042話 出発直前
「私の実家に救援を求めようと思う。他の街よりは多少話が早いはずだ」
「期待できる兵力はどの程度でしょう?」
「10……20……くらいか。父とその家臣が半分、残りは領民からの有志だ」
「ふむ……正規の訓練を積んだ10人は大きいですね」
「で、俺は王都か」
「この村は王家の直轄領、それが筋だからな。以前に援助を求めた時と違って村は自立出来ている、この場所に町を再興出来る可能性があれば見捨てる事は考えにくい。今度の陳情は聞いてくれるはずだ」
野盗軍の襲来に対し、村に出来る対応は当然の事ながら援軍の要請だ。
他の街もこの事態にはすぐに気がついて対応を起こすだろうが、少しでも早い方が良い。
それに村と敵の詳細な情報を届ける事も出来るしな。
そして野盗軍を蹴散らす程でなくとも、村を援軍が来るまで持たせるだけの戦力をまず確保したい。
人選については多数を送る事が出来ず、実家への要請という事でジロー。
そして王都へ行った事があるのと武器と魔法、乗馬の訓練を積んでいるという理由で俺、そしておまけのミアとタロで合計四人だ。
正直言って乗馬が出来る村人が少なすぎて、選択肢は無かったと言っていい。
騎士のジローは元より、逃げる時に乗馬技術は必須と叩き込まれた俺より上手い村人は1人もいない。
俺は他人より人生で逃げる機会が多くなるからと、無理矢理仕込まれたのがこんなところで役に立つとはな。
「ここまで準備をしているなら、援軍を求めに行くのも予想してくるよな?」
「えぇ、本隊よりも先に予想進路に伏せているでしょうが、ゴーレムにつけていると思われる待ち伏せよりは少数でしょう。要請があろうとなかろうと、いずれ国の兵は動くのですから」
俺達を討てば、援軍の派遣を1日や2日遅らせる効果はあるかもしれない。
なら、待ち伏せはあると思って良いだろうな。
向こうはおそらく1~2日で村を陥とし、そのまま逃走を考えてるだろうし。
安全な場所まで逃げる事を考えれば、1日遅らせるというのは相手にとっても大きいはずだ。
簡単に打ち合わせを行い、集会所から出ると慌ててこちらに走ってくるタロを捕まえて、事情を話しながら村長の家へ向かう。
捕まえたタロにミアもしがみついていたので、かなりの時間短縮だ。
「ボクはジローの馬に乗るッスか?」
「あぁ、それとこの手紙を頼む。私の父宛てだ、何かあっても君なら逃げ切れる可能性があるからね」
小柄なタロなら馬にもそれほどの負担にはならないだろうが、あまり想像したくない保険役だ。
ミアは俺の革鞄に入れるスペースを作る。
一応前衛と後衛という組み合わせではある、偶然だけどな……。
「ミュリエルに会えないまま出発しちゃうのは心配なんだけど、こっちに怪我人出るでしょ? ミア残った方がよくない?」
「そうしてくれると俺としても安心なんだけどな……ミュリエルも不安が減るし」
「使者は最低限2人組にしたい。それに途中の待ち伏せを考えるとミアくんは絶対に必要なんだ」
「でもミアたち皆いなくなるんだよ? ミュリエル絶対に泣いちゃうと思うな」
「分かってはいるんだが……村が全滅するかの瀬戸際なんだ、すまない」
そういう事だ、現状では援軍の要請に全てかかってると言ってもいい。
その使者が負傷して動けませんって事態だけは避けたいからな。
村長の家に作られた厩には、俺とジローの馬が預けてある。
俺が3年前に買った馬は荷車と共に村の共有資産にしたので、今いるのは主に王都へ報告に向かう用途で購入した物だ。
それを連れ出して馬具を付けている間も、村人が何人も慌てて走り回る。
石壁に近い場所に投石用の石を山積みし、斧や鉈、鋤や鍬や果ては木材を削って棍棒を作って武器を用意するのに忙しい。
武具はもっと用意すべきだった、自警団30人分だけでも村の予算を圧迫はしていたが、いざという時を甘く見ていた。
「発見してから既に1時間は経っている、数km先にいたとはいえ急いだ方がいい」
「出るのは裏門側からだな、二手に分かれたらしいけど斜面に本隊を置く事はないだろ?」
「あぁ裏門に回ったのは逃げ道を遮る目的だろう、勿論攻めはするだろうが」
高い台地の上にある村は左右に崖、正面は崖に作った道があり裏門には長い斜面がある。
守りは固いが、正門と裏門を抑えられたら出入りは不可能だ。
その前に――と裏門へ向かうと、タイミング良く門が開けられた。
「ミュリエル! 無事だったか!」
「よかったぁ~行く前に会えて~」
「お父様! ミアとタロ、それにジローも……どうしたの?」
自警団と村人が補強作業を中断して、開いた門から入って来たのは森へ行っていた一団だった。
よほど走ったのか、大人の女性も子供たちも息を切らせてへたり込んでいる。
それに続いて入って来たのは、師匠の操る荷車と……アトラス?
