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 朝起きて体を伸ばす。毛布を外に干して、洗濯機を回す。

洗っている間に朝食と昼食用の弁当を作る。

 この世界では洗濯物は手で洗わなくていいし、水も井戸から汲む必要もない。料理だって、火炎魔法を使わなくてもスイッチ1つで火が付いてくれる。向こうの世界でもそ僕は大それた魔法なんて殆ど使えないが。

 全員が人族だったり、魔法が使えなかったりと世界のルールなどは違うものの文明的にはこちらの世界の方が断然進んでいる。この上なく便利だ。


 朝食を食べて、制服を着る。学校に行くなんて前では考えられない事だ。

 金銭面は父が度々援助してくれるおかげで、どうにか通う事ができている。母とは喧嘩別れをしてしまったが、僕には比較的優しい。それ母も同じで、たまに家で会う時、温かく迎えてくれる。

 いつか、2人が仲良くしているところをまた見たいと願う。



「いってきます」

誰もいない部屋に今日も別れを告げ、地獄に向かう。


 満員の電車に押され揺られ、駅につく。

降りてからしばらく歩き、周囲のビル群を抜けると大きな建物が見えてきた。


 その建物は王都の剣術魔法学園と同じくらいの大きさはある、それくらいに広大で巨大な高校。


今から僕はここで最高に惨めな思いをしにいく。



「おはよー…今日マジ眠くてさぁ」

「4限移動授業?めんどー」

「午後練休みだし駅前のカフェ行こ!」

「やっば課題やってない笑」


 次々と耳に入ってくる喧騒の森を掻き分けて教室を目指し、自分の席につく。

そして突っ伏す。


 この学校に僕の親友はいない。

話し相手のような気軽に接することが出来るような友達も当然だけどいない。放課後に駅前のカフェに行くような仲も、やってない課題を見せてくれるような友人もいない。


 ひとりぼっちだ。


 前も言った通り僕はこの世界を見下していた。

 自分より苦難の壁に当たっていないくせに、できている奴を心の何処で妬んでいたのだろう。そんな自分で嫌になるくらい負の感情は中学に行ってから余計に肥大化していった。


 当然、自分から壁を作ってしまう様な人間に友人ができない事くらい分かっている。

 だけど、僕はどうしても仲を取り繕う事ができなかった。

 プライドからだろうか、余計な嫌悪感だろうか或いは両方かもしれない。

 原因が分かっているが、今のところ友人らしい友人はいない。というか、仮に出来たとしてもきっと僕はそいつと仲良くしないだろう。

 前提として"自分は優れている"という事実を"優れていた阿呆"に塗り替える必要がある。


「果達君、課題の数学ノート集めてもいい?」

 友人作りの案を考えているといつの間にか、クラスの女子が目の前にいた。数学と書かれたノートを抱えて立っている。

 言っておくと果立というのは僕の苗字だ。


果達 命生 かたち なお


 書類やら何やらを書くときに、時間が比較的かからないのは良い事だ。…まぁ名前に思い入れなんて、親でもない限り何とも思わない人間が大多数だろうけど。

「…あぁごめん、後で自分で出しに行くよ」

 会話を取り繕う為だけの曖昧な話。長い間まともな会話をしていないと人はこんな風になってしまうらしい。

「あ分かった。じゃよろしくね」

 その女子はそれだけ言い、すぐにまた別の人の机に行った。

 そうして僕は再び時間が早く経ってくれるのを待つ為に何百回と見た机の木目に目線を戻した。


 カララと扉が開く音と同時に黒い服にネクタイをした中年男、ではなく教師が入ってきた。担任の久野だ。

 少し長めの縮れた髪、眠そうな目元、全体的に気だるげな印象だ。

 そして教卓の前に立った瞬間に丁度朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響く。

「はーい、んじゃあ始めるぞー」

 久野の声で散らばっていた生徒たちが各々自分の席に着き始める。

「えぇと…今日は確か俺の授業で課題の回収があったな。皆んなやったか?」

「今日の朝終わらせたんだよオレ!やばくね?」

 前の方の席の短髪の髪の男子生徒が後ろの生徒に向かって自慢気に言った。それを見ていた久野は呆れ顔だ。

