!!」
白狼が突っ込んでいった。
相当の魔力が剣に集まっているのか、奇妙な色に輝いている。
剣をハサミのように交差させて、狂想曲の首を挟み込んだ。
「あっ」
と、狂想曲。
その瞬間、フード付きローブが黒い全身鎧に姿を変えた。
まるでおとぎ話に出てきそうな漆黒の騎士に、さすがの白狼も動きが止まる。
鎧に剣が弾かれた。
狂想曲は音もなく空へと飛んでいく。
そして右手を頭上に掲げると、そこに火の玉が現れた。
魔法だ。
魔法は魔剣士であれば、誰もが使える。しかしそれは、おとぎ話から出てきたような、本物の──。
【狂想曲】
わたしは驚いていた。
船に行ったらいきなり襲われるし、ツンツン頭の人の剣なんて、ほとんど見えないし。
メガネの人が返してくれるって言ってるのに、殺されかけるんだもん。
怖かったー……。
「首飾りとイヤリング、返してください!」
わたしは空に手を向けた。
手のひらに炎が現れる。炎は魔法で作っているから、科学的な炎じゃない。
魔力を込めれば込めるほど、大きく、丸くなっていく。
「このくらいで、いいかな」
船よりも大きくなったところで、船の進路に発射した。
海面に直撃して大きな爆発が起きる。魚さん、ごめんなさい。
まるで雨みたいに海水が降って、魚さんまで降ってくる。
わたしは船に降りた。
「あの……返してください」
「わ、わかっている……すまない」
こうしてわたしは奪われた品物のなかから、おばあさんの首飾りと自分のイヤリングを見つけた。
袋のなかに、きらりと光る、銀色の腕輪が見える。
『愛しのリゼへ、母より』
腕輪の裏側に彫られている文字を見て、わたしはお姫さまを思い出した。
あの一瞬だけ見えた、悲しそうな表情。
よし、これも返して貰おう!
「あっ、これもいいですか?」
「……かまわない」
どうしてなのか、狼さんたちは青い顔でわたしに近づこうともしない。
「えっと、返して貰いました。さようなら」
わたしは砂鉄の鎧をローブに戻すと、翼を生やした。
本当は翼なんてあってもなくても飛べるんだけどね。やっぱり飛ぶなら気分的に、翼でしょ?
そのあとはミザリアお姉さんの乗った帆船の上を飛んでから、飛行船に近づいたんだけど。
こっそりと船内を覗いてみると、大騒ぎになってて、入れないよ……こんなの。
船員さんたちが、レストランルームのお客さんたちを救助しているところだった。
「うーん、入りづらい」
わたしは壁に出来た穴から、そっとおばあさんの首飾りとお姫さまの腕輪を置く。
一瞬だけど……お姫さまがこっちを見た気がする。
まあ気のせいだよね。
「あ~疲れた。もう魔力が尽きそう……」
さすがにもう魔力切れだよ。
船内には戻れないから、なんとなく横になれそうな場所を見つけて、わたしはそこで横になった。
飛行船がゆっくりと高度を落としていく。
すいません朝起きれないので
次回から12時までに更新に変更します。




