044話 ここに来てさらに敵⁉
「なあっ! さすがにおかしくないかな⁉」
あれから10分くらいは走った頃に、パトリスが叫んだ。
2つ目の城門はとっくに走り抜けて、今はもう王都の街中……に入っていてもいいはずなんだけど。
「パトリスに同感だねぇ……俺は王都に来た事が無いんだけどよ、2つある城壁を両方とも越えたってのに、街が全く見えねぇってのは妙だよな?」
「城門を越えてずっと続いてるこれ、見た事ない壁です。戦争中だから城門の内側に何か作ったんだと思ってたんですけど……」
その壁と城壁に挟まれた一本道をずっと走ってきたけど、こんなに走らなきゃ中と外の行き来ができないなんて、防衛側にとっても不便すぎる。
それに上り階段まであったのに、まだ壁と城壁に挟まれたままなんて。
「先に行ったユーマ達もいないどころか、後続も来てねぇしな?」
「本当だ……一本道だったのに?」
迷うような道じゃなかったから確認しなかったけど、これは……。
足を止めて意識を集中すると、お父様の居場所がつかめ……る⁉
「お父様はずっとあっちの方にいるよ⁉」
「何でだ……他に道なんてなかったのに」
「ちょっと下ろして欲しいッス」
「おっタロ、もう大丈夫なのか?」
ジルさんに背負われていたタロが背中から降りて、鼻を鳴らしながら周囲を探り始める。
でもすぐに訝しげな顔――家族以外には分かりにくいけど――をして、城壁と向かい合う壁に向かって手にした槍を突き出した。
それは……なんの音も立てずに石造りの壁を通り抜けた⁉
「幻覚ッスよ、この壁!」
「戻るぞ! 狙われてんのはユーマじゃなくて――」
「そう、こっちだ。もっともあっちも今頃仕留めているだろうがな」
聞き覚えのあるような、嫌な印象の声が何もない場所から聞こえた直後。
急に視界が真っ暗になって、上半身の身動きが取れなくなった⁉
体が締め付けられてる! これは幻覚系の魔法じゃない!
「ミュ――!」
「他にも――!」
皆の声が遠く、くぐもって聞こえる。
真っ暗なのは、上半身が何かに包まれてるから⁉
剣を振るおうにも両腕も体に密着したまま動かせなくて、締め付けは動こうと力を込めれば込めるほど強くなる。
さっきからの生臭い匂い、それに湿った生暖かい感触。
ひょっとして私を包んでるのは、蛇みたいな生き物なんじゃ――!
「妾に迎え――」
まだ飲み込まれてない足に、誰かが触れる感触がする。
それはいやらしい動きで太ももへ上って、そのまま奥へと手を……っ。
この嫌な触り方と声……王宮にレティシアを訪ねて行った時に、何度か言い寄ってきたアイツだ。
セブラン王子!
「ふっ……ぐぅぅぅっ!」
「ははっ無駄――」
全力で押し返そうとしてみても、私を飲み込んでいる何かの力には歯が立ちそうにない。
馬鹿にするようなセブランの声が聞こえるけど、今のは一応試してみただけ。
本命は私の特技、私の全力で――!
私を包む何かの体内で大量の水を生み出せば……そう考えて魔力を操作したのがきっかけになったのか、突然周りの動きが変わった。
締め付けの強さはそのままに、生臭い壁の内側から何かがゾワゾワと這い出て、私の体をまさぐり始める。
それはひとつひとつは細くて柔らかい何かで、飲み込んだ腰から上全てを這い回って、露出した肌に吸い付いてくる。
その目的と能力は、すぐに思い知らされた。
――魔力が、吸われ……⁉
魔法を使おうと集中した魔力が、這い回る小さな触手の様な物に吸われていく。
私の体は大部分が魔力で作られた物、その力の源泉を吸われると全身からあらゆる力が抜けていく……!