「おーい…課題は家でやるもんだぞー」

「じゃセンセーもうちょっと課題減らしてよー」

「あのな、あれはオマエらが夏休みとかに苦労しなくていいようにわざと出してるんだよ。あ、減らす事は無理でも増やす事はいくらでもできるぞ?」

 おちゃらけた様に久野は言い、クラスは笑い声が巻き起こる。生徒間でも人気である理由がよく分かる。バツイチおじさんだの、ヒサのんだの、なんか酷い言われようだがなんやかんや温かみがあり、接しやすい印象があるのは否めない。

「はい、静ーかーにー皆の衆。次の広報なー」

 パンパンと手を叩きながら教室に有り余った活気を宥めていく。

活気は徐々に静寂へと切り替わる。

「今日授業後は恒例の委員会報告会があるらしいから各々行く様に。あと3限の羽村先生の授業は場所が変わるらしいから…」

 長々と続くホームルームの中、新刊入荷日だったことを思い出した。確か今日は図書室に新刊やらアンケート本が追加される日だ。

新作の小説を先々週辺りに応募しておいたから、今日ぐらいで届いているだろう。

こういう小さな幸せは、案外その日を乗り越えるのに重要だ。

「他、個人宛てや細かな広報は後ろの掲示板見てなー。以上おしまいっと…あ、あと今日課題出さなかった奴、教務室の俺のデスクに出しとけよー。」

事務報告が続いてるのもあり、教室が徐々に騒がしくなる。

「それと前の課題も出してないやつ」


ドンと、担任用日誌を教卓に落とす音が鳴る。

それまで僅かにあった話し声も完全に無くなり、少しピリッとした空気が流れる。

「早く出せ」

 間を開けて久野はひと言発した。それは突き放すような言い草だった。

 こちらに視線を向けて話していたような気がし、思わず僕は目線を机に逸らす。

 冷たい、嫌悪する様な目は直視していなくても他人を萎縮させるのに十分だった。

 暫くして笑い声や囁き声が聞こえ始めた。

 先ほどの様な明るさに満ちた笑い声ではなく、明らかに他人を小馬鹿にする様な笑い声だった。自分からすれば、久野の言葉よりこっちの方が傷つく。

 ふと、土木で汗を垂らして必死に働いている時に嘲笑されるような感覚に似ていると思った。まぁ今回は課題を出していない自分が100悪いが。

罪悪感から来る自己嫌悪の要素を含めた説教というのは不快極まりないものだ。


「あー…ちょっと後味悪くなっちゃってごめんな。」

 久野はやんわりとした口調に戻す。

「んじゃあ今日も1日頑張りましょうって……感じで締めでいい?」

「先生結婚出来ましたー?」

誰かが冗談半分に言ったであろう言葉に久野は

「おいお前成績1にするぞ?」と、ニヤけながら言った。

 再び教室は笑い声に包まれる。先程の嘲笑を覆い被すように皆笑っていた。

 僕だけが久野の刺さるような視線とあの笑い声が頭から消えず反響され、愛想笑いも出来なかった。


 こうして今朝のホームルームは苦い感情を噛み締めながら終わる。




 昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に複数人が急ぎ気味で教室を飛び出していった。

 ある者は席でスマホを取り出してゲームを始め、ある者は弁当を出し、そしてある者は僅かに陽が差し込む第三校舎棟の最上階を目指した。

 教室は基本的に、仲のいい奴らが領地の如く席を繋げあって自分の場所を確保している。今頃僕の席も使われているだろう。

 図書室も無駄に人が多いので、静寂さを味わいながら寛ぎたい身としては昼休みは行くべきではない。

 食堂は並ぶし、そもそも座れるかどうかすら分からない。

 と、なると残すは外や他のクラスの教室だが、これらは大体友達と行くような場所だ。誰も呼んでもいないのに、全く知らない奴が他の教室に行くのは相当な覚悟がいるだろう。

 向かっている場所は確かに教室だが、空き部屋だ。

 学校が始まってひと月が経つくらいの時期に、廊下に節々が錆びれた金色の鍵が落ちているのを見つけた。その鍵には第三校舎棟用-4Fと書かれていた。

 第三校舎棟自体使われる機会が比較的少なく、実験器具や、教務用などのイメージが生徒間では定着していた。その最上階の4階は最早物置部屋と化した教室が殆どであり、生徒はおろか、教師すらも出入りがされていないのが見て分かる。

