045話 仮にも神竜殺しなんで!
「ふっ――!」
「……おっと」
鋭い呼気を発しながら、前後から襲ってきた透明な刃――だと思う――を横っ飛びに回避する。
突っ込んだ先は幻覚で作られた壁の中だ。
「馬鹿な……何故分かった⁉」
「幻覚使いとの化かし合いは慣れてるんだよ。ましてや戦場の敵地で、警戒してないとでも思ったか?」
幻覚の壁を本物と信じてれば、逃げ道は無かったかもしれない。
透明になった相手が4人、内2人は幻覚の中から攻撃してくる念の入れようだったしな。
本物の城壁に俺を追い詰める形で、前後と斜めからの急襲をかい潜って見せたが、幻覚の向こうには何かの建物がある。
囲まれてる状況は変わらないか。
「まぐれで一度逃れただけだろう、早く始末しろ!」
「どこかで聞いた声だな……? 自分の手でやらないんじゃ、いつまで経ってもフェリシアに嫌われたままだぞ」
「戯言を! 平民風情が僕の妻の名を気安く口にするな!」
俺を囲んでるのは4人。
そのさらに後ろから聞こえてくる声は、こっちの参謀達から手柄の数には含めないとまで言われた首の持ち主――と当たりをつけたら正解だった。
しかしさすがは公爵家、こんな刺客を手駒に持ってたか。
……いや、持ってたとして今のこいつに命令権があるか?
公爵家の者じゃない、王家の所属にこういう手口の連中もいないってのはフェリシアに確認済み。
じゃあ一体……。
「考えるのは後か、大ピンチだしな」
「ふん、虚勢で余裕を見せても状況は変わらない。僕のフェリシアに手を付けた事を後悔させてやる、死なない程度に追い詰めて拘束しろ!」
「こいつは本当にどこまで……ミア、馬鹿のいる右側に頼む」
「妖精の攻撃魔法――え?」
ウチの妖精さんの手持ちに攻撃手段はほぼ無いっての。
間の抜けた声を出す、参戦しない癖にしっかり透明になってる馬鹿の背中を襲撃者に向けて蹴り飛ばす。
結構訓練されてるらしい刺客達が、唐突に消えてシャルルの背後に現れた俺の行動を見て、さすがに驚きの声をあげて固まった。
敵は正面に4人、手前の2人の内1人はシャルルともつれ合って動けない。
驚きに動きを止めたその1人に長剣を振るい、透明を活かす為か鎧も身につけていない体を一撃で切り裂く。
続けて、起き上がろうとシャルルを突き飛ばしたらしい1人に、止めを刺す。
「正確過ぎる、見えて……」
「違う、砂だ! 地面の砂が動いて――⁉」
バレたか。
土砂を変化、移動させる魔法を使い続けて周囲を警戒、分かっても即座に対処は出来ないだろう!
少し距離のあった残りの2人に向け、急激に加速しながら長剣を振るう。
こいつらは生かして帰す訳にはいかない。
最大の利点である透明ってとこを潰された相手には勿体ない全力をもって、確実にとどめを刺す!
「倍速……先程のは瞬間移動か……! 移動系魔……法……」
「正解~! パッと見で分かっちゃうなんて物知りな悪者だね」
「その切り札を知った奴には生きててもらっちゃ困るんだよ」
長剣を突き立てた最後の1人が俺達の切り札を言い当てるが、さすがに遅い。
移動系魔法の使い手は転移者並の扱いを受ける、戦略的な存在だ。
気楽に俺達の町を飛び回ってる妖精さんがそれを使えるなんてのは、絶対にバレちゃいけない。
後は他にこいつらの仲間がいないか、だけど。
透明の魔法はそこそこの体力を消耗する。
周囲を探った結果だとこの場にいるのはシャルルを含めて5人、使い手は持続時間の関係で遠くにいる事は考えにくい。
この中の誰か、もしくは全員が透明の使い手で近くには他の刺客はいない。
刺客全員を倒したのを確認して……残った1人に向けて歩を進める。
「そんな……どんな大貴族でも暗殺してみせるって豪語してただろう!」
「悪いが仮にも勇者だの神竜殺しだの呼ばれてるんだ、そこらの大貴族よりは強いさ」
8割方は胸ポケットにいる妖精さんのおかげだけどな!
さて……切り札を知った奴は生かして帰す訳にはいかない。
刺客だろうが公爵家の嫡男だろうがな。
使い手が死んで魔法が効果を失って姿を表したのは、身分に相応しい立派な服を着た……馬鹿だ。
戦場に着てくる服装か?
「ま、待て! 僕を殺せばフェリシアが悲しむぞ⁉ 貴様が少しでも彼女の事を想うなら――っ!」
「こいつら兄弟は本当に……」
「育った環境も違うらしいのに、よく似たもんだね~?」
もう魔法を使う必要も無いと判断したらしい妖精さんも、呆れ口調で同意する。
それだけフェリシアの籠絡が上手く行ってたって事なんだろうが。
俺もはたから見れば同類か……?
「フェリシアなら王城、公爵の所へ一直線だ。作戦前にお前の名前は一度も出さなかったよ」
「嘘を言うな! 彼女は僕の物だ、誰にも――こひゅ⁉」
フェリシア絡みで思う所はあるが、あまり苦しめない様に喉を一刀で切り裂く。
今は戦争中だ、こんな小者に割いてる時間が惜しい。
「ユーマ、ミュリエルが心配! 早く行ってあげないと!」
「タロがついてる、この程度の連中ならパトリスも含めて3人でどうにか出来るよミア。……でも急ごうか」
俺の周囲に爆裂火球を連続で叩き込まれた事で、焦って判断を誤ったな。
皆を巻き込まない様にと思ったんだけど、俺達を分断する手段だったんだろう。
自分を囮にっていう俺の行動を読まれてるな、反省しないと。
集中してミュリエルの居場所を特定して、そちらへ向けて駆け出す。
幻覚の消えた城門付近では自警団に続いて、後方にいた親衛隊が街中へと突入を始めている。
それを見て直前の会話を思い出す。
シャルルの最期の言葉、フェリシアが誰かの物……ってなあ。
本人が聞いたら、また不機嫌になるぞ……まったく。
当人の意思や決断を何よりも重視する王女様の主人は、王女様本人以外にありえないんだよ。
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