呼吸のために必要な最低限のスペースを押しのける事もできなくなって、思わず口を大きく開――。
「んんっ⁉ ぐぶっ……おっごぉ⁉」
他よりもずっと太くてゴツゴツとした触手が、開いた口の中に無理矢理に侵入して……。
限界まで開かされた顎の痛みと、舌に感じる触手の苦味、喉奥をえぐられて呼吸を封じられる苦しさに涙が溢れる。
喉から侵入した太い物は、ズリズリとその身を粘膜と擦り合わせながら私の奥まで入っていき、体の内側から大量の魔力を吸い上げていく。
「ごぇ……ぐぼっ⁉ ん”っえぼ……ん”ぅ! ん”っぐ! ン”ンッ⁉」
抵抗が、できない――。
バタつかせていた足が力を失って、手にしていた剣を落とす。
獲物の弱体を感じたのか、壁が蠕動して少しずつ、少しずつ私の体がさらに奥へと飲み込まれていく。
腰を、続いてふとももを飲み込むと、下着の内側で暴れていた手が怯えた様に去っていき、代わりに触手が場所を埋める。
無抵抗なまま、膝の下まで生暖かい感触に包まれてもまだ魔力を供給する私を気に入ったのか、それとも内部に咥え込んでからが本番だったのか。
全身に張り付き、入り込む触手の量が増え、動きが激しくなりはじめた。
体の外側からならある程度の抵抗ができる。
でも内側、内臓は無防備に近い。
口から入った触手が、胃から魔力を吸い取り始めてその事に気がついたらしい。
服や下着の隙間から入り込んだ触手が、私の内側へと侵入するだけじゃなく、さらに奥を目指して内臓を逆に突き進んでいく。
限界まで開かれた口からの侵入がもう無理だと判断したのか、新しい触手は他の場所へと殺到する。
耳の穴が拡げられる感触とそこを這い回るゾゾゾッという音が直接頭の中に響くのに、痛みは全く無くて。
全身を締め付けられたまま、既に侵入した触手の隙間へとねじ込むように次々と細い触手が追加され、お腹がボコボコグニャグニャと内側から変形させられて、耳からはどこまで入られているのかも分からない。
「お”っ……う”ぇ……い”あ”……?」
自分の喉が意識せずに音を発してることだけは分かる。
手足も私の意識を離れて勝手にバタバタと動いてる。
視界がおかしいのは……目が変な方向を向いてい――る……から……?
一気に魔力が奪われて……もう、何も考えられなくなっ――。
「まあいい、後で――」
「そこぉッス‼」
「がっ⁉ ぎゃああああああっ!」
よっぽど大きな声だったのか、既に全身を飲み込まれた状態でも聞こえる絶叫。
それと同時に、私を包んでいた何かが動きを止めて締め付けも緩くなった!
これが最後のチャンス、水――大量の、集中して開放!
「ミュリエルを吐き出したぞ!」
「げぇほっ! げほっ……かはぁっ!」
外へ吐き出されてもまだ他よりも深く体に侵入していた触手を引き抜きながら、滲んだ視界で周りを確認する。
パトリスとジルさんが見た事のない人間の敵2人と戦ってて、タロが私の近くで警戒してる?
すぐ近くには大きなミミズみたいな怪物、それとその近くに……地面に流れる血。
その血は何も無い空間から出てきて、地面に広がっている様に見える。
足元に落ちていた剣を拾って、そっちに歩を進めると透明の魔法で姿を消した卑怯者の声が聞こえる。
「た、助けてくれ! 血が、腹を刺されたんだぞ! コボルトごときが俺の、俺にぃ!」
「戦場で襲ってきて返り討ちにされた、それだけでしょ? 目的は何? まだ私を側室にとか考えてるの?」
「違う! あいつらがお前を欲しがって、渡せば亡命を――ゴッ⁉」
「ミュリエル、下がるッスよ!」
姿を消したセブランに、投げナイフが刺さった――んだと、思う。
透明なまま声を出さなくなったセブランは……もう話ができそうにない。
パトリスとジルさんが戦ってる2人じゃない、別方向から飛んできたナイフの使い手がいる。
セブランがこの状態でも姿を消したままなら、透明の魔法をかけたのと幻覚魔法の使い手も。
「おっどうした不審者ども! 女の子の拉致に失敗したら泡食って逃げ出すのか?」
「ミュリエル! 無事なんだな⁉」
「こっちは大丈夫、敵は……諦めたのかな?」
あの魔力を吸う怪物がいなければ、数人に負ける気はしないし。
気がつけば周りの景色が変わって、ここは内側の城壁の上?
魔法が解除されたのか、セブランの姿も見えてる。
その手には見た事のない、石で出来た光る器――深いお皿? の様な物。
「それ魔道具ッスよ、それでそのミミズを操ってるって自慢してたッス」
「レティシアからはそんな物が王家にあるなんて聞いた事はないけど……」
レティシアは冒険、探検が趣味だからか王宮の宝物なんかにも結構詳しい。
という事は……残されたもう一つの死体、傷口からしてタロが倒したらしい、この不審者たちが持ってきた?
「ううん、今は背後関係を考えたりするより、皆に合流しよう!」
「そうだな、ミュリエルはユーマさんの場所が分かるんだっけ?」
「うん、幻覚の邪魔がなければすぐに行けると思う」
「よっし、そんじゃあミュリエルちゃんが服を直したら、行くとしますか」
何となくジルさんが鼻の下を伸ばして、パトリスが目線をそらしながら見てると思ったら……。
慌てて胸元とスカートの裾をとりつくろって、足元に落ちていた下着を拾う。
ただでさえ体の伸び縮みに合わせて調節する自由の効く服は、ミミズの中で揉みくちゃにされて、酷い状態になっていたのだ。
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