051話 騎兵突撃
「ち、ちくしょうぉぉぉっギャッ⁉」
騎兵の突撃を、そこらからかき集められた烏合の衆が止められる訳もない。
傭兵団が所有していた軍馬は質が良い。
大きく重いその体が走れば、接触した人間は無事では済まない。
ましてや後続や逃げ惑う味方に踏みつけられれば、命が無いだろう。
押し寄せる50騎の軍馬の進行方向から逃れる、それだけが敵に出来る全てだ。
だが中には間に合わないと悟って、粗末な槍を向けてくる者もいた。
その槍を長剣で払い、即座に切り返して撫でる様に滑らせると後方で悲鳴と血飛沫を上げる気配を感じる。
「中々だな大将、ウチの新兵よりはよっぽど使える。転職する気はないか?」
「村に誰もいなくなってたら考えとくよ」
怒りと興奮で紛らわしてるが、村の周囲で人を集めればそういう事もあるか。
今切り払った男……村に来た時よりも痩せて見えたな。
でも実質新兵よりマシ程度の俺が余計な事を考えてる余裕はない。
人の群れの中を馬で走るだけで勝利できる状況とはいえ、中には今の男の様に武器を向けてくる事もあるからだ。
俺の横には柄の長い斧を持った傭兵団の団長がついてフォローしてくれているが、望んで参戦した以上自分の身の責任は自分で負う。
命をかけているのは皆同じだ、それを誰かに押し付ける気はない。
「端が見えた、突っ切るぞ!」
「「「おぉっ‼」」」
団長の声に周囲から雄叫びが上がる。
長く感じたが、実際には200人に満たない集団を突っ切っただけだ。
それほどの時間はかかってないだろう。
「どうします? もう一撃行きますか」
「いや既に敵は逃げ散り始めてる、村への合流を……」
会話を遮るように、台地の上からけたたましい金属音が響いてくる。
戦闘の音じゃない、これは……鍛冶屋で作りかけだった銅の円盤か?
連絡用の鐘を作りたい所だったが、大きな鐘を作るには非常に高い技術力や設備を要求される。
なので村では、ただの金属板でも音が響くなら良いのでは? というやりとりがあった結果の代物だ。
金属の円盤が叩かれ、震える音が続けて3回。
間を置いてさらに3回ずつ、この台地の下まで響いてくる。
その音に押された様に、台地に付けられたジグザグの坂道から敵兵の集団が
雪崩をうって降りてきた。
口々に同様の言葉を叫びながら。
「頭だ! 頭を探せ!」
「頭を突き出せば追撃が終わるぞ‼」
「突き出したヤツには金貨だ!」
届いた言葉は敵兵の中に、さらに収拾のつかない混乱を招いた。
こういう事をするのは……テオドールか?
居所の分からない敵の頭目を探す人手が増えたのと、敵の意識が村や俺達援軍から逸れたかもしれない。
これで見つかるなら――。
「待って! あれ! あそこに逃げてくの偉いヤツらじゃない⁉」
ミアの声と指差す先に一斉に視線が向く。
そこには確かに10頭ほどの騎兵の群れが、戦場を離脱して行く姿がある。
馬上にある連中は、他の雑兵より装備も明らかに良い。
「団長! ここから追いつけるか⁉」
「ご命令とあらば、やってみせましょうや」
団長が片手を上げつつ、逃げる騎兵に向けて馬を走らせ始める。
でも向こうよりスタートが遅い、おまけにこっちの馬は既に疲れて追いつけるかどうかは……。
「それじゃ射ちますぜ?」
「当てるなよ!」
後方から聞こえた声に団長が返す。
振り返ると弓を構えた数人が、前方を逃げる集団に向かって矢を放っていた。
放たれた矢は敵集団をわずかに逸れ、射撃に驚いた様子の集団に進路を変更させる。
何度も繰り返す内に、こちらとの距離は詰まっていき――。
「引っ捕らえろ!」
「降伏しろ! 聞きたい事がある!」
「わ、分かった! 殺すなっ⁉」
刃の届く距離まで来た事で諦めたのか、敵集団が馬を止める。
難民を集めた様な集団にあって、この連中は金属製の鎧を身につけている。
おまけに馬に乗れる集団だ、少なくとも下っ端ではありえない。
「随分金のかかった装備だな、お前達の中に頭目がいるか?」
「い、いない! この装備は今朝になって頭がくれたんだ! もし危なくなったら俺達で逃げて、この手紙を届けろって――」
「馬もか? 手紙を見せろ」
「馬は元々俺達のだ、放牧で暮らしてたら頭が雇われないかって――!」
奪い取った手紙の無駄に立派な封蝋を開け、広げ――なんだこりゃ。
「そいつらは本当にただの雇いだから気が向いたら生かしてやれ」?
この連中の中に頭目がいて、万が一の為にこういう内容の手紙を用意していた――無いな、それで助かる率は皆無だ。
そこらにまだ残ってる野盗どもを適当に捕まえて、顔を確認させれば良いんだから。
ならそれほど意味の無い替え玉をここで使う理由は、自分が逃げる為の囮や時間稼ぎ。
……いや、まだ諦めてないとしたら!
「団長、念の為に逃げるヤツらがいたら確保してくれ」
「大将は?」
「俺は台地の上に向かう。ミア、坂の下まで行ったら空からジロー達に合流してくれ!」
「はいは~い!」
敵の狙いはおそらく初めからミュリエルだ。
集めた烏合の衆はただの目くらまし、連中が負けようと壊滅しようと頭目達には関係ないだろう。
むしろ戦闘がほぼ終わって気の抜けた瞬間がマズい!
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