ディーの考え
「ディー。こっちに来て、どう思った?」
おじさんは隣に座っているディーに聞いた。
でもディーは困ったような表情だ。
「わかりません」
「わからない?」
ディーはうなずく。
「アシュトンを助けるなら、ガーランを殺せばいいと思いました。……でもリーネは、そうは思っていない」
おじさんはディーの言葉を聞いて、すこしだけ嬉しそうな顔をした。
そしてわたしを見る。
「リーネはどうするのがいいと思う?」
「えっ」
なんだろう。
わたしはおじさんたちの手助けがしたいだけであって、どうしたいっていうのはないんだけど。
でも、だからといってガーラン将軍が襲われたり、イレーナさんが腕を切られるのも間違っていると思う。
言葉は伝えなきゃわからない。
だからガーラン将軍だって、アシュトン伯爵に来て欲しいって屋敷に呼んだんだ。
窓ガラスから見える外の色は、もう夕焼けの色だった。
もしもアシュトン伯爵がここに来るのなら、それは夜になってからだろう。
「話し合いで終わるなら、それが一番だと思います」
おじさんはこくりとうなずいた。
「それはそうだろう。しかし、話し合いで止まるような連中だけが集まったわけではない」
わたしはあの、ぞくりとするような金髪の女性を思い出した。
裏の世界で生きてきた──なんていうのは大げさなんだけど、狂想曲としてやって来た仕事で、ああいう人にも会ったことがある。
そういう人たちに限って、無茶をするんだ。
それは自分に対してもだけど、それよりも周りの人に対して……ということが多い。
あの人は、雰囲気だけなら、わたしとリゼを誘拐した陽炎さんに近いとも思う。
でも陽炎さんは、危害はそこまで加えようとはしていなかった。
「そう、ですね。あの金髪の女の人……本当にイレーナさんを斬ろうとしてて」
わたしが攻撃を止めなければ、どうなっていたんだろう。
イレーナさんにも魔力はあるけれど、あの剣を受ければさすがに……。
「そういえばあの攻撃だけど、どうやって止めたんだい?」
ふと思い出したように、おじさんが聞いた。
あの攻撃──というのは、イレーナさんを襲った剣のことだろう。
「ううーん。どう、というか、貰った剣が硬かったから……偶然?」
「剣を見せてもらえるかな」
「はい、もちろん」
渡した剣を鞘から抜いて、おじさんは刃を眺めた。まるで鑑定番組でお宝の剣の目利きをしているみたいだ。
おじさんは目を閉ざした。
まるであの瞬間のことを思い出しているみたいだった。
そっと開かれた瞳はわたしを見ている。
「こいつは確かに名剣だよ。しかし魔力があれだけ込められた剣撃を受ければ、ただでは済まないだろう」
夕焼けに照らされた剣は、今も刀身がうっすらと青白く輝いている。
折れてもいないし、傷すらない。
「リーネ、今の君には魔力がない。いや、残っていないと言ったほうがいいか。普通ならば、いくらかは回復しているはずなのに、だ。おそらく回復してきていた魔力を、とっさに使って防御したのだろうね」
「……わたしが?」
身体に魔力をまとわせるのはできるけど、剣に込めるなんて出来ないんだけど……。
いや、ディーはモノに込められるって言ってた。
いつもわたしは砂鉄に魔力を込めていたんだし、剣にも込められるんだろうか。
「ぼくは……これほどの悲しみを、今まで2回しか感じたことがない。つまりこれが3回目だ」
おじさんは本当に悲しそうに、両手に顔を伏せた。
「君には気骨があるし、才能もある。生まれた国が違っていれば……おそらく、世界でも有数の魔剣士になれただろうに」
「えっマジですか?」
「……ああ」
わたしが世界有数の魔剣士に。
想像もできない。
「だが、もうその才能が開花することはないだろう。今のキミは、また魔力が欠乏している状態なんだ。さすがに短期間に何度もこんな状態になるのは……。リーネ、おそらくもう一度魔力が尽きれば、君は魔力を永遠に失うだろう」
「魔力を……」
「生まれて国が、ローレンティアよりも魔力を重視する国であれば」
おじさんは本当に悲しそうだった。
魔力、無くなっちゃうのか……。
でもわたしは他の国には生まれたくなかった。魔力よりも大事なことってあると思うし。
「んー、でも、わたしはわたしの家族の元に生まれてよかったです」
おじさんは悲しそうな目を閉じて、次に開いたときには優しげな顔になっていた。
「そういえば、ここにやって来た理由を伝え忘れていたね。……アシュトン伯爵がここに来るらしい。必死に止められていたが来ると言い切ったんだ」
わたしは窓の外を見た。
もう夕焼けの赤から、夜のちょっと前の青黒い空が見える。外からみれば、きっと星だっていくつか見えているに違いない。
「今は、アシュトン伯爵はひとりで行こうとしているのを止められている最中だ。そんな中で、血の気の多い連中が勝手に攻めてこようとしている。ぼくはそれを伝えようと思って来たんだ」
ちょうどそんなとき、屋敷の庭で騒いでいる声が聞こえた。
剣撃の音が響いてる。
わたしは窓に駆け寄って外を見る。
まだ薄暗い程度だから見えているけど、10人以上の剣士が門から押し入って来ているのが見えた。
もっと早く教えてくれればいいのに!
