042話 反乱計画はいつから?
「ハーハッハッハッハ!」
城壁の楼閣から眼下を見下ろし、こらえきれずに笑い声を響かせる軍人がいる。
ミノー王国最強を謳われながら、その率いる軍団が今まさに潰走を始めている老将、ユベール大元帥だ。
「大元帥閣下……」
「ククッ……大元帥か。ついに一国の軍を預かる地位にまで登りながら、人生最後の戦がこのありさまとはな」
普段なら戦場、その周囲、戦う相手の情報収集やその対策など、来る戦の準備を進めている時間で、軍や予算の編成に追われながらも、どうにか戦える形にしてみせたのは非凡と言ってもいい。
だが数十年をかけて自らの意思のままに動く部隊を作り上げた老将の眼下では、何ひとつ思い通りにならない大軍が無様な潰乱を見せている。
策などという高尚な物は使えない軍団でも、戦い続ければ勝利出来るはずだった。
それが――。
「あの様な……城下に狼煙が上がった程度の事で……敵の工作員など少数、鎮圧の必要すらなかったというのに……閣下はまだ負けておりません!」
「どうかな、既に敵は城門を抜けたようだ。策があれだけということも無かろうし、第二城壁も保たぬだろう」
「そのような事は……⁉」
反論しようとする部下の視線の先で、元帥の言葉を証明する様に内側の城壁に設けられた城門に異変が生じる。
敵が第一の城門を突破したというのに、閉じる気配が無いのだ。
城門の操作室は城壁の内側にあるため、第一の城壁上のここからでは見ることが出来ないが――。
「第二城壁に対して無策という事はないと思ったが……これは、寝返りかな?」
「ありえません……城門の操作に関わる者達は特に厳重に選抜した者達です! 陛下が崩御なされた2年前に遡って調査した結果、反乱軍所属の者達に関わりを持っていた者は1人もおりませんでした! それ以前にフェリシア王女と懇意にしていた者すらです!」
「ふむ……では、陛下が崩御なされたそれ以前から――その者達は反乱軍だったのではないか?」
元帥のあまりな言葉に声を失って固まる副官をそのままに、しばし頭を巡らせる。
「2年前――この国がまだ安定していた頃に遡り調査をし、怪しい者はいなかった。だが現に城門の操作室は寝返った者に占拠されておるようだ、敵が侵入したにしては静かであったしな。であれば、それ以前から敵と通じていたと考えれば辻褄が合わんかな」
「それは……いえ、我々の預かり知らぬ場所で懇意にしていただけという可能性も……」
「それを隠しつつ、城門の操作室などという場所へ同様の者達と配属されるよう目論む者達が――単独ではなかろうからな――工作員ではなく、ただ個人に好意を持っていただけと?」
そんな訳は無い、という事は部下にも分かる。
しかし元帥の説明には到底納得できない点があるのだ。
「陛下が……リシャール殿下もご健在であられた時に、何故反乱など起こす必要があるのです……? 神竜殺しはフェリシア様の婚約者として、王族へ迎えられ順風満帆と言って良かったはずです」
「確かにな。しかしこの反乱を通じて思っていた事だが、敵の準備が良すぎるのだよ。情報収集に根回し、各地に潜入している工作員などだ。1年や2年の準備ではこうはいくまい、そして――」
今回の王都にいる工作員達だ。
城下から上がった狼煙、城門の操作室を占拠する手際の良さから考えて、その質と量はこれまでで最高のレベルだろう。
「……やはり、長く暮らしておられたこの王都には、細工をしやすかったのかもしれんな」
「閣下……?」
問い対して口を閉ざしたまま、歩き始める元帥を慌てて部下が追う。
気がつけば反乱軍の一部が城壁を上がろうとし、まだ戦意を残す衛兵達と戦い始めている。
ならば指揮を取る責任があるという事だろう。
「敵の首謀者は陛下がご健在であられた頃から反乱を計画していたとワシは見る。何が王都に仕込まれているか分からんぞ」
「はっ……では、これからどの様に」
「緊急の信号弾を上げよ、集合場所は西門。衛兵達にはその意思のある者のみ続くように、降伏は自由だと伝えてやれ」
「承知しました」
部下が窓に駆け寄り、懐から取り出した筒を外に向けて紐を引く。
直後、筒から飛び出した発行体は甲高い音を立てながら上昇し、空中に複数の色を持った煙を漂わせる。
バラバラに配置された精鋭部隊、その生き残りであれば将軍の意思に応えるはずと信じて打ち出したそれを数瞬見上げ、部下も元帥の後を追う。
楼閣の階段を降りる途中、窓からは城門を突破した者達が次の門へと走る姿が見えた。
「――神竜殺しはまた先頭を走っておるか、一軍の将としては少々言ってやりたい事もあるが」
「彼らは寄せ集めの軍です、ああしなければついてこないというのもあるのでしょう。しかし実行に移せる勇気を持つものは希少、武人としては敬意を持てますな。……元帥、まっすぐに西門へ?」
「うむ、ここまで大規模な催しだ、相乗りしようという者も必ず出るだろう。余計な物に邪魔されぬ内に――」
その言葉が終わるかどうかという瞬間、窓の外から急に明るい光が飛び込んでくる。
遅れて届いた轟音に驚き、窓の外に目をやると反乱軍の先頭から黒煙が上がっていた。
さらに何かがそこへ向けて飛び、複数の火球が続けざまに爆裂する。
「……行くぞ、他所の相乗りに少しばかり遅れたらしい」
「はっ……」
軍の全権を握り、全ての兵の指揮権を握る元帥が、あの様な防衛手段を知らぬ訳はない。
第三者か、仲間割れか。
勝利が決定した後には、勝者の間での奪い合いが始まる物。
よくある事なのだと、2人は窓の外の光景から目を離した。
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