剣の理
わたしは戦えていた。
このピンチに秘められたパワーが目覚めて、だ。
実は宇宙からやって来た戦闘民族だったとか、これはキングクリムゾン……ボスか? みたいな能力は欲しいけど。
手に入らない。
だからそういうものじゃなくて、普通に普通の泥臭い戦いをしていた。
というか、できていた。
「へえ」
ケイカさんが素直におどろいたような声を出す。
わたしが魔力を使わずに戦っているのを、どう捉えたのかは知らないけど、どうしてだかケイカさんも魔力を使わずに剣を振るっている。
単純な剣術同士の戦い。
ケイカさんの剣術は見たことがないもので、荒々しい。たぶん我流のものだ。
一方のわたしの剣術はローレンティア流──ではなくて、おじさんに教えてもらった万天派の剣術、万天剣。
この万天剣はまるで空の色が移り変わるように多彩に動いて、ゆったりと、次の瞬間には苛烈に攻めていく。
格式ばったローレンティア流とは全然違う。
自由で、なんだか楽しい剣術だ。
「この剣術、キノン王国のモノか。お前ローレンティア人だろ? どこでこんな剣術をおぼえたんだ?」
万天派ってキノンにある剣術流派なんだろうか。
知らなかったけど、わたしは答えない。
答えられなかった。
答える暇もない。
こっちの攻撃は全部受け止めてもらえて、安心して攻撃できているし、相手の攻撃だってなんとか防ぐことができている。
なんだか……宿で練習していたときを思い出した。
楽しい。わたしは生まれてはじめて剣術が楽しいって思えたんだ。
「ありがとうございます!」
わたしが言うと、ケイカさんは怒ったようだった。
剣が猛火のように振り下ろされる。けれど、わたしは防ぐことができた。
気持ちいい。
いわゆるランナーズハイみたいなもんだろうか。
○○○
「私を練習台にするな」
ふわりとケイカは飛び下がった。
手すりの上に立って、動きを止めた白髪の少女を見る。
本当に楽しそうに剣を振るうやつだ。額に頬にと汗が流れ、それでも月明かりに照らされている端正な顔は、女ながらに美しいとも思う。
ケイカとしても、剣を合わせていて……多少は楽しいと思った。
当たれば肉を切り裂く真剣での戦いだというのに、恐怖はない。これは試合なのだ。
だが、どうして試合っているんだ?
自分でもわからない。
「お前……」
白髪の少女は視線を泳がせている。
あいつが魔力を出さずに攻撃をしてきて、技比べをしろと言ってきたのだと思った。
それゆえにこちらも魔力を出さずに単純な剣術で相手をしてみたが、思った以上に難解な剣術をおぼえているらしい。
最初はキノンの正統派剣術だと思ったが、戦ってみるとまったく違う。
敵との技の試し合いというのは戦闘の最中に稀にあるが。
しかしこれは、そういったものではない……。
「私を舐めているのか?」
白髪の少女はおろおろとしている。
自分でもどうしてこんなことをしているのかわからない、という雰囲気だ。
まったくこちらを恐れていない。
魔弾のケイカといえば、裏の世界でも有名だ。
中堅どころの業者としては抜きん出た実力だと自負している。
そんな……私を前にして、なぜ恐れないのか。
仕方ない。
そちらが遊びのつもりならば、本気にさせよう。
さっさと痛めつけてやる──。
「あの銀髪、どうなったか知りたいか?」
「えっ」
白髪の少女はおどろいたような顔だ。
剣術に気をとられて、忘れていたのか。
「──死んだぞ」
「…………」
事実として、なかなか強かったからこそ、つぶてを3発も撃ってしまった。
別に殺す予定はなかったが。
だからといって特に気にするほどのことでもない。
仕事外でもそういうことはあるものだ。
「ディー……」
白髪の少女が呟いた。
ディーというのが、あの銀髪の少女の名前だろうか。
「っ!?」
白髪の少女の周りがゆらりと揺らめいた。
まるで炎暑の日の大気のようだ。
氷の張った湖のような瞳はとろんと酔ったように虚ろで、そんな視線と視線が交差する。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う。
周囲の音が消え去って、世界が息を呑んだように静まり返った。
ケイカは先ほどまでの剣術を思い出し、対策と対処を頭のなかで数十と練りつつ剣を下段に構える。
白髪の少女は青白い剣を正眼に構えた。
双方の剣が間合いに入ってはいない。ならばとケイカは片手を柄から離して、腰の袋に入れる。
ジャリジャリとつぶての金属がぶつかって音が鳴った。
ひとつを取り出して、即座に投げた。
黒い魔弾が銃弾よりも速く、白髪の少女の胸元に飛翔する。
それを白髪の少女は半身になって避けた。
まさか見えたのだろうか?
しかしそんなことを気にする余裕はケイカには無かった。
白髪の少女が避けたまま、前進してきている。
ケイカは白髪の少女の胴体と下半身を両断する勢いで薙いだが、読まれていたのか後ろに下がられた。
がら空きのケイカの胸に剣が突かれる。
とっさに剣先を避けられたが、するどい切っ先は尾を曳くように追ってきた。
──ギィン
なんとか防げたが、想像以上に重い。
先ほどまでの戦いでは、こんなにも重い剣ではなかった。
筋力などではないだろう。きっとこれは魔力によるものだ。
ケイカは踏みとどまれずにたたらを踏んで、相手をにらむように見る。
白髪の少女の周囲には可視化しているほどの重厚な魔力が揺らいでいた。
あきらかに押しているのは白髪の少女であり、受けに回っているのはケイカだ。
刃と刃が激突する。
何度も甲高い金属音が響く。
ケイカの剣が白髪の少女の頬を浅く切ると、白髪の少女の剣がケイカの腕をかすめた。
いつの間にか、ふたりを中心として血の赤が床を華のように彩っている。
ふたりは申し合わせたように下がった。
ケイカは上段に構え、白髪の少女は脇に構える。
どちらも話さず、ピリピリとした空気が流れた。
先に進んだのはケイカだった。遅れて白髪の少女も進んで、ふたりが交差する。
「はあっ!!」
ケイカは渾身の力と魔力を込めて、剣を振り下ろした。
白髪の少女の肩口に刃が吸い込まれるように進んで、切り裂く寸前で止まる。
腹に痛みを感じた。
見れば、白髪の少女が振った横薙ぎがめり込むように腹に叩き込まれていた。
「くっ」
ケイカは後方に跳んだ。
手すりに背を預け、腹の傷を確かめる。
しかし血の一滴も出ていない。
代わりに、サァ……と血の気が下がったのを感じた。
あの一撃には魔力が込められていなかったのだ。
視線を白髪の少女に向ける。白髪の少女はまるで酔ったような千鳥足で、よろよろと動いていた。




