037話 さびしい天下の大将軍
ミノー王国の正統を主張する王宮の勢力は、その統治する都市を王都とセンバーのふたつにまで減らしていた。
国内で最も高く分厚い2重の城壁を持つ王都とはいえ、南西に存在する商業都市センバーは遠すぎ、援軍は期待できない。
そのうえで王都の四方を反乱軍に包囲され、住民の不安は最高潮に達している。
それを反映するかのように、人払いをされた公爵の執務室の空気もまた重い。
「将軍、軍の立て直しはどうかね?」
「年齢や戦傷により退役した者を中心に呼び戻しておりますが、率いる指揮官の数が圧倒的に足りておりません。これは徴用兵の数が多い事も一因ですが、王都内部からのみ召募をかけなければならない現状では、もはや解決は不可能でしょう」
「馬鹿者共の愚行を目にしていながら、守るのに兵が必要とかき集めてくれたからな、傭兵を正規兵へ取り立てる呼びかけも行ったはずだが……」
「まともな戦場経験のある傭兵は既に国内では枯渇しております。この反乱騒ぎの後で傭兵になった者では、徴用兵と大差はないかと思われますな」
トゥアール公爵が机に乗り出していた体を後ろに倒し、椅子に体重を預けて深く息をつく。
必要なのは周囲の兵を鼓舞し、現場で判断を下せる経験を持った人材なのだ。
貴族が私兵として雇用している傭兵隊も無くはないが、ここまで追い詰められては提供を求めても、自分の命を守る最後の護衛を手放すはずは無い。
「……潜入させた者によれば、フェリシア王女にユーマ・ショートが将軍位を授けさせるよう検討させているそうだ、残った貴族に脅しをかける為にな」
「将軍位でございますか? あれだけの軍を率いておるのです、今更という感はありますが」
「その号が、宇宙大将軍だ」
「それはまた、大層な……」
帝国の勇者によってもたらされた概念である、世界の外に広がるより広い空間、宇宙。
それ自体と将軍位にはさほどの意味は無いのだが、組み合わせれば別である。
かつて帝国が分裂した内乱、その口火を切った者が名乗った将軍号――それが宇宙大将軍である。
戦の才だけは卓越していたその将軍は、大陸を統一した偉大な帝国を荒らし回り、伝えられるべき貴重な知識や品々、そして多数の血筋を失わせた。
反乱軍を支持する民衆は歴史に対する知識は薄く、馴染みの無い名ではある。
だが、王都に残った公爵の勢力は知識階級が多い。
歴史に轟く悪名を自らに冠して王都を攻める、逃げ場のない貴族達にとってはこの上ない恐怖である。
権威や伝統、格式などに一切の価値を見出さず滅ぼす、そう宣告するような物だからだ。
「協力的に見えた貴族ですら、私兵と共に屋敷に引きこもる始末だ。商人に紛れて脱出を図った者もいたと言うな」
「逃げ場は無いのです、逆に覚悟を決めるという選択肢は無いのですかなあ」
「そういう気概を持った者なら、先の会戦で出陣しておるよ」
そしてその9割ほどが帰っては来なかった。
現在の人材不足もその敗戦に起因する。
軍政が畑違いであるユベール将軍も、策を練る時間を事務手続きに奪われている始末だ。
「そこで将軍に足を運んでもらったのは、だ。宇宙大将軍に対するに、こちらも相応の格がなければ失礼だろう。君を大元帥に叙する、このミノー王国の軍権全てを思いのままにするが良い――権勢を振るえるのは既に王都のみとなったがな」
「……この身には過分にすぎますが、謹んでお受けいたします閣下」
その称号の重さに比べれば、あまりに軽いやり取り。
2人の口元に浮かぶ笑みも、苦笑に近い物だ。
もはや先のことを考え、他の貴族達の思惑を考慮する必要はない。
手にする最強の札に、ヤケクソの様にありったけの権限を付与する。
そこまでしても、そこまでするからこそ――尚の事。
彼らもこの先に待つ敗北を、実感せずにはいられなかった。
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