「おじさん! 助けてくれますか?」
わたしはおじさんを見て、そう言った。
おじさんは腕を組んでいる。
「ぼくは、あまり関われない。ぼくの亡き師匠がアシュトン伯爵に恩があるから、今回の件でもこうやって出向いたくらいなんだ。仮にリーネを助けることでアシュトン伯爵が不利益をこうむるなら──ぼくは助けるわけにはいかない。むしろ、君たちをこの部屋から出さないほうがいいのだろう」
どうしよう。
おじさんが敵になれば、わたしなんていてもいなくても同じだ。
アシュトン伯爵を助けに来ている他の人たちだって、どれだけ強いんだろう。
わたしが悩んでいると、ディーが口を開いた。
「見逃してください」
ディーに、わたしとおじさんの視線が集まった。
そんなディーはソファーから立ち上がり、おじさんを見つめている。
「ほう、それはどういう意味だい?」
「このまま下に来ている者たちと戦えば、ガーランは死ぬ可能性があります」
「だから?」
「リーネが言いました」
ディーがわたしを見た。
「相手の人たちだって、悪人って訳じゃない。向こうは向こうで人を助けようとしているだけ。そもそも殺したりするのは悲しい、と」
そうしてディーは、またおじさんを見る。
「なので、見逃してください」
おじさんはくすりと……というか腹を抱えて笑った。
「あははっ。ディーがそんなことを言うとは! 見逃してくれ、か!」
笑っているおじさんは心底楽しそうだ。
それから窓枠に座った。いつの間にか、ディーが読んでいた本を開いてる。いつ拾ったんだろう。
「ぼくは本を読んでいる」
ディーがうなずいて部屋を出る。
わたしはおじさんを見た。出ていっていいの?
おじさんが本から視線を上げて、わたしを見た。
「どうした、行かないのかい?」
「あの、ひとつだけ聞きたいことが」
おじさんは本に視線を戻した。
「言ってみなさい」
「手っ取り早く、魔力が回復する方法ってありますか?」
おじさんは頭をわずかに振った。
「あるには……ある。しかしそれはとても危険なことだ。ぼくは君に、それを教えたくはない。だが、同時に──すでに教えてしまっている」
「えっ?」
どういうことだろう。
聞こうと一歩前に進むと、おじさんが片手を振った。
まるであっちへお行き、みたいな感じで。軽く振っただけなのに、まるで突風が吹いたみたいにわたしは廊下まで飛ばされていた。
部屋の奥、窓枠に座ったおじさんが、まるでとてつもなく遠くにいるように見える。
「あの金髪の女は中々の腕前をしている。出会ったら、逃げなさい」
おじさんが最後にそう言うと、扉がまるで自動ドアのように、ひとりでに閉まった。
「リーネ、行こう」
廊下の先、階段のところでディーが待っている。
わたしは困惑しているけど、ディーについていくことにした。
というか。
ディーはどうするつもりなんだろう。