荷車には走りきれなかった様子の数人が乗っている、迎えが行ったとは聞いてたが師匠だったのか。
「師匠! 迎えに行ってくださったんですね、ありがとうございます!」
「念の為にアトラスを借りたわ、事後承諾でごめんなさい」
金髪をなびかせて荷車を降りた師匠に自警団が声をかけ、渡りに船とばかりに荷車を受け取って村の中央へ向かう。
門の補強用資材を運ぶつもりなんだろうな。
おそらく迎えは無くても間に合ったろうという事だが、師匠とアトラスが行ったと知れば村に残っていた家族も少しは落ち着いて動けていただろう。
なにせこのコンビなら俺達自警団30人が、束になっても敵わないんだから。
まあ俺はずっと集会所にいて知らなかったけど、姿が見えないなとは思ってたんだよな。
「その様子だとあなた達が援軍の要請に向かうのね?」
「えぇ、今会えて良かった……ミュリエルをお願いできますか?」
俺の言葉に表情を曇らせたのは師匠と、腰にしがみつくミュリエルだ。
「かなり危険だわ、私が行った方が良くないかしら……その方がミュリエルも……」
「さすがに師匠は村の方に必要ですよ、でも師匠も気をつけてくださいね?」
この村で最高の戦力である師匠、どう考えても危険な位置に立つことになるその傍にいれないのは歯噛みする思いだ。
そしてそれはミュリエルも、直前になって会えた事で逆に置いていく決心が鈍りそうになる……。
「お父さま……やっぱり私も一緒に行く!」
「ダメだ、さすがにミュリエルを乗せて襲撃を切り抜けられるとは思えない。師匠……」
何があるか分からない中で、ミュリエルを守りながら馬で走るのは危険すぎる。
落馬したら魔法なんて間に合わない、ミアの魔法も即死すれば効果は無いんだ。
涙目で見上げてくるミュリエルの頭を撫でながら、師匠に頭を下げる。
「大丈夫だよミュリエル、ユーマにはミアがついてるからね。すぐに帰ってくるよ」
「途中まではボクもいるッス。ミュリエルにはお留守番をお任せッスよ!」
鼻声でぐずるミュリエルを慰めるミアとタロ、さらに見上げられたジローが目を逸らせずに手を開いたり握ったりしている。
「ミアくん達を連れて行く提案をしたのは私だ。ユーマも含めて必ず3人が帰れるよう努力するよ、ミュリエル」
「ジローも……ちゃんと帰ってきてね?」
その様子を見ながら、師匠のかたわらに立つアトラスに視線をやる。
……こんな状況だが、アトラスは俺の私物だ。
ミュリエルの背中を押して師匠に預ける、その際に小声でアトラスへの指示を出した。
――誰にも聞かれないように注意しながら。
「ミュリエルの安全が最優先。他の村人はその次だ、頼んだぞ」
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