魔力喰らい
ふたりの戦いを見ている者がいた。
それも、普通の人間や並みの魔剣士では到底見えない距離からだ。
大きな屋敷の青い屋根の上に立ち、手のひらを目の上にかざして見ている。
城の最上階に近いバルコニーだからこそ、あまり多くは見えなかったが、それでも彼ほどの実力者なら、その光景を経験で補えた。
直接見ているのと変わらないような鮮明さで戦いを見ていると、下で音がする。
「悲しいことだな、あれほどの才能が枯れるのを見るのは……」
その男は呟きながら、ボロの衣を風になびかせて下を見た。
アシュトン伯爵がようやく屋敷から出てきたところらしい。
まだ集まった魔剣士たちが止めようとしているのが見える。
「ふむ」
もう一度だけ、戦いの様子を見た。
「なに……まさか!?」
枯れたからこその活路が開くこともある。
それを彼は知っている──。
「水は、高きから低きに流れる。蓋世の魔力が成った」
○○○
わたしは頭に血が上って、必死に戦った。
ディーが死んだなんて……信じたくなかったから。
魔力が使えなくなっても、もういいやって。
何度も魔力を尽きさせているから、おじさんが魔力を精神力だと言っていたのがよくわかる。
完全に尽きても、また魔力が出たんだ。
それが命を削ってるってのも……わかったんだけどさ。
「負けない」
わたしはよろよろと進んでいく。
ケイカさんは腹の辺りを触りながら、青い顔をして腰に手を回している。
──ひゅん
つぶてが飛んできたけど、足元の床を砕いただけだった。
「ちくしょう。落ち着け、あいつはもう死人も同然じゃないか!」
ケイカさんがそんなことを言う。
自分を奮い立たせるような、そんな声。
──ひゅん
今度は肩に当たった。
魔力が出たけど痛い。なんとか防げたくらいだろう。
でも、もう防げないって自分でわかった。だって自分のことだから。
だからわたしはまっすぐに走った。
ケイカさんが、剣を構えて迎え撃って出る。
傷だらけの剣がわたしの脇腹を狙う。
なんとかわたしの剣がそれを防いだ。
剣と剣がぶつかって、押し合っている。ギリギリッと鳴って、どちらの剣も引くに引けない。
「喰らえ!」
歴戦の業者──殺し屋としての動きってやつだろうか。
こんな状況なのに、ケイカさんが蹴りを放つ。
充分すぎるほどに魔力が込められた蹴りだ。
でも横腹に当たったけど、あんまり痛くない。
「はっ?」
ケイカさんがすっとんきょうな声を出した。
わたしも奇妙な気分だ。
ふたりの身体がひとつになったような……まるで触れている場所と場所が、部位と部位が結合したような──。
「な、なんだ。なんだこれは」
不思議なものを見ているみたいに、ケイカさんがわたしを見ている。
そんなケイカさんが後ろに下がろうとした。
でも下がれない。
後ろにはバルコニーの手すりがあった。
「離れろ!」
もがいてるケイカさんだったけど、わたしは奇妙な感覚を感じていて気にならなかった。
でも違和感は感じていた。
わたしは氷の張った湖みたいに冷えているのに、ケイカさんは冬に自販機で買ったコーンスープの缶みたいに温かい。
懐かしい味を思い出したけど、もう飲めないんだろうなぁ。
じゃなくて。
「……あれ?」
温かいモノが、ゆっくりと、わたしに流れてきている?
「なっ!」
ケイカさんも違和感を感じてるみたいだ。
剣と剣も、まるで磁石がくっついたみたいに刃と刃が離れない。
そこを伝わってきて、じんわりと手のひらに温かいものを感じた。
「これ、魔力?」
ケイカさんの魔力がわたしに入ってくる。
なんだろう、これ。
どうなってるの?
「魔力の動かし方を思い出して」
どこからか声が聞こえた。
ディーの声に似ていたけど、ディーは死んじゃったんだ。
わたしは涙が出てきた。
それと同時に、ガーラン将軍のお屋敷でディーが言っていたのを思い出す。
「丹田から胸に、そして肩に……」
いや、言ってたのはそれだけど。
わたしには魔力が残ってない。
「もしかして、逆にすれば」
ディーは『丹田に魔力を集めて、それを胸に、そして肩に、そうして腕へ。その先は手首、手のひら、指先……最後に、紙に』と言っていた。
その逆となると……。
「紙、じゃなくて剣から指先に、その先は手のひら、手首、腕に。そうして肩に、そして胸に……それを集めて丹田へ」
一気に魔力が流れてきているのを感じた。
渇いた土に水をかけたみたいに、どんどん入っていく。
濁流のような勢いでケイカさんの魔力がわたしに入って──。
ケイカさんはもがいていたけど、どうしてだか剣と脚がくっついて離れないみたいだ。
「……何をしている、やめろ!! ってうわぁ!?」
ケイカさんがオバケでも見たような顔でおどろいた。
「お前は……死んだはずだ……」
「死んでない」
後ろからひんやりとした風が吹いた。
なにこの冷気。
というか、後ろからディーの声が聞こえるんですけど!?
わたしは後ろが見たかった。
でも、ケイカさんは片足が蹴りの格好でくっついて動かないうえに、剣もくっついてる。
わたしはそれを受けている格好のまま、くっついてる。
そんな状態のふたりだから動くに動けない。
なんだか見ようによってはダンスでも踊っているみたいにちょこちょこ動いて回転して、
「痛っ!?」
「わりぃ」
わたしはケイカさんに足を踏まれた。
そのまま足もくっついて……まあそんな体勢をわたしは支えられないわけだ。
ふたりして、ばたーんと倒れた。
「みごと」
パチパチとディーが手を叩いてる。
どこも怪我してなさそうだ。よかったぁ。
「というか……助けてぇ……」
切実に。
「はい。もう大丈夫?」
わたしの背中に手を当てたディーが魔力を送り込むと、あっけないほどに剣と脚が離れる。
ケイカさんは荒い呼吸で座り込んでいた。
「大丈夫……だけど、さっきのなんだったの?」
「魔力を吸った」
ディーの言葉を聞いたケイカさんが、歯をカチカチと鳴らして手のひらを見ている。
手相を見てるってわけじゃなく、たぶん魔力が出るのか見てるんだろう。
「魔力が出ない……嘘だろ、あんなのはおとぎ話で……お前ら……魔力喰らいか……?」
魔力喰らい?
わたしはそんなの聞いたことすらないけど、ディーはうなずいてる。
ケイカさんが青白い顔でわたしたちを見上げた。
「お前、どうして生きてるんだよ」
ディーに言ったんだろう。
「防いだ」
ディーの周りに氷の結晶が浮かんだ。
きらきらとして綺麗だけど、どうやって──いや、わたしだって炎を吐いたりするんだけど。
つまり魔力で作られた、氷?
「こっちだ!」
バルコニーの奥にあるフロアから声が聞こえてくる。
ディーはケイカさんを氷の鎖で縛ってバルコニーから飛び降りた。
わたしは手すりまで近づく。
庭園の奥、避暑用の建物のほうに向かって走ってる、ディーと引きずられてるケイカさんの姿が見えた。
「行くわよ」
「姫さま、お待ちください!」
後ろから声が聞こえる。
姫さまってことはリゼなのかな?
どうしよう。
わたしは悩んだけど、バルコニーから飛び降りた。
リゼにはまた会えるだろうけど、今はディーたちとの問題が山積みだからだ。