 こうして、偶然ではあったが僕は自分だけの安寧の場所を確保する事が出来たわけだ。


 4階に着き、342と示された教室に鍵を開けて踏み込む。

 2番目の部屋に行くのは久しぶりなのもあって中々に埃が酷かった。歩く度に、カーテンの隙間から差し込む陽光が灰塵の如く宙に舞う埃を照らしていく。

 窓を開けたいところだが、万が一誰かが見ていると中々に面倒な事が起こるのが簡単に想像できたので、埃っぽい空気に耐える事にした。今は一人でのんびりとする事ができる空間があるだけマシだ。

 部屋の片隅にある寄せられた椅子の1つに座る。同じように長く放置されたであろう机に弁当箱を置き、開く。

今日の献立は卵焼きと肉巻き野菜だ。

 パッと見彩りが少し偏っているが、大概の美味しいものは身体に悪そうな色をしていて、現に本当に身体に悪い。これは前世でも現世でも共通している事だ。それに学校生活における数少ない楽しみの1つだ。僕は美味しいかどうかに重きをおく派なのでこれくらいは目を瞑ろう。


 卵焼きを口に運ぶ。トロリとした味わいの中に含まれた少量の胡椒が牛乳のクリーミーさを上手く纏め上げている。

 自身作ではあったが、我ながら上手く出来ていた。もう少しいい食材で作ってみたいし、本当は食堂でも食べてみたい。が、アルバイトの採用通知が一向に届かないので今は自分に使える金がそこまでないのがもどかしいところだ。


 昼食を食べ終わり、時計を見るとまだ昼休みは30分ほど残っているようなので暫く仮眠を取る事にした。

 部屋にある大量の椅子を並べて、寝床にする。カーテンから僅かに差し込む陽がいい塩梅に幻想的な雰囲気を作り出している。

 力を抜いて目を閉じ、瞑想のように頭の中を空っぽにする。

いい風に言ったが、実際ただの現実逃避だ。

でもそうやって都合のいい現実だけ取捨選択して生きていかなければ、人は簡単に潰れてしまう。

 全てを受け入れた人間の末路を知っているからこそ、教訓として人生に活かせるものだ。

いつか良くなる事を信じて、僕は大して深くもない眠りに落ちる。




 午後はこれと言って何かあるわけじゃない。

強いて言うなら、"退屈極まりない授業にひたすら耐える"という事ぐらいだろうか。

 そもそも僕は頭があまりよろしくないので、楽しいつまらないを線引きできる立場にすら存在していないのかもしれないが、今の所「過去の文学を学んだ事が、人生の糧になってくれるとは到底思えない。」というのが感想だ。まぁ…そんなわけで恐らく、理解できたところで根本の考え方が違うので、永遠に楽しくなる事はないだろう。


 あともう1つ

 眠い。

 ただただ眠い。

 午後のこの時間帯は本当に気怠さと相まって、意識が朦朧としてくる。増してや僕の席は窓辺なので、いい感じに陽光が注ぎ、眠気を重ねてくる。


 徐々に話している教師の声が遠のいていき、視界が暗転する。というかもうその感覚すらも湾曲し、眠りへと置き換わりつつあった。







「はい、じゃあ今日も1日お疲れ様でした。日直は学級記録日誌出しとけよー」

 授業後、久野が適当な言葉で締めると同時に複数人の男子生徒が奇声をあげながら教室を出て行った。恐らく部活動をしてる奴等だろう。

 皆が帰宅ムードや部活動の準備をする中、僕は机に突っ伏して全員がいなくなるのをただ待つ。暫くして。教室が閑散とし、いなくなったのを確かめるとノートを取り出す。やっていない課題が3つほどあるのでやらなければいけない。

