041話 大規模襲撃
「農地からの収穫が安定した今でも、森からの採集は重要な食料源だ」
そう教えるお父様の顔を思い出せば、地味なキノコや野草、薬草摘みも捗る。
周りで愚痴や馬鹿な話をしている男の子たちを横目に、目立つ髪を外の人に見られるかもしれない時に使っているフード――ミアのお手製――を時々かぶり直す。
その度にフードにそのまま触ろうとして、慌てて手を払って汚れを落とすのはミアが作ってくれる服が大事な宝物だから。
そして作業を頑張るのは、頑張った分だけお父様が助かるから。
私といる時にはあんまり言わないけど、お仕事が大変なのは知っている。
ソフィア師匠や自警団の見回りのおかげで安全だって言われてる場所、そこで村の大人の女の人や子供たちと一緒に少しでも――。
「なあ……あれ、なんだろ……?」
「え?」
いつも大きな声で喋る友達のピエロが、珍しく小さな声で話しかけてくる。
その理由は声にあった不安の色のせいかもしれない。
いつも何かを気にしてキョロキョロと首を動かして周りを見ている癖のせいか、魔法の集中が苦手らしいピエロの見ている方向を目で追いかける。
見えた物がなんだか分からなくて返事に困って黙ってたら、ノッポで荷物をたくさん持ってくれるポールが代わりに返事をしてくれた。
「また移民かな?」
「でもなんか変じゃないか? なんか……いつも見る、元気無い感じじゃないよな?」
「格好がなんとなく自警団の人たちみたい?」
森の向こう、遠目に見える行列はお父様やジローが訓練をしている自警団みたいに、革製の鎧を身に着けている気がする。
大人の女の人たちも気が付き始めた様子で、離れていた人たちも集まって森にざわめきが広まっていく。
それを止めたのは、森でよく見かけるけどあんまり話した事のない人だった。
必ずあいさつをするけど、元気がない人だなってみんなで言ってたその人が見た事の無い表情で、すごい勢いで走ってきて叫んでる。
「全員逃げろ‼ 早く、村へ走れ! 裏門側だ!」
飛び込んで来た自警団の人、狩人のギーさんの様子に一瞬あっけに取られていた大人の人たちが、子供の手を引いて一目散に村へと走り出し始める。
けれど、私は森の奥が気になって足を止めた。
「ミュリエル! お前も早く!」
「でもフィリップがいないよ! 1人で離れた所まで行っちゃったから!」
「俺が探して連れて行く! いいから行くんだ!」
「ギーさん俺も探す、さっきまで一緒にいたんだ! ポールとピエロはミュリエルを連れて行け!」
「待てパトリス!」
年上のパトリスが森の奥に走り出して、ギーさんがそれを追いかけるのを見届ける間もなく、ポールとピエロに手を引かれて走り出す。
何が起きたのか分からない。
お父様と出会う前、遺跡の中で長い時間を1人で過ごした頃の感情が、心を埋めていくのだけが分かる事だった。
友達と手を繋いでいてもまるで足りない、早く家に帰ってお父様に――。
**********
「襲撃⁉ 野盗か!」
「先触れが無かった、所属旗も無い。何の連絡もなしに所属を示さない武装集団がこちらに向かってくるなど、敵意があるとしか思えん」
「村の外に出ている者は⁉」
「ゴーレムの貸し出しで石材採掘は止まってるから、そんなに遠くには……」
「自警団を集めろ! それで相手の数は⁉」
「分からない……少なくとも村の男より多いのは確かだ」
台地の端の高さはおよそ200mほど、当然見晴らしは良い。
武装集団がこちらを目指しているのを発見したのは、まだかなりの距離がある段階だった。
森に採集に行っているミュリエルを迎えに行きたいが、話によると既に森に入っていた一団が村に向かって来ているらしい。
武装集団との距離からしてまず間違いなく間に合うだろうし、荷車を迎えに出したとも聞いた。
この状況で対策を放り出して迎えに行くのは、いくらなんでも許されない。
だが、しばらく前から極度の不安と孤独感が、心のどこからか滲み出して来るのを感じてしょうがない。
「見てきましたよ、300ほどはいますね」
「300⁉ 何かの間違いじゃないのか!」
遅れて集会所に入ってきたテオドールの言葉に、集まっていた村人達が絶句する。
数人が「嘘だろう⁉」と悲鳴をあげながら、集会所から飛び出ていく。
おそらく自分の目で確認に行ったんだろうが、これだけ落ち着いた様子のテオドールが数の把握を大幅に間違えるとは思えないし、嘘をつく理由もない。
でも気持ちは分からないでもない、嘘であって欲しいという願いからの行動だ。
武装した人間の集団、それが300人か……俺も確認に行きたいぞ。
ちょっと数に現実感がなさ過ぎる、村の老若男女全て含めた数に匹敵するじゃないか。
それだけいれば村どころか町だって滅ぼせるだろ。
「……それはもう、軍隊だろ」
「どっからそんなものが!」
「武装から見るに外側からの難民や傭兵くずれ、外と内、両側の野盗を糾合した……といった所ですかね」
「い、今からでもゴーレムを呼び戻せないのか⁉」
取り乱してるエンゾさんは初めて見るな。
俺も一緒に取り乱していられたら楽なんだが、先にやられるとどうもな。
ゴーレムの呼び戻しなあ……それは止めた方が良さそうだ。
「止めた方が良いでしょう、あの商人も向こうの手の者だと考えるのが自然です。で、あれば――ゴーレムを呼び戻しに向かう者を待ち伏せくらいはしていましょう」
「となると戦力は私達だけか」
比較的落ち着いてるのは顧問とジロー、次いでミュリエルが気になって仕方ない俺くらいか。
こっちに来る前にミアとタロに会えなかったのが痛いな、ミュリエルを頼めたのに……!
