043話 待ち伏せ
馬で村の裏側にある斜面を駆け下り、ジローと並んで街道に向かう。
その間ずっと無言なのはプレッシャーもあるが、耐え難いくらい気分が悪かったせいだ。
軽口を叩くような状況では無いにしても、だ。
「……何を落ち込んでいるんだ? 村のことか? それともアトラスに出した命令か?」
「聞こえてたのか……」
アトラスは結構小声でも拾えるから、周りには聞こえない程度で命令したつもりだったのに。
あんな内容を聞かれたかと思うと、どこかに頭でも叩きつけたくなる。
「いや聞こえてはいなかったが、危険になったらミュリエルを連れて逃げろとでも言ったんじゃないのか?」
「少し違うな、ミュリエルのためなら他の人間は見捨てろと命じた」
共に苦労して開拓した仲間や自警団の友人や、慣れない多人数の食事作りで失敗した時に夕食を分けてくれたおばさんたち。
その人たち全てを見捨てても良いと判断した自分に吐き気がする。
そこには師匠だって含まれているのにだ。
今までの自分の行動や言動が、どれだけ口先だけの物だったかを思い知った。
「……まあ、肯定はできないが理解はするさ」
「ありがとう、今は役割に全力を尽くすよ」
ジローの言葉もだが、口を挟もうか迷ってキョロキョロと視線だけ動かしているタロの姿に少しだけ気が楽になった。
ミアは革鞄の中で風を避けているので、聞こえて無かったかもしれないな。
王都への道程は歩きで4日、馬で少し急いで2日程度になる。
いつも途中の町で馬を借りて乗り換えて、それだ。
今回も替え馬は使うが、急がせたとしてもそれほど時間短縮にはならないだろう。
そんな事をした経験もないので下手をすれば、途中で馬が潰れて余計に時間がかかる可能性もあるかもしれない。
適度に急ぐ、冷静に、適切にだ。
「少し速いな、それに待ち伏せがあるならこの先だろう?」
「は、速かったか? 待ち伏せはそうだな、ペースを落とそう」
自分に言い聞かせたところで、出来るかどうかは別の話。
村から王都方面へは水の無い地域が15kmほど広がっているが、その辺りには待ち伏せは無いと思っていいだろう。
なにせ植物の類が一切無いので、見晴らしが良すぎる。
その先、街道沿いに林があるんで隠れるならそこだろう。
こちらも道に迷うのが怖いから、分かっていても街道を通るしかないしな。
普段なら多少迷ったとしても問題ないが、今は少しの遅れでどうなるか分からないんだ。
「あの辺が怪しいな」
「そうだな……私のプランとしては、だ」
馬の脚を少しずつ緩め、並んで止まる。
林は数か所、その先でジローの実家カステル領へ続く街道と分かれるんで、そのどこかに潜んでいるだろうと思う。
待ち伏せがあったら、の話だが――。
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「本当にこの道を通るんですかい?」
「あの村は王家の直轄領なんだとよ、村から王都へはこの道を使うって話だ」
頭からの指示で待機しているが、正直暇な仕事だ。
援軍要請の使者を待ち伏せて殺す、分かりやすいし簡単だが――。
いつ来るか分からない連中を待つ、という部分がツラい。
予定通りなら頭の本隊は村を囲んでいる時間だが、予定通りなら、だ。
従軍経験のある難民を選んで付けられた10人の部下も、既に1日ここに待機しているせいで完全にだらけきっている。
槍を持った者が5人、クロスボウを持った者が5人。
おそらく馬で2~4頭、人数も同数くらいだろうという使者を、それだけの人数で始末するだけだ。
難しいのはそれまでの退屈を紛らわせる方――。
「あれ……そうじゃないですかい?」
「来たか、どれだ? 2km……くらいはあるか馬が2頭だな」
「でも止まってますよ隊長」
気が付かれたか?
いやカモフラージュは施してある、この距離ならそうそう見破られないだろう。
おそらく待ち伏せを警戒しての作戦会議中……か?
「よし、お前ら出番だ。クロスボウに弦を張れ、動き出したら巻き上げろ」
「どの程度で撃つんです?」
「槍で正面を塞いで動きを止めてからだ、走ってる馬に当てる腕があるか?」
「まあたまには当たるんじゃねぇですかね」
やるなら確実にだ。
突然前に出た槍兵に馬が驚いて、落馬する可能性だってある。
機会を待つ――が。
「動きませんね……」
「待ち伏せがあると確信して、真剣に対策会議って感じじゃねぇの?」
「頭出すなよお前ら、ここでバレたら昨日からの退屈が水の泡だぞ」
「分かってますけどね、ずっと何もない街道に視線向けてるせいか視界もチラついて……」
たしかに、2km程度先にいる馬に乗った2人組を睨みつけるが、陽射しの関係か時折視界の一部に違和感が――。
「おい! 誰だ馬を動かしたヤツは⁉」
「こっちは揃って伏せてますよ⁉ そっちがなにかしたんじゃ!」
「後ろから別の旅人……来てないか――っ⁉」
馬の駆ける音に動揺し、街道を振り返るが使者の反対側から何かくる様子は無い。
確認し振り返った瞬間、伏せた林の横にある街道を2頭の馬が駆け抜けていた。
その背には騎手が2人と犬が一頭――!
「抜かれたぞ! クロスボウ!」
「弦の巻き上げがまだですよ!」
「クソッもう無理だ!」
さっきまで見ていた2km先に視線を向けると、駆け抜けた2人と同じ背格好の姿がまだそこにある。
もう一度走り去る2人を見れば、林を駆けるその正面に平地の街道の様な風景が広がっている。
「魔法か!」
気がついて吐き捨てるその視線の先で、2人の騎手は近寄り拳をぶつけ合うと街道を別れて走り去っていった。
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明日は朝8時過ぎの更新になる予定です
突然の順番変更がなければ敵視点の1話です




