036話 決戦までもうすぐ
「敵味方共に万を超える兵の睨み合いとは、一国の動乱とは思えぬ数じゃのう」
「大部分は鎧も着てないけどな」
「向こうは武具の支給が滞りなく行われているそうだ」
「……妾のせいではないぞ⁉ 予定以上の補給物資は送っておったじゃろう⁉」
ニーネから帰還した俺達よりも、さらに遅れて到着した仲間をジローと出迎えにきてみたんだが――。
不用意な発言のせいで、補給計画の責任者である軍師様が誰も責めて無いのにキレ始めた。
出発した時の倍くらいの数になってるもんな、死んで減るはずだった自軍の犠牲も予定よりかなり少なかったし。
羽扇と地面に付きそうなほど丈の長い軍師服を振り乱す姿を見れば、後方での生産と補給に当たっていたアイシャが時間と共に膨れ上がる数字を見て、どんな様子だったのかも窺い知れる。
「黄頭巾は受け入れないと野盗になっちゃうし、数が増えるのは仕方なかったんだよ。ニーネで合流しなかった黒毛皮を着た一団とかいうのは、その後も結局合流しなかったけどさ」
「元犯罪者を集めた部隊か……同行はしたくないが、今後を考えれば野放しという訳にもいかないな」
「一応フェリシアが手綱を握ってるらしいけどね」
一度ニーネで接触したという報告は受けたし。
……でもその後、王都への進軍中にニーネから撤退する公爵の軍が略奪を繰り返して行ったと噂に聞いた。
そのせいか行く先々で公爵家を打倒して王位に就いて欲しいと、涙ながらに頼まれたり歓迎を受けたりしたんだが。
敗残兵をまとめさせて王都へと返したジュストって騎士は、騎士道とかにこだわる人間だったんでそういう事しなさそうなんだけどな?
「いずれ必ずや正義の刃が悪の元凶を討ち滅ぼすぞ!」とか言われたし。
ニーネで公爵家御用達の装備一式を部隊まるごとひとつ分手に入れた王女様は、それを何かに使うためにどこかの集団に流したらしい――黒い色した毛皮被った連中とかに。
そういう自分の悪事を知っていながら王女様は「正義の刃……届く日が楽しみですわね」と喜んでいたんだが。
――どんな手綱の握り方してるんだ。
「そやつらに関しては妾も関わりたくないのじゃ。数を集めるのは大した物じゃが集めた分だけ討ち減らされていては、いくら物資を送っても無駄じゃからの」
「相手がユベール将軍だったってのもあるけどね」
アイシャが補給してくれる物資には装備も含まれるけど、負けた後に戦場から拾ってくる訳にもいかないしな。
でもその連中がいなかったら公爵家のお膝元がしっかり落ち着いてただろうし、ユベール将軍相手に粘っていなければ自由になった将軍が、何かの策を用意してニーネに向かう俺達を叩いていた可能性もある。
顔を合わせたくはないけど、連中の活動で俺達が楽になった事は間違いない。
顔を合わせたくはないけど。
「ユベール将軍か……最後はどうあっても勝たなければいけないんだな」
「ふむ……将軍も今頃苦労しているであろうな。王宮は大混乱、妾の元にも寝返りを打診する密書が届くほどなのじゃ。その中で軍の立て直しから始めるのじゃからの」
「寝返りねぇ……その密書ってのは?」
羽扇を持っていない方の手を持ち上げ、グッと握り締めてみせる軍師様。
ちょっと小さめで細くて長い指が中々に綺麗だ。
「ワラワはガンバッタって意思表示はもういいよ」
「違うわ! グシャア……じゃ! 握りつぶしたのじゃ!」
「実を言うと私にも密書は届いているくらいだ」
「俺のとこにはきてないな?」
一応反乱軍の代表者の1人のはずなんだが。
フェリシアのところにはきてるだろう、まず間違いなく。
「……お飾りだってバレてる?」
「君が砦を少数で落とした事は、当然王都でも知られている。今更お飾りは無いだろう」
「密書には神竜殺し殿への取りなしを頼みたいとあったのじゃ、せめて命だけは……とな。よほど恐れられておるようじゃのう」
ワンクッション置かないとやり取りするのも怖いとか、どんなド外道だと思われてるんだ。
そりゃまあ、貴族は皆殺しに近い状態が望ましいって予定ではあったけどさ。
それを言い出したのは俺じゃないぞ?
「街道での会戦で貴族の大部分が討ち取られ、こちらの目的とその本気が伝わったのであろうの。あちらが想像する神竜殺しは、降伏に赴いた貴族の首を無言ではねる様な無慈悲な少年、というところなのじゃ」
「なにせ恋仲だったはずの王女を囮に使うくらいの冷酷さだ、その本性が民衆にも漏れなければ良いんだが」
「名声だけでも迷惑してたのに、悪名までもか?」
それこそ今更だけど。
俺を直接知ってる人間なら、こうしてネタにできる程度の問題だし。
全部終わったら、俺はアオの町で静かに暮らすんだ――暮らせるんだ、そうに違いない。
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