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トラブルメーカー

 ケイカさんはどうしてそんなつまらないことを聞くんだって言いたそうな、すねた子どもを半分、無表情を半分って感じの顔をした。

 でも首筋をぽりぽりと掻きながら首をかしげて、すこしうつむいてる。


「私の故郷は……貧乏な農村でね。豊作なんて一度もなったことがなかったんだ」


 その声は震えていた。

 ケイカさんの表情は暗くて見えない。


「農民が食うにも困れば、どうするか知ってる? ……子どもを売るんだよ。それも、値段なんてクソほど安いんだぜ? せいぜいが数日食べれるくらいの値段でさ。私もそうやって売られたんだ」


 わたしは口をあんぐりと開けた。


「売られた先は、金持ちの貴族さまの邸宅でな。下女として雇われた私は……必死に働いたよ。寒さに震えながら必死に生きた。あるとき、私は魔力を扱えると気づいたんだ。貴族の生まれでもないのに魔力が扱えるやつは滅多にいない。

 そんな私は貴族さまたちが練習している魔力の扱い方が書かれた本に興味をもっちまってな。……読んじまったんだ。あとで知ったがよ、魔導書ってのは、その家の宝ってやつなんだな。だから、私はボコボコにされて追い出された」


 ケイカさんは手のひらを顔に当てて、夜空に顔を向けている。

 しゃくりをあげるみたいに胸が上下したのが見えた。


「仕方ねぇだろ。魔力が多少使えるってだけの小娘だ、どうやってひとりで生きればいいんだよ……。それでも私だって最初はこそ泥くらいしかしなかったんだぜ? はじめて盗んだりんごの味は……いまでもおぼえている。信じられないくらいに、甘かったんだ」


 わたしは目を細めながらケイカさんを見る。

 そんな生活だったら、裏の世界に足を踏み入れるのもおかしいことじゃないのかもしれない。

 わたしは恵まれているんだ。

 もしもわたしがケイカさんと同じ生まれだったら……。

 どうなっていたんだろう。


「くっ……」


 わたしはいつの間にか下ろしていた視線を上げた。

 ケイカさんがかすかに震えている。


「くふっ」


 夜空を向いていたケイカさんの顔がこっちに向く。

 当てられた手のひらはそのままに、指先から瞳がわたしを見ている。

 その目は、歓喜に震えていた。


「くははははっ! あはっあははははははははははははははは」


 ケイカさんの笑い声が響いてる。

 わたしは唖然としていた。


「お前、信じやがったな? くくっ……私が殺し屋をやっている理由なんてのは、楽に稼げるからだ。農村生まれ? 下女? りんごの味ぃ? ぜぇーーーんぶ嘘だ、まぬけ!」


 わたしはムッとした。

 息を吐くように嘘をつくな、この人。

 なんて人だ。


「なんでそんな嘘なんか……」

「なんで? けっ、お前が時間を稼いでんのは百も承知なんだよ。こっちはローレンティアの兵士が100人来たって怖かねぇのさ。そいつらをお前の前で皆殺しにして、絶望させた上でぶっ殺そうと思ってな!」


 その言葉は、わたしだけに聞かせようとしたものじゃなかったみたいだ。

 庭園のあちこちで息づかいや足音が聞こえている。

 ガーラン将軍に言われてか、仲間の衛兵さんが倒されてかはわからないけど、結構な人数が集まっている気がした。


「達人の領域に片足を踏み入れるということが、どういうことなのか。よく見とけ!」


 ケイカさんは自分の剣を地面に突き刺すと、闇のなかに駆けていった。

 それはまるで竜巻だ。

 庭園を照らしているいくつかの街灯の下だけが満月みたいに白く輝いているけれど、その他は真っ暗の闇が満たしている。

 闇のなかを流れ星みたいに、すばやい動きで駆けて、あちこちで竜巻に巻き込まれたみたいに衛兵さんたちが宙を舞っていく。

 わたしは動けなかった。

 だって、おじさんの動きと比べても、遜色がないくらいに速く見えるからだ。

 達人の領域──それがなにかはわからないけど、今までに会ったことのある魔剣士の中でも、トップクラスに速い。


「ほら、もう終わった」


 音もなく後ろに立たれていた。

 急いで振り返ると、汗ひとつかいていないケイカさんが、獣じみた笑みを見せている。

 あちこちでうめき声が響いてるから……みんな死んではいなさそうだけど。


「うるさいな。場所を変えるか」


 そう言ってケイカさんは歩いていく。

 か、帰っちゃおうかな。


「逃げられると思うなら、逃げろ」


 無理です。はい。

 わたしは編み込んだ金髪を見ながら、ケイカさんの後ろをすこし離れて歩いていく。

 剣を回収したケイカさんが近づいてきて、わたしを抱え上げた。

 そしてお城の壁を蹴って上に上にあがっていく。

 まるで飛んでいるみたいだ。


「ほら、ここだと静かだ」


 たどり着いたのはお城の最上階、やたらと広いバルコニーのような場所だった。

 手すりから下を見るとぞっとするほど高い。


「うわっ」

「死ぬにはいい夜だ」


 ケイカさんは両手を広げて夜風を浴びている。

 いや……わたしは死にたくないんですが。


「死ぬんですか?」


 ケイカさんが。


「死ぬだろ」


 お前が。

 あっ察し。


「嫌すぎる」

「ははっ」


 ケイカさんは軽く笑って手すりに腰を預けた。


「お前、裏の世界って知ってるか?」

「裏の世界……ですか」


 知っている。

 わたしは運び屋さんだから。


「そう。そこにはいろんなやつがいる。……ま、基本的には表の連中よりも強いやつが多いんだ。それでな、その裏の世界でも他にいないような妙なやつが、このローレンティアにはいるんだとよ」


 妙なやつ?


「そいつは新人らしいが、周りを狂わせるらしい。簡単な依頼がどんどん厄介になっていく。新造された飛行戦艦の情報を盗みに入ったやつが、そいつに出会って、結果的にその飛行戦艦と一緒に墜落するくらいには……計画を狂わせる」


 …………。


「他には、貴族の屋敷に盗みに入ったやつがいたが、実はその貴族が人拐いをやっていたらしくてな。自分も捕まってしまった。そんなときにそいつがやって来て、何がどうなったのかは知らんが屋敷が倒壊したらしい」


 ……うう。


「そういう……妙なやつがいるのが、このローレンティアだ。だからか知らねぇが、私はこうやってややこしい状況に陥っているし、お前にこんな話をしている。……お前に言っても仕方がないが、きっとそいつに私は出会っているんだろうな……だからこそ、こんなに妙な状況になっている」

「その人の名前は?」

狂想曲(カプリチオ)というらしい。音楽の用語で大騒ぎするような曲だったか? そんな感じのやつなんだろ」


 そんなこと言われても、わたしは別に変なことしてないんだけどなぁ。

 転んでランタンの油が漏れて、それが燃えながら火薬庫に入って爆発する程度だ。

 ああ、わたしのせいか。


「さて、こんな話をしてしまうのも……きっとそいつがいるっていう国に来ちまったからなんだ。さっさとこんな国は出ていくにかぎる。じゃあ、終わらせようぜ」


 わたしは剣を構えた。

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