033話 鉄拳制裁!
「タロ、1人抑えてくれ!」
「お任せッス!」
門の上に作られた望楼を守るニーネの街の衛兵達は、その数を減らしても最後まで抵抗の意思を見せている。
指示を出している男は格好から見ても、正門とその左右から伸びた防壁上の指揮官だろう。
他の衛兵は傭兵達が抑え、衛兵の長と見られる男についている2人の内1人をタロに任せる。
「貴様が神竜殺しか、卑劣な手を使いおって! ここを墓場にするが良い!」
「御免こうむる!」
言葉の意味はよく分かってないが、父さんがとにかく凄い自信と共に発していた言葉を返し……2人同時か、さてどうするかな。
「ユーマ、どうする?」
「いらない、この後もまだ分からないからとっておこう」
胸ポケットからの問いかけに応えながら、2人の衛兵と距離を取るようにバックステップ。
それに誘われた部下の衛兵が追いすがり、突き出してきた剣を左手で掴んだマントで払う。
そしてそのまま一足飛びに立ち位置を整えた。
衛兵長、衛兵、俺の3人が一直線に並ぶ位置を確保し、マントで一瞬視界を遮られた衛兵に向けて強烈な前蹴りを叩き込む。
「ぐはっ⁉」
「くっ⁉ しっかりし――」
「心配してる場合か?」
前方から蹴り飛ばされてくる部下をとっさに支えた衛兵長の首筋に向けて長剣を振るい、返す刃で部下に止めを刺す。
倒れ伏す2人がもう動かないのを確認し、周りを見ると……うん、大体終わってるな。
タロは無難に敵を仕留めてるし、他の傭兵達もさすがにフランツが選抜したメンバーだ。
「これで門はどうにか――」
「大将! 防壁! ちっとマズくねぇですか⁉」
今度はなんだよ⁉
望楼の入り口で敵の増援を警戒していた傭兵からの声に駆けつけ、俺達が上ってきた防壁に視線を向けると――。
「敵が坂道滑り降りてるッスよ⁉」
「私達門のすぐ横から上がってきたから、親衛隊危なくない?」
「えぇいミスった! 間に合うか⁉」
味方が防壁上に向けて放つ矢を物ともせず、次々に俺が作った坂道を滑り降りる連中の雰囲気は決死隊だ。
防壁の上をがら空きにすれば、どの道ニーネの陥落は免れない。
それでも一発カマしてやろうって連中は、滑り降りながら笑い声を上げてる奴までいる。
どうにか土砂を崩して坂道をなくしたが……正門に全力をかけている親衛隊が横っ腹を突かれるのは、かなり痛い。
率いているのが敵ながら覚悟の決まった奴ってのもな。
「ユーマ、降りられなかった敵がこっちに来る!」
「援護にも戻れないか、皆もう一働きしてもらうぞ!」
「やってやりまさぁ!」
「神竜殺しサマの御前だぁ! 死にてぇヤツからかかってこいやぁー!」
「テメェらの血が何色か見せてみろぉ!」
数では負けるが望楼を守るために作られた狭い入り口や、段差の高さが違う上り難い階段を今度はこっちが有利に使える。
親衛隊が正門を破るまで、望楼を守り抜くのに支障は無いだろう。
でも、傭兵達を鼓舞して返ってきた返事には……ちょっとだけフェリシアの親衛隊が羨ましくなった。
「合図鳴り始めたッス、親衛隊が正門破ったッスよ!」
「勝敗は決したぞ、降伏しろ!」
いつもの音に加え、防壁上からは街の中に突入していく親衛隊がはっきりと見えるんだろう。
まだそれなりに数が残っているが、目に見えて敵の士気が落ちていく。
どうにか終わったか……望楼からは街側に直通で降りられるから、俺達はそっちから――。
「早く早く! ミュリエルが親衛隊と一緒に戦ってたみたいなんだよ!」
「分かってる――無事みたいだよミア」
意識を集中すれば、ミュリエルとの繋がりは今も感じる事が出来る。
そこから感じる印象に弱ってるって物は全く無い、せいぜいが疲れてるくらいだろう。
それでも心配なのは俺も同じだ、足早に階段を降り――その場所で、予想外の人間と顔を合わせた。
「ミシェル? こんな所で何をしてる」
「お言葉ですね、見事に任務を果たしてフェリシア様をお待ちしているのですよ。あなたこそまた予定に無い行動ですか、僕に功績一位を取られるのが気に入らないのは分かりますがね」
知らねぇよ、予定に無い行動したお前のご主人さまに言え。
大仰に肩をすくめて、やれやれ……とため息までつく芝居っぷりは潜入前のウザさに拍車がかかってる。
戦での功績をあげたのはこれが初めてか、こいつ?
それなら天狗になる事もあるかもしれない、何よりフェリシアの親衛隊と揉めて良い事なんてひとつもないだろう。
特別に目をつぶってやる。
「時間をかけると危なそうだったから援護に入っただけだ。手柄とかはどうでもいい……どのみちそれが原因で危険な場面も作ったから、功績とは言えないしな」
「ふん……やはりその程度ですか。主の意を汲んで完璧に仕事をこなした僕とは大違いですね」
「そうかい、そりゃ良かったな。それで、その仕事に協力してくれた子供達はどこだ?」
戦はそろそろ終わると思うが、戦争直後の街なんて荒れ放題だ。
早い内に保護しないと何があるか分からない。
でもまあ、完璧に仕事したっていうならどこか安全な場所を確保してるだろう。
それさえ聞ければ、こいつの自慢話に付き合う必要もない。
――が、質問への応えは蔑むような視線だった。
「気分の悪くなる事を言いますね。フェリシア様のご命令とはいえ、子供を何人も殺したなんて、僕だって思い出したくはないんですよ。まあ……動かされていなければ、この近くの教会に隣接した宿舎に寝ているでしょう」
「なに……?」
今こいつ、なんて言った?
殺した? あの子達をか!
「フェリシアはそんな命令を出していなかった、あの作戦会議のどこにそんな言葉があった!」
「……だからあなたはその程度だというのです」
心を痛めたと言った口を歪め、得意げな笑いを浮かべながら種明かしをしてやろう……そんな雰囲気で言葉を続ける。
「フェリシア様は上手くやりなさいと仰られたでしょう。街の兵士が使う井戸に毒を撒いたのが僕だとは一切の証拠を残していませんが、一緒に行動した子供は僕が偽って潜入した事を知っています。親衛隊の者がその様な手段に関わったとあっては少々体裁が悪いですし、それを隠すためもあってフェリシア様は僕に一部隊を預けてまでくださっている。そのお心遣いを無にせぬためにも、万が一を考えれば処分するのが最善」
「つまり勝手にフェリシアの言葉を拡大解釈して、あの子達を殺したんだな?」
口を挟んだ俺にムッとした不快気な様子を見せ、自分の功績にケチでもつけられたと思ったのか語気を強くする。
「僕は誰よりもフェリシア様を理解していますからね! それに子供らに飲ませた薬は苦しまずしばらく眠った後にそのまま息を引き取る物です。フェリシア様に完璧な勝利をもたらし、お喜び頂く僕の働きにあなたが――そう、僕よりも後にあの方に触れたあなたごときが……フッ」
「ミア! 教会に飛んでくれ