009話 王女様と冒険に行こう!
「今回はずいぶんと物を仕入れたんだな」
「村の復興で物入りなんですよ、通っても?」
「フェリシア様の領地復興を邪魔なんてしたら、俺が何言われるか分からんよ」
軽く手を振って通行を促す門兵さん。
王都に入る時と違って、出る時はいつも比較的楽に通してくれるが、何度も通っている事もあって俺がフェリシア様の領民である事は知られている。
簡単な検査すらなく、ありがたく城門を抜けさせてもらう。
そのまま、俺は王都の外に向かって荷馬車を走らせる。
「――もう良いぞ」
城門が小さく見えるほど離れてから、後ろの荷台に声をかける。
山積みになった荷物がモゾモゾと動き、その下から金色の髪をした小柄な姿が我慢の限界とばかりに跳ね上がった。
「ぷぁー! こんなに息苦しい思いをしたのは初めてよ⁉」
「でも成功したろ? 後ろを見てみなよ」
荷台から後ろを振り返るレティシア。
どこからか持ち出した訓練用の防具で、手足と胸と――今は身につけていないが頭部を保護する物も――を覆い、簡易の旅装束としている。
荷台から身を乗り出すその表情には、感動よりも呆然といった表現が似合う。
「こんなに簡単なんだ……本当に、王都を出ちゃった」
そう、俺は王都からお姫様を誘拐したのだ。
大犯罪者! 暴言吐いただけで斬り殺された奴もいるのに!
「言った通りだろ? やってみれば意外と簡単な事もあるんだよ」
「いくらなんでも限度があるでしょ⁉」
「大丈夫だ、王女様も共謀者だから。言われるままにホイホイ乗ってきたし」
「だ、だって……外に出てみたかったんだもん……」
王都近辺の街道沿いだ、すれ違う旅人も多いので用意していたフード付きの外套を放ってやる。
「ふぎゃ⁉ ちょっと王女の扱いって物を知らないの⁉」
「今は冒険者だろ? もう少しで街道を外れるぞ、そこからはもっと揺れるからな」
手伝ってくれないと外套の着方が分からない、と言うほど箱入り娘でも無い様子ではあるレティシア。
でも荷台でバタバタと暴れながら袖を通す間、膝を立てているせいで短いスカートからずっと下着を晒している。
やっぱり王女様と言うには、慎みとか淑やかさってもんが足りていない。
ミュリエルの方がまだ……いや、その本性が変わった訳でもないし同程度か?
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「さて、着いたぞ! ここが今回調査の依頼があった洞窟だ」
「見かけられたのってゴブリンよね? そ、そのくらいなら!」
「うん、まだ剣は抜かないでおこうか。俺が前に出るし」
「そ、そう? まあ私がいるからには背後は問題ないわね!」
前にゴブリンがいたとして、後ろの剣の方が怖い状況は避けたいよね。
王都から馬車で1時間ほど、森の入り口に馬車を停めて森の中をさらに30分。
冒険者ギルドでもらった地図通りの位置だ。
……まあ本来10分だった所を、レティシアに地図を持たせて意見を聞きながら歩いたら3倍かかったのは予定の範囲内としておこう。
地図とにらめっこしながら、唸り声を上げてる姿は可愛かったしな。
松明に火を付けるだけで声をあげる王女様に笑いを噛み殺しながら、足元に注意しつつ洞窟に踏み込む。
後ろをおっかなびっくりついてくる気配を感じながら、ジリジリと歩を進める。
「ここってゴブリンが掘ったの?」
「元々自然の洞窟があったのは知ってた人がいるらしい。でも今は明らかに何らかの手が入ってるな」
「じゃ、じゃあやっぱり、いるんだ……」
緊張からか、喉のなる音が後ろから聞こえてくる。
松明の揺れる灯りの中、曲がり角から頭を出して先を確認し、その先へ――。
「あ、そこ気をつけろよ? 窪んでるから」
「ホントだ、よく気がついたわね松明じゃこんなのほとんど見えないでしょ?」
「まあな、凄いだろ?」
万全の注意を払ってるからな。
「元の洞窟はそんなに長くなかったらしい。ゴブリンがそんなに追加で掘れるとも思えないから、そろそろ終点だぞ」
「だ、大丈夫よね? やっぱり一度戻っ――キャッ⁉」
窪みには注意が出来たが、湿った土で滑るのまでは予想外だった。
緊張した状態からの驚きで、短い悲鳴をあげるレティシア。
その歳相応な甲高い声は洞窟内に思った以上に響き渡る、そして――。
「ギィギィギィギィギィ‼」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
「ギャアァァァァァァァ⁉」
甲高い声の反響が止むかどうかという瞬間、洞窟の奥から大量の鳴き声と空気を打つ音の塊と共に、黒い何かが飛び出してきた⁉
驚きに今度はあまり可愛くない悲鳴をあげるレティシアを押し倒し、体の下に隠すようにして抱きしめながら地に伏せる。
今のは……コウモリの群れか! 聞いてなかったぞそんなの⁉
万全だったのに!
「び、びっくりした……コウモリだ、レティシア」
「一生分叫んだわ……ねぇ、もういいから、ほら」
「ん? あぁ悪い、重かったか?」
普段の振る舞いに似合わず遠慮がちに、下から俺の胸を指でトントンと突ついてくる。
その手を取って起き上がると、勢いで再び抱きついてきそうになったレティシアが、慌てた様子で声を上げながら距離を取る。
「ま、まあとっさに? パートナーをかばったのは褒めるべきよね、冒険者として! ……あっちの奥で行き止まり?」
「みたいだな、ここにはコウモリ以外はいなかったらしい」
ホントはコウモリもいなかったはずだったんだけど。
松明を拾い、奥の部屋を見回すように掲げる。
レティシアが広間の中央まで進み、今日の冒険の終点を静かに見つめる。
あっけない終わりだが、憧れの1%くらいは満たせただろうか。
黙っていれば、フェリシア様と確かに姉妹なのだと思わせる横顔に浮かぶ表情からは、その内面は推し量りにくい。
と、何かに気がついたレティシアが広間の隅にしゃがみ込んだ。
拾い上げたそれを、俺に向かって手を伸ばして見せてくる。
「……魔石だな」
「そうね、冒険者でも拾わないくらい少ない魔力の」
新人冒険者どころか、ゴブリンですらわざわざ持って歩かないだろう極小の物だが、確かに魔力を秘めたそれは視界を滲ませるような薄い緑の光を放っている。
レティシアは腰に帯びていたポーチを開けてハンカチを取り出すとそれを包み、再び中にしまい込んだ。
その手付きは遥かに高額な宝石を思わせるほど丁寧で、閉じたポーチに手を置いて一呼吸おくと、いつも通りの笑顔で俺に呼びかける。
「依頼達成よね? じゃあ帰るわよ王都へ!」
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