006話 フェリシア様とバラ園で
「あの~入ってもよろしいでしょうか……?」
数ヶ月前にレティシアと駆け抜けた王宮、その中庭に不審な男がいる。
そう、俺です。
今日は季節に一度の領主様への定期報告、その他に二つほどの用事で王都に来ている。
俺達の領主であるフェリシア王女は今年で13歳になられるはずだ。
うちの村でもまだ子供扱いされる年齢だが、領主ではあるので執務室という物を持っている。
村の定期報告に来ました! と毎回王女様の私室に行かなくて良いのはありがたい。
ミュリエルの私室に男が定期的に上がりこんでるとか、俺が聞いたら引きずり出してあらん限りの個人情報を洗い出すからな。
というか、緊急事態だったとはいえ王女様の私室にアポ無しで飛び込んで、今も首がつながってるだけでも奇跡だろう。
「はい、ようこそいらっしゃいました、ユーマさん」
中庭の一画、王宮の規模からすると小さなバラ園の中から顔を見せ、白いドレスのスカートをつまみながら笑顔で挨拶をしてくるのは、俺達の領主様。
相変わらず平民が相手なのに気さくな方だ。
レティシアも気さくと言えばそうだが、あの子はただ子供っぽいだけな気がする。
おかげで心中では呼び捨てなくらいだし。
「執務室に行こうとしたら、こちらだとお聞きしたので……」
「急に場所を変更してしまって申し訳ありませんでした。この様な場で立たせたままで報告をして頂くなど、ご不快でしょうけれど……」
「いえいえとんでもない! 村では当たり前ですし!」
「フェリシア様、応対はまず私が行わねば護衛の立場がありません……」
「まあ、ごめんなさい、サビーナ。でもユーマさんなら大丈夫ですよ」
フェリシア様の背後からため息と共に現れたのは、以前村にも来ていたサビーナ様。
しかめっ面を作り直し、こちらに視線を移したサビーナ様とも挨拶を交わす。
1人で会う時はもっとくだけた感じだったが、さすがに仕事中って事なんだろう。
「――という所が今回の報告内容です。それで、納税に関してなのですが……」
「野盗に襲われた村から税を取るほど、わたくしは悪い領主だと思われているのですね……」
「ユーマ君?」
「あぁいえ! 待って頂けるという話は聞いているのですが、領主であるフェリシア様にとって村が赤字経営になっているのではないかと」
これはここへ向かう途中、貴族とすれ違った時に言われた事だ。
「平民が王宮を歩けるほどこの国の権威は落ちたのか?」だの、俺がフェリシア様の領民だとお付きに教えられてからの「あんな場所を? 赤字にしかならんだろう」だのと好き放題に言ってくれた。
……まあ村を一歩出れば、そう言われても仕方のない荒野が広がってるんだが。
それを伝えると、フェリシア様が沈痛な面持ちで言葉を返してこられた。
「その方はおそらくブロス伯爵でしょうか、わたくしがお招きしたばかりにその様な目にあわせてしまうなんて……」
「いえですから、そういう大層な話ではなくてですね! 実際平民ですし、なので先程の悪い領主だとかって思っているなんて事は」
「え……? あぁ、それは冗談です」
沈痛な表情はどこへやら、小さく舌を出すはしたない王女様。
銀髪で色素の薄い肌の上に白いドレスという姿をしていると、そのまま消えてしまいそうな儚さを感じるんだが……。
冗談とか言うんだな、本気で焦ってたぞこっちは。
「村の維持には確かにフェリシア様の私財も投じられているが、微々たる物だ。領民が気にする事ではないだろう」
「あら、わたくしのお財布ですよ? サビーナ」
「これは失礼を、先程も貴族の方にバラを求められたばかりですし、その額に比べればと思いまして」
このバラ園のバラか。
ここは初めてフェリシア様の姿を見かけたバラ園とは別の場所だ。
あそこはもっと大きかった、話からするとここはフェリシア様個人の物なんだろう。
「そういえば聞いた事がありますね……王女様の育てたバラを携えて求愛すれば、望みが叶うという噂でしたけど」
なんで知ってるかというと、当然師匠に持って行こうと花を探したり、そういった話を積極的に集めてたからだ。
「そういう話はたしかにある、高額を出してでもと仰る貴族や豪商がいるのもな」
「わたくしが1人でお世話をしていますので、中々皆様にお譲りできないのです。そのためか、さらに大金を積んででもなどと……」
頬に手を当てるフェリシア様だが、贅沢な悩みに聞こえるな。
そこまで行くと噂の真偽も関係なく、求愛する為にバラを手に入れる事そのものに価値が出ているだろう。
そうなると奪い合い、価値はさらに上がるんじゃないか?
うちの顧問様なら自分で噂を流したりもしそうだ。
「サビーナ、額など構いませんが、わたくしあの方とは面識がありませんでした。失礼の無いように後で人となりを教えていただけませんか」
「承知しました、後ほど調べておきましょう」
まあ王女様だし、お金には困ってないんだろうけどね。
「微々たる額でしょうけれど、来年はどうにか税を収められる様、努力しますよ」
「ありがとうございます。先程の報告ですと、もう町と呼んでも差し支えない数の住民がいらっしゃるのでしょう? 人が増えれば問題も増える物と聞いています」
「気をつけると良い、もっとも勇者と噂の君ならば問題など物ともしないだろうが」
「違うと確認したのはサビーナ様でしょう⁉」
俺の噂について最初にそうなると指摘したのはサビーナ様だから、知っていたのは不思議でもないが、最初に否定したのもサビーナ様だろうに!
その辺りもご存知なんだろう、フェリシア様もやりとりを笑って聞いている。
「では勇者様にご意見を賜りたいのですけれど、これをバラ園の入り口に掲げようかと考えていまして。どう思われますか?」
「これ……ですか」
フェリシア様がサビーナ様から受け取って、両手で俺に見せたのは一枚のプレートだ。
表面には……文字が書いてある。
これは、やたらと複雑だけどヘンとツクリ……?
構造的には漢字に見えるな。
さすがにここに至って、父さんの出自について思い当たる節が無いなんて言わない。
父さんから教養として習ったものの、世間で使われている様子の無い3種の文字について、読めるとは言わない方が良いだろう。
「素人意見ですけど、もっと分かりやすくした方が良いのではないでしょうか? これを読める人なんているかどうか……」
「良い思いつきだと思ったのですけれど、そうですか、読めませんか……」
フェリシア様の考えを否定した形になるんだが、気を悪くした様子はなさそうなのでこだわりとかは無いんだろう。
でもサビーナ様は違うか? 言葉か感情か、何かを必死で噛み殺している様に見える。
しかし報告自体は終わってるんだが、楽しそうに話すフェリシア様にそろそろお暇を……なんて俺からは言いづらいんだよなあ。
「そういえばユーマさんには、ご家族がいるとお聞きしまた。いつかお会いする機会が欲しいですわね」
そんなお断りしにくい提案まで出てくるし、失言する前に早く退出したいんですけど!
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