おばあさんの首飾り
一等客室のお客さん限定で利用できるVIPレストランルームは、一般用のレストランルームよりも少し狭いけれど、豪華な造り。
だからなのか、防音対策がされてるみたい。
狼って名乗る泥棒たちが消えてから、扉の前で叫んでる人がいるけど、外からの反応は無かった。
お姫さまの護衛の騎士さんたちは、ナイフで鎖や扉を斬ろうと叩いてるけど、さすがにあれだと無理そう。
お姉ちゃんがやってたみたいに、魔力を込められないのかな?
「ああ、どうしましょう」
隣の席に座っている、おばあさんが悲しげに言った。
「だ、大丈夫……だと思います。いつかは人が来てくれると……」
「……そうね」
おばあさんは胸元を撫でている。
首飾りがあった場所だ。
「あっ、その……大事な物、だったんですか?」
言って、わたしは視線を落とした。
大事だから……悲しそうなんだ。当たり前じゃん。バカなの、わたし。
おばあさんはふふっと笑った。
「別に高価なものでは無かったんだけどね。大切な、贈り物だったの」
おばあさんがわたしよりも若い頃に、おじいさんに出会ったらしい。
首飾りは、そのおじいさんからの贈り物、なんだって。
「あの頃は……そうねぇ、あまり裕福な暮らしではなかったわ。わたしは田舎の貴族の娘で、おじいさんは行商人の息子だった。行商人って、わかる?」
「あっ、はい。いろんな場所で物を売ったり買ったりする人ですよね」
「ええ、いろんなところに行くの。本当に、いろんなところに」
おばあさんは懐かしそうな目をした。
まるで、目の前に当時の光景が見えているみたい。
「おじいさん……当時はやんちゃな男の子だったんだけど、その子がわたしの住んでいた町にやってくるのは、1年でも秋の数日間だけでね」
「滅多に会えない」
「そう。でも毎年、秋の収穫祭の頃に来てたから、ふたりで一緒にお祭りを楽しんでたの。それで、わたしがあなたよりはすこしお姉さんの頃に……おじいさんったら渡したいものがあるってね」
「あっ、首飾りですね」
「ええ。──今晩、町を出る。次に会えるのは来年の、秋の収穫祭になると思う。この首飾りの宝石は偽物の宝石だ。今はこれしかプレゼントできないけれど、いつかきっと、本物の宝石がつけられた首飾りをプレゼントしてみせる。だから次に会ったときに……答えを聞かせて欲しい。好きです、結婚してください。ってね」
おお、ロマンチックだ。
答えが1年後っていうのは、わたしには長い気がするけどね。
「そっ、それで結婚を?」
「……それがねぇ、おじいさんったら次の年の収穫祭に来なかったのよ。答えが聞きたくない、怖いって」
おばあさんはくすくすと笑った。
「ええ……」
「他の行商人たちが隣町でおじいさんが商売してるって教えてくれてね、わたしは準備してた荷物を持って、隣町まで走ったわ」
「あ、アグレッシブ」
「隣町に到着するとね、小物を売っている露店があったの。でも店主の男の子が暗い表情だったから、お客さんが誰も来ないの」
おばあさんは首飾りがあった胸元を撫でた。
目にはうっすらと涙が見える。
「わたしは言ったわ。店主さん、商品だけ渡してお代を受け取らないのってね。すると男の子は顔を上げて、びっくりして大慌て」
わたしにも、その光景が見えているみたい。
男の子、ううん。おじいさんは本当にびっくりしたんだろうなぁ。
「おじいさんったら……お代を受け取ってもいいの、なんて聞いてね……いいから行ったのよ」
おばあさんの頬を涙が流れていった。
そうしておばあさんはおじいさんと結婚して、一緒に行商人をしたらしい。
商売に上手くいって、自分たちのお店を持って、子供が生まれた。今では孫もいるんだって。
「おじいさんがね、数ヶ月前に亡くなっちゃったのよ。息子や孫に囲まれて、眠るように亡くなってね」
「……」
「悲しそうな顔をしないで。あの人ったら、最後まで笑顔だったんだから」
「……あの首飾り、やっぱり大切です」
「ええ、でも仕方がないわ。それに……他にもいくつも贈られてきたから。毎年、秋の収穫祭の日にプレゼントしてくれたのよ」
でも、おばあさんは指輪や他の貴金属があった場所を撫でていない。
無意識に、偽物の宝石がつけられた首飾りがあった場所を触っている。
わたしは席を立った。
「おばあさん、なにか──ください」
「え? ああ、アメならあるけど」
受け取ったアメ玉を、わたしは口に放り込む。これで依頼料は受け取った!
ころころと転がしながら、壁にできた扉に向かう。
他の乗客の声が聞こえてきた。
「そんなに泣くなって……」
「あれデザインも色も気に入ってたの! でも、あんな宝石より、わたしは早くここから出たいの!」
「もうすぐ出られるさ。そうだ、もっと良い首飾りを買ってあげるよ」
「ほんと? じゃあ……もう少し我慢しよっかな」
おばあさんの首飾りはきっと、あのお姉さんがしていた首飾りよりも安物だよね。
でも、お姉さんは首飾りをあんまり気にしてないみたいだった。
おばあさんはとても大切にしていたのに。
やっぱりさ、想いの価値は違うんだね。
「遠隔操作は苦手だけど」
わたしは集中した。
15年もわたしの魔力を浴びてきた砂鉄は、そこらの砂鉄とは違う。
もう身体の一部みたいなものだ。
船体を貫くのは簡単だけど、そうしたら飛行船がどうなるのかわからない。
だから大剣のカタチから解除する。
黒い手がふわふわと動いて、剣の保管庫にある、飛行船の小窓を開けた。
「よし、成功」
青空に黒い雲が流れている。
「依頼料がアメひとつじゃ……ミザリアお姉さん、怒るかな? んーでも……やっぱり、許せない」
わたしは深呼吸して、海に向かって飛び降りた。
背後で悲鳴が聞こえる。
ああ、誰かに伝えてから行けばよかった……。




