045話 思い出と宝物
ミュリエル視点です
この3年間で、お父様に強く叱られた事が1回だけある。
あれは友達に誘われて森へ入った時の事。
初めて森での手伝いの許可をもらって、念の為にってタロもついてきてくれた。
けれど初めての光景に夢中になって、茂みに薬草があったら分け入ったり、坂道を走っては転んで友達に笑われたんだ。
でも――あまりの楽しさに家に帰るまで気が付かなかった。
ミアが作ってくれた立派な服が、ひどい状態になっているのを。
「ミアがミュリエルのために、一生懸命作っていたのを見ていただろう⁉」
大きな声で叱られ、負けないくらい大きな声で泣いたのをよく覚えてる。
「いや~これはミアも悪かったわ。誰が着るのかもうちょっとよく考えるべきだったね、ミュリエルは元気だもん」
そう言って慰めてくれたミアに、泣きながら何度も謝って反省した。
その間森で一緒にいたタロがあくびをしながら、横で話を聞いていたのは少しだけズルいと思ったりもしたけれど。
「次からは動きやすくて出来るだけ丈夫な方が良いね、でもちゃんと可愛く!」
そう言って魔法で生地と針を動かして、新しい服をミアは作ってくれた。
破れて汚れた服も、もう着れないけれど綺麗にしてもらって取って置いてもらっている。
ミアの作ってくれた服はみんな、私の宝物。
**********
「防壁を越えさせるな!」
「正門の右側にも注意を! 足場を作ったのは一ヶ所だけではないはずです!」
「ソフィアはこっちへ来れないのか⁉」
「倉庫や家畜小屋が多い裏門は、人を多く配置出来る広さがありません。ソフィア殿はあちらに必要です。こちらは残った全員で対処するのですよ!」
子供や身動きの取りにくいお年寄り、それに病人が集められた集会所から抜け出したのは、魔法を習っている私なら少しだけでも手伝える事があるかもしれないと思ったから。
お父様たちが村を出て少ししたらギーさんがフィリップを連れて帰って来たけれど、一緒に探しに行ったパトリスはいなかった。
きっと森で隠れてるんだ、早く悪い人達を追い返して迎えに行かないといけないと。
でも建物の陰から村の入口前にある広場を盗み見たら、とてもじゃないけど私が何か出来そうだとは思えなかった。
お父様たちが頑張って作った、4mもある石の壁。
そのところどころを悪い人達が乗り越えて来ている。
越えてくる方法は少し前に櫓に登った人が叫んでいたのが聞こえた。
その人は弓を持った、自警団の人だったはず。
見学に行った訓練で見た事があるからあってると思う。
普段はギーさんと同じ狩人をしてるんじゃないかな。
「あいつら袋に土を詰めて壁の前に積み上げてるぞ⁉」
「そこから越えてきます! 投石の準備を!」
櫓にいた人の言葉は、そのやりとりで最後だった。
火の付いた矢が櫓を燃やして……崩れてしまったから。
顔を知っている人が、燃える木材の中から引きずり出されて他の人に運ばれていく。
最後に見えたのは、ダラリと力なく垂れ下がった腕だけ。
子供の中で一番年長なパトリスより少し年上のお兄さんや、お爺さんやおばさん達までが必死の表情で壁を越えてくる人達めがけて石を投げてる。
その間も時々正門が聞いた事の無いくらいすごい音を立てて、思わず目と耳を塞いでしまう。
お父様が「これは他の町の人にも自慢できる出来だぞ」と笑っていた正門の前に、沢山の石や木材が置かれている。
それがきしみを上げて崩れて、隙間から見える門は割れて、周りを支えている石壁には亀裂が走っていく。
自警団の人達が正門の向こうに弓で火のついた矢を射っているけれど、門の向こうじゃ見えなくて意味があるのかも分からない。
怖い。
遺跡の中から連れ出してもらって、今日まで幸せだったのに。
それからずっと一緒だった家族が、今は誰もそばにいてくれない……。
出発前にお父様が言っていた言葉を思い出す。
悪い人達が村の中にまで入って来そうだと思ったら、ソフィア師匠やアトラスの近くにいるように、それが難しければガエルさんやゴーチェさん達のところへ。
涙をこらえて駆け出した。
今はその全員が裏門にそろっているって聞いたから。
「ギー早く降りろ! 崩れるぞ!」
「……敵の射手はあと一人だ!」
「門の向こうに煙が……あいつら果樹園に火を⁉ ソフィア!」
「正門より数が少ない上に、こうも散開されると……!」
裏門にいたのはソフィア師匠とアトラス、それに一番古くからいる4人の自警団の人達。
正門と同じ様に、門を越えようとする悪い人達に石を投げ、越えてきた人とはアトラスが戦ってる。
ソフィア師匠は空を歩いて、門の向こうにいる人達に魔法を使っているみたい。
でも正門より村の人が少ないせいか、壁を越えようとする悪い人が多い。
今も2人が壁を越えて、アトラスが1人を止め、ガエルさん達が石から斧に持ち替えて――。
ソフィア師匠が壁を越えた悪い人に、杖で打った火の玉を命中させる。
悪い人が炎に包まれて絶叫をあげて、転げ回る壮絶な姿から目をそらすのと同時くらい、村の方へ向き直っていた師匠の叫んだ声は悲鳴みたいに聞こえた。
「ミュリエル⁉ 今のを……っ」
顔を上げるとソフィア師匠が倒れそうなくらい、真っ青な表情で私を見ていた。
膝から空中に崩れ落ち、口元に手をやって吐き気を耐えるようにしながら、ゆっくりと地面に降りてくる。
「やったぞ! うわっ⁉」
「ギー⁉」
叫び声に急いで目を向けると、櫓の上でギーさんが体についた火を振り払おうとしてる⁉
柱に突き立った矢から飛んだ油を浴びたのかも……!
櫓の柱にも火が付いて、正門と同じ様になるかもしれない。
ソフィア師匠に助けてもらわないと!
地面に膝をついた師匠に駆け寄った時、目の前でそれは起きた。
裏門の近くには倉庫や家畜小屋や……外から来る人達に、できるだけ見られたく無い建物なんかもある。
例えばゴーレムを作る秘密を持った工房、それに他の人と違う青い色の髪をした子供が住む家なんかも。
火に巻かれたギーさんを乗せた櫓を支える柱が炎に包まれ、固定していた縄が燃えて落ちていく。
4本あった柱のうち、1本が崩れ落ちた櫓は力尽きたようにその方向に倒れて――そこにあった建物の屋根を打ち壊す。
窓から建物の中が明るくなるのが見える、燃えた櫓が中で火を移したんだとすぐに分かった。
それから全体に火が広がるのにそんなに時間はかからない。
「やめて……」そうどこからか聞こえたと思った声は、別人みたいな自分の物。
思い出と、幸せと、宝物が詰まった家が、私の前で炎をあげていた。
ブクマ、評価、感想、誤字訂正等いつもありがとうございます!
次回はユーマに戻ります
明日月曜日は夜8時過ぎの更新になる予定です




