魔弾のケイカ
わたしはびたーんと地面に転がっていた。
すこし鼻血が出てる気がする。別に気を失っているとかそういうのはないんだけど、動けなかった。
おじさんから言われた、次に魔力が尽きたら、魔力が使えなくなるって言葉を思い出して……防御ができなかったんだ。
だから。
防げるのに防がなかった。
地面が近づいてくるときに、身体を守っていた魔力を止めて、ばーんと落ちた。痛い。
「なんだあいつは、バケモノか」
ガーラン将軍がひょいっとわたしを担いで走っていく。
後ろからイレーナさんが追いかけてきたのが見えた。あれ? ディーは?
顔を上げると、アシュトン伯爵のお屋敷で見かけた、あのぞくりとするような金髪の美女がディーと戦っているのが見えた。
ディー、大丈夫かな。
ガーラン将軍は何度も来ているだろうから、お城の造りには詳しいみたい。
裏道みたいな場所を通って、お城の近くに出てきた。
見上げるほどに大きなお城の裏庭、というか庭園までたどり着くと、わたしを地面に置いて腰をおろす。
「君は……確かリーネだったか」
「あっはい。そうです」
ガーラン将軍は荒い呼吸をしている。
「それで、リーネはリーゼリア姫と知り合いなのか?」
「知り合いというか友達というか。アクシラ魔剣士学園で同じクラスで、学生寮でも同室です」
わたしの言葉にイレーナさんが目を見開いて、嬉しそうな顔をする。
まるで砂漠をさ迷っていてオアシスを見つけたような表情だ。
「では、リーゼリア姫に保護を頼みましょう!」
「…………」
ガーラン将軍はイレーナさんの言葉に唇をぎゅっと締める。
悩んでいるみたいだ。
「あのバケモノに見つかれば、わしらは一巻の終わりだろう。しかし行けば、王家のお方にご迷惑が……」
「父上、汚名をそそぐにためには生きなければ」
「……そう、だな。シアのことも気になる」
わたしはふたりが話しているあいだに立ち上がった。
鼻を手で拭いてみると、やっぱり鼻血が出ている。
魔剣士だったら、こんな怪我なんて一瞬で治っちゃうんだけど、魔力が無くなるのが怖くて治せない。
今のわたしって、どれくらい魔力が残っているんだろう?
「そういえば、シアさんってどこにいるんですか?」
イレーナさんの妹で、馬車に跳ねられて意識が戻らないって言ってたけど。
お屋敷に残してきたってことはないと思うし……。
「シアはベルファーレ城のなかにある、神殿にいます。神官は医療に長けていますから」
「神官かあ」
わたしは夜空を見上げた。
明るいお城の光で小さな星は見えないけど、満月だけが、ぽっかりと黒のなかに見えている。
それにしても神官さんかぁ。
学園を襲撃した女神官さんを思い出しちゃうよ。
──パチパチパチ
夜の庭園のどこかで音が聞こえる。
それが拍手なんだってことは、なんとなくわかった。
「おみごと。こんなところに逃げ込むなんて」
石畳でかつかつと足音を鳴らしながら、あの金髪を編み込んだ女の人がやってくる。
「貴様、ここはローレンティア王国の王城だぞ。よそ者は立ち去れ!」
ガーラン将軍が言ったけれど、それに対して彼女は鼻で笑った。
「ローレンティア王国なんて怖くもなんともないわ!」
声を聞き付けて衛兵さんがやって来た。
その人に向けて、彼女は何かを投げる。
「っ!?」
衛兵さんは後ろから引っ張られたみたいに、ばたりと倒れた。
「貴様、飛び道具を使うのか?」
ガーラン将軍が剣を抜いた。切っ先は彼女に向けられている。
「飛び道具の他に、どう見えるんだ」
指先に挟まれているのは、黒い金属。
まるで細長いコマみたいな形をしているそれが、指で弾かれて夜空に消える。
そして落ちてきたのを手のひらで受けると同時に、放たれた。
──ひゅん
とっさにガーラン将軍は剣を盾にしたけれど、剣が飴細工みたいに砕けて、黒い金属が胸に直撃する。
