047話 フェリシア面会
「ど、どうして俺の名前を……?」
席に座ってお茶を出されながら、黙っていられなかった質問をぶつける。
いやぶつけるとか言っちゃダメか、相手は王女様なんだし。
フェリシア様は不思議な事を問われた、といった様子で小首をかしげているんだが俺に名乗った覚えは無いのでそんな仕草をされても困る。
「3年ほど前にお会いしましたわ。事前にサビーナ――わたくしの警護を務めている騎士に話を伺っていましたから、その時にはお名前も存じておりました」
あのバラ園で会釈した時……?
距離もあったし会話した訳でもないのに、それを今まで覚えてるの⁉
でもそうか、あの魔道具屋で話した女騎士さんに名乗ってたな。
俺から伝えて欲しいと頼んだ形だろうに、俺が驚いてちゃ失礼かひょっとして。
納得して動揺を抑えながら紅茶に口をつけるとちゃんと温かい。
あのポット魔道具かな、さすが王宮。
「あの時は急な話を持ち込んで、申し訳ありませんでした」
「いいえ、あの不毛の地を復興する強い意思がある方がいらっしゃるという話には、わたくし興味を引かれましたもの。その後も順調で何よりですわ」
まあ正直あの陳情は、あっちこっちに手を出してでも……って思ってたから、領主である王家を無視するつもりはありませんよってアリバイ作りの方が主目的だったんだけど。
しかし、いつ話を切り出したものか……。
このフェリシア様から王様へ連絡を入れてもらって、村へと急行してもらうのが一番確実で現実的だと思う。
でもイチ村人が国王を使いっぱしりみたいに、今の目的を放っておいてあっちへ行かせてくれとか王族に頼むのは……不興を買うってやつになりそうでなあ。
俺が怒られる、何らかの処罰を受けるだけならまだしも、結局村も助からないなんて事になれば最悪のシナリオだ。
「でもその後も情報を追って頂けていたんですね、レティシア……様もそうですが、王家直轄領とはいえそこまで気にかけてくださり、ありがとうございます」
「レティシアが? そう、それで……これはまた嫌われてしまいますわね」
ここまで来ればレティシアが王女だって言うのを、疑う余地は無いだろう。
しかし嫌われる? 確かにそんな雰囲気ではあったけど。
フェリシア様はため息をつきながらカップを置き、視線をうつ向かせながら憂いの表情を見せる。
「王家直轄領は国王が管理する領地です、レティシアとしてはそこに関わる事に意義を見出したのでしょうけれど……今、あの村はわたくしの私領なのです」
「え? フェリシア様が? というと……俺達の領主様?」
「ええ、3年前に興味を引かれてお父様におねだりをしたのです。わたくしもいずれ領地を与えられる事になりますから、その練習にと。わたくしの個人的な領地の為に働いたとなると、レティシアの機嫌を損ねてしまいますわ」
おねだりですか……村をひとつ。
まあ当時の村は完全に見捨てられてて、存在しないも同然だったから扱いが軽いのは分かるけど。
なにせ納税の義務すら無かったからな、あったら死んでたが。
でも目の前の方が領主となると、話が違ってくる。
どのみち知らされるであろう情報だし、何より領主には俺達領民を守る義務があるはずだ。
「フェリシア様、実は今その村が野盗の襲撃にあっているのです。どうか領主として村をお助けください!」
「村が? わたくしへの用件はその事でしたか……」
フェリシア様はカップの中の紅茶を見つめながら、深く何かを考えていたようだが、やがて悲しげに首を振った。
「わたくしではお力になれそうもありません……強固な防壁を築き、自警団を組織したとのこと。領民の方々の奮闘を願っております」
「は……? フェリシア様は、俺達の領主様、なんですよね……? 野盗は300に達する数がいるんです、村だけではとても保ちません!」
耳を疑った、レティシアが王女だと名乗った時でもここまで唖然とはしてなかっただろう。
でも目の前の王女様は悲痛な様子を見せるだけで、何をしてくれる訳でもないらしい。
いや12歳の女の子に何を言ってるんだというのはある。
でもこの子は王女で、領主なんだろう……?
「レティシア様はフェリシア様の為であれば、王都にいる騎士や兵士が働くとおっしゃっていました! それが本当なら……!」
「確かにわたくしが声をあげれば、助けに向かってくださる方々はおられるでしょう。ですがわたくしは軍を動かす権限を与えられてはいないのです、それではわたくしの声に従った方々が罰せられる事になってしまいます。それ以外でわたくしに許されている権限は領地、つまり今戦っているであろう領民の方々への命令権です」
助けに来た連中が後で罰せられる? 知るか! とはさすがに言えない。
でも軍権が問題なのか、だったら……。
「フェリシア様にはサビーナ様のような警護の方々がいらっしゃるんですよね?」
「えぇ、それが何か?」
「では、フェリシア様の領地へお越し願えませんか? 偶然野盗に襲われた王女様を助ける為に騎士や兵士が駆けつける事は美談になりこそすれ、問題にはならないのでは?」
詭弁だし、時間的な問題はあるがこれなら……。
フェリシア様に危険はあるが、王家の旗を掲げた一団に攻撃を加えればどうなるかは野盗でも分かるだろう。
村の防壁の中にいるよりよほど安全なはずだ。
何より彼女には領主としての義務が――と、勝手な事を考えている間にフェリシア様が顔を上げていた。
さっきまでとは違う、どこか強い興味を感じさせる紅い瞳が、俺を探るようにじっと見つめている。
「あなたはご自分の都合で王女を道具の様に扱うのですね?」
「いけませんか? 村には助けが必要なんです。そのためであれば領主様に少しリスクを負って頂くくらいの事……」
俺を観察するのは自分に危害を加えうる人間か見定める為だろうか、それとももっと別の何かか。
笑顔や悲しげな表情は歳相応な物だったように思うが、今は下手をすれば俺よりも落ち着いた雰囲気を感じる。
だがそれを見せていたのは長い時間ではなく、再び自らの無力を嘆く少女の顔が現れた。
「そうですね、領主としての義務を思えばその程度の危険は許容するべきなのでしょう。ですがわたくしの護衛は少数、逃げずに留まるのは不自然ですし、最寄りの町で助けを求めるのであれば、今王都で兵を集めるのも変わりありません」
「……どうあっても、助けて頂けないという事でしょうか」
レティシアと囮になってくれたミアには悪いが、無駄足だったか。
いや、せめて国王に手紙のひとつも書いてもらうくらいは――。
「わたくしには力が無いのです。ご存知ですか? 数年前に外側、魔法王国と称されるトルツ王国で魔女と呼ばれた宮廷魔術師がおられたのを」
「トルツで? いえ、その頃はバキラの山の中で暮らしてましたので。しかし村と何の関係が……」
トルツは魔法や神殿勢力が盛んな、バキラ王国と南の国境を接する国だ。
魔法使いのギルド、「学院」がある……俺の知識はその程度。
「弱冠12歳で招聘を受け、その天才で将来を嘱望された女性は3年で姿を消したそうです。人々の為に力を振るおうと努力したものの、自らを巡る宮廷の権力争いと謀略に心を痛めたのだとか」
「はあ……魔法の才能はあったけれど、宮廷で生きるには向いてなかったんですね性格が」
「そう……性格、それを理由に彼女は自らの才能を棒に振りました」
フェリシア様の口ぶりだと、どうもその魔女に対してあまり良い感情を持ってなさそうだ。
でも、なぜ今そんな話を……?
とはいえ、ただでさえご機嫌を損ねる提案をしてるんだ。
王様への手紙を書いてもらう為には少しくらい話に付き合う必要もあるだろう。
「もしわたくしの側にその魔女がいてくれるのなら、今回の様な事があっても村を助ける事ができたでしょう。いえ、その魔女ほどでなくとも村には魔法使いの女性がいましたね? もしご無事であればわたくしの元へお招きできればと思うのです」
「無いものをねだっても仕方がないのでは? それに師匠は招聘には応じないと思いますよ、村で少数の子供に教育を施すのが楽しそうですから」
頷くフェリシア様の様子だと俺の返答は分かっていたんだろう。
続けて問うてくるその瞳には、再び俺の奥を探る光がある。
「あなたならばどうなさいました? ご自分に多大な才能があり、それを発揮できる場所にいたならば、辛い環境だからとそれを捨てて逃げますか?」
「さあ……そんな才能持ってた事が無いんで。でも、フェリシア様は逃げる事を否定的に捉えておられますが、良いのではないですか? 逃げても」
ウチの家系……はどうだか知らないが、実家は逃げる事に肯定的だった。
俺が独立すれば人生で逃げる場面が多い事だろうと、それはもうアレやコレやと様々な手段を……。
でも目の前の王女様は俺とは別の意見らしい。
「自分の優れた才能を最も発揮できる場所を捨てて、望まぬ道を行く事を肯定するのですか?」
「そもそも才能を発揮できる場所が、望んだ場所じゃなかったのでは?」
俺の答えが意外だったのか、フェリシア様が瞬きをする。
「才能があった道が、望んだ道とは限らないでしょう? 逃げるというのは身を守る為の能動的な行動です。その魔女も自らの望んだ道へ向かって逃げたんじゃないですかね」
「歴史に名を残すほどの才能を捨ててでも、ですか?」
「望まない才能なんて呪いのような物では? 良いじゃないですか、やりたい事をやったって。フェリシア様は才能がないからという理由で、望みを諦めるのですか?」
もう口調も雑になってきちゃったが、フェリシア様にそれを気にした様子はないので良いだろう。
それどころか俺に問われた途端、楽しそうに笑い始めた。
「えぇその通りですわね。誰しもが望んだ道を行き、その道で精一杯生きるべきだとわたくしも思いますわ」
今の問答に何の意味があったのかは分からない。
でも満足そうなフェリシア様は席を立ち、部屋にあった机の引き出しから紙とペン、それに蝋を取り出した。
「お父様への手紙を書きましょう、村への救援に向かって頂けるように」
「フェリシア様……! ありがとうございます!」
紙にペンを走らせる音、それは一枚の紙に書き終えた後も続く。
机に座ってこちらへ背を向けたまま、フェリシア様が思い出したといった様子で言葉をかけてくる。
「北の山脈の切れ目にある城塞の将軍が交代したのをご存知ですか? これまでと違い、新しい将軍は自ら戦う事なく謀略で国境を守っているのだとか。おかげで軍事費が抑えられてとても助かったと宰相が漏らしていました」
「は、はあ……」
フェリシア様は話題が飛ぶ方だな……。
「軍事費が抑えられるというのは、必要な戦力を減らすことが出来たという事。ですが必要になるかもしれないと、留め置かれている傭兵団があるそうです、この王都近郊に」
「傭兵団、それもまとまった数が近くにいるのですか⁉」
いやでも、留め置かれている……か。
それは契約で縛られてるとか、そういう事か?
「傭兵の方々は拘束期間に対する報酬とは別に、戦った時の報酬があるそうですわ。きっと収入が減って困っていると思うのです、こっそりと別の契約を結んでしまうくらいに」
フェリシア様が書いた二通の手紙のインクを乾かし、封蝋を施す。
そして一通を俺に向かって差し出してきた。
そのまま薄紅の唇に人差し指を当て、片目をつぶってみせる。
「こっそりと――ですわ」
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明日も夜8時過ぎの更新になる予定です