「武装は自警団分と若干の余分しかないからな、地下に埋めたゴーレムは?」
「掘り起こすのに時間がかかるぞ? 間に合いそうな所だけだと数もそれほどじゃないし、他に人手を割いた方がマシじゃないか」
「そ、そうだ! あの数なら近くの街から討伐軍が出るんじゃないか⁉」
誰かの叫びで集会所にどよめきが起きる。
たしかに出るだろうな、というか出なかったらそれはもう国が機能してない。
「数が300、武装もしているとなると立派な軍だ。少数を送っても返り討ちにあうだろう。必要な数を揃えるとなるといつになるか……」
「とはいえ、国が兵を出すのは間違い無いだろ? あの規模を放置するなんてありえないだろうし」
「それも一度どこかに集結させる必要があります、個別に送っては各個撃破の可能性がありますからね。そして私なら事前に周囲の街付近で、野盗騒ぎでも起こして街から兵を出させておきます、これでさらに数日の遅延ですね」
「何を他人事みたいに!」
怒鳴られたテオドールが肩をすくめる。
余計逆上させないか? その仕草は……。
でもまあ、その程度の嫌がらせはしてきてる可能性はあるか。
「落ち着いてくれよ、数には驚いたけど何をしてくるかは顧問が予想できる範囲って事だ。当然対策も立てられるだろ?」
「救援を求めます、今のところ他に手は無いですね」
「出せないってさっき言ってただろ!」
混ぜっ返すだけの村人は外に放り出した方が早そうだな……。
でもそんな権限は無いし、村の男の大部分が集まってる現状じゃ俺の方がつまみ出されかねない。
仕方ないのでそのままテオドールに視線で続きを促す。
「待っていても来ないなら呼びに行けば良いのです。もっとも反応は予想できますがね」
「例えば……王都に援軍を求めに行ったらどうなる?」
「ふむ――野盗が300だと? 30や50がそう見えただけだろう! 近隣の街が既に対応しているはずだ! ……といった所かと。説得に向かう者は大役ですよ」
王都か……俺だろうな。
一番近い都市のマダーニは単独で300も出せないだろうし。
山脈の外側への援軍と自都市の防衛、その上で300と戦える軍を出すのはな。
どっからか300の敵軍が出たっていうなら、まず自分の街を守る事を考えるはずだろうし。
「それにしてもこれだけの烏合の衆を統率し、事前準備に多数の人間を管理運用するとは野盗にしておくには惜しいですねぇ。大体糧食はどうしているやら……」
「そもそも何でウチの村に……」
「外側での獣人やモンスターとの戦争で、本来即応出来る騎士団は援軍として大部分が出払っている。その他兵団も同様、治安低下は懸念されていたが……」
「最近羽振りが良く見える村を襲おうと考える連中が出ても不思議じゃないか?」
「それにこの村にはゴーレムがあります。運んだ先で知識のない相手に売り払って逃げてしまえば、1ヶ月先に返還命令が待っている事など関係ないでしょうし」
テオドールが言葉と共に視線をよこす。
何となく言いたい事は分かる。
ゴーレムが狙いだと村人に嘘の予測を語ったのは、間違いなくミュリエルが恨まれない様にという配慮だ。
連中が狙っているのはゴーレムそのものというよりも、それを量産出来る何か。
それを抑えてしまえば、ゴーレムの10体や20体どころじゃない金になる。
末端の兵には村を荒らした金を適当に分配し、トップがその何かを持って逃げる……そんなところか。
ゴーレムに関して表向きは王都で売り払った魔石が複数あって、それを俺とミアの特殊技術で使用して作っている事になっている。
そして俺達が魔法工匠の関係者だという看板を出し、説得力を確保した。
……そのはずだったが、テオドールとの小細工が無駄になったか。
いや、ここまで大規模な事をする相手なら、疑問に思えば調べてくるかな。
それに魔法工匠ジョン・スミスを、敵に回しても構わない相手でもあるんだろう。
それにそれより小者な有象無象に煩わされる事は減っていたしなあ。
あの賊どもがどこまで勘付いているかは分からない。
間違いないのは、何かがミュリエルである事を、知られちゃいけないって事だ。
知られさえしなければ、最悪の場合ミュリエルを連れて逃げる事が出来る。
その時が近づいたら、ジローや師匠の近くにいた方が良さそうだな。
俺が保身を考えるのと同様、集会所に集まった村人達は狼狽え、嘆き、怒鳴り合う。
――と、騒ぐ村人達をバン! という扉を叩く音が鎮めた。
「何をしとる貴様ら! 騒いどる暇があったら門の補強でもしてこんか!」
ごもっともな言葉と共に村人を追い散らしたのは、村長だった。
かなりの年配なんだが、さすがというか頼りになる。
残ったのは自警団に所属する30人ほどと、農業顧問であるテオドールのみ。
その中心で視線を集める顧問は鷹揚に頷いて、皆を見回した。
「さあ準備です、我々も行動ですよ。これから戦争なのですから」
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明日は昼12時頃に更新予定です!
変動しまくって申し訳ない……