投げたものはあんなにも小さいのに、大きな身体のガーラン将軍が吹き飛ばされて地面にばたんばたんと転がって動きを止めた。
「父上!?」
イレーナさんは倒れたガーラン将軍に駆け寄ってる。
でもガーラン将軍は、口の端から血を流しながら、地面に転がった金属を拾い上げた。
「このっ……このつぶては! まさか貴様がシアを……!」
ガーラン将軍が顔を真っ赤にさせて立ち上がろうとしているけど、崩れるようにして地面に手をつく。重症みたいだ。
でも。
そんなガーラン将軍を、あの女の人は見ていない。
編み込んだ金髪のひと房を指でもてあそびながら、わたしを見てる。
「えっ」
わたしは一瞬だけ躊躇したけど、剣を鞘から走らせた。
正直、戦いたくなんてないんだけど。
でも。
「イレーナさん、ガーラン将軍をつれてお城に入ってください。わたしが食い止めるので……あの、リゼに会ったら、よろしく言っておいてください……っ!」
イレーナさんじゃあ、あの人に勝てない。
ガーラン将軍だって。
じゃあ、わたしがやるしかないじゃん。
勝てるとは思わないんだけどさ……。たぶん足止めくらいならできるはず。
でも、あの女の人は動かなかった。
すごい余裕そう。もしかして、わたしじゃあ足止めにもならない!?
イレーナさんはわたしを心配しつつも、ガーラン将軍に肩を貸してお城に向かっていく。
退屈そうに編み込んだ金髪をもてあそんでいた彼女は、もう片方の手を振った。
──ひゅん
と、風切り音が聞こえて、わたしはとっさに剣を振る。
──ガチィッ
甲高い音が夜に響く。
完全に無意識というか、狙って剣を振ったんじゃないけど、刃に何かが当たったみたい。
それがさっきの金属だってのはわかったし、狙った先がわたしなんかじゃなくてイレーナさんだって。
わかった。
わかってしまった。
「チッ……また防ぎやがったか」
「あの、何でこんなことをするんですか?」
鼻で笑われた。
「仕事だから。ま、それもあるんだけどね」
そして剣が抜かれた。
「私は魔弾のケイカ。殺し屋だ」
「殺し屋……ガーラン将軍たちを、殺すんですか?」
「はあ? 殺すんならとっくの昔にやっているさ。たまには息抜きにと変わった依頼を受けたのが運の尽きってやつで、こんなことになっている」
つまり、殺さない?
わたしはすこしだけホッとした。
「お前、名前は?」
「えっあの、わたしは」
「普通のローレンティア人なんかじゃないだろ、お前」
言い終わる前に割り込まれた。
わたしはごくりと息を飲む。いや、ローレンティア人なんですけど。
というか。これ、会話をして時間を稼げれば、お城の人たちが来てくれるんじゃないだろうか。
それにお姉ちゃんだってお城にいるはずだから、来てくれたら、こんな人はあっという間に倒してくれるはず!
これだ。
これしかない。
「わたし……普通のローレンティア人です。その、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ふうん。いいよ、聞いてみな」
ケイカさんは獣みたいに野性味のある顔で笑った。
今にも襲ってきそうな狼って感じ。
なら、わたしはうさぎか何かって感じ。
わたしは手が震えていた。だから、その先にある剣もぷるぷると震えている。
あの人が怖いってのもあるけど、さっき、イレーナさんに向かって飛んだつぶてを落とすときに、また魔力を使っちゃったんだ。それが怖い。
手を動かすときに意識して動かしていないように、魔力を出そうと思っていなくても勝手に出ちゃうみたいだ。
「あの、えっと」
時間稼ぎ。時間稼ぎができそうな話題いぃぃ。
わたしは悩んだ。
「どうして殺し屋になんてなったんですか?」
なんでそんなこと聞いちゃったんだ、わたしぃ……。
わたしは頭を抱えた。