 頭が悪いので、本来人よりも早く取り掛からなければ終わらない。なのに、僕はもう最初からやらない。

 恥を感じることと分かっているのにやらない。

 つくづく自分に嫌気がさしてくる。



 陽が徐々に赤く染まり始める。窓から指す夕陽は教室を橙色のヴェールで徐々に包み込んでいく。

 陽が欠け始めた頃、漸く1つの課題が終わった。もうじき、最終下校のチャイムが鳴るのでこれ以上は断念して明日に回す事にした。

 教務室に行き、久野のデスクに謝罪のメモを挟んだ課題をそそくさと置いて急いで去る。

 外に出ると、藍色の空の上に点々とした星が見えた。西の空はまだ橙の色味を残していたが、もう夕暮れは過ぎたと言っても差し支えない。

 言うまでもないが、帰り道を共にする友人などいないので一人で駅に向かう。

 ギリギリで列車に乗り込み、ドアから見える車窓の風景を目に、到着を待つ。

 乗っている途中、声がしたので無意識にその方を見ると、女子生徒が老人に席を譲っていた。よく見るとその生徒の制服は自分と同じ学校のものだ。

 よくあそこまで優しく出来る労力が残っているな、と思った。

僕なら多分譲らない。

 自分の事すらてんてこまいなのに、他人にそんな事をしている余裕なんてあるわけがない。



 駅に着き改札を出て、この辺りありふれたごく普通のマンションに向かう。

 帰路に着く頃にはもう完全に空は暗くなっており、街灯が闇夜に埋もれた道をぽつぽつと照らしている。


 家に着くなり、飛び込んで来たのは雑に置かれた鞄とそこからはみ出た書類だった。

 リビングでは母が蕩けたようにスーツ姿で突っ伏している。机に何本かビール缶が置いてあるから晩酌の途中で寝てしまったんだろう。

 残念ながら自分の分の晩御飯兼おつまみはなかったので作ることにした。一昨日特売で買った肉と野菜を炒める。パッケージの賞味期限は見なかった事にした。

 塩胡椒を振り、盛り付けたら次にお湯を沸かす。これだけしか無いのは流石に味気ないのでインスタントだが汁物を作ることにした。


 出来上がった夕食は質素極まりないし、味も特段世間的に見れば美味しいわけじゃないかもしれない。

 それでも、地獄から一時的に解放された後に食べると何でも美味しく感じられた。


 皿洗いを済ませ、湯を入れている間に洗濯物を畳む。家事に関しては日中は誰もいないし、朝は母が早くにいなくなるから僕がやらないといけない。

 家事が一通り終わり、風呂で今日1日で纏わりついた疲労を洗い流しながら、日課である追想をする。

特に意味があるわけでも無いし、なんなら課題のことを思い出して憂鬱になった。

これに関しては本当に無意味だが、もはや日課というか癖になりつつある。

 もし本当に素晴らしい1日が過ごせたなら、そんな日を何度でも追想してみたいものだ。

風呂を出て洗濯機を回している間に残った課題を進める。

意味の分からない数字の羅列と睨み合い疲労感と眠気に耐えること1時間半、漸く課題が終わった。

 回し終わった洗濯物を干し、明日の準備をして、倒れるように寝床に入る。

 眠りながら僕は願う。


 僕は基本的に身の丈にあった事しか願わない。

 叶う筈もない願いをした所で、ただの羨望にしかならないのはもうずっとの昔に知っていた。それでも今が少しでも良くなる事を毎日願う。

 もしこれが身の丈に合わないのであれば、せめて誰かと会話をしたいという具体性のある方に変えようか…

それすらも無理なら……いやいいか。


今はまだそれをするつもりはない。

まだ、大丈夫だ。


まだきっと。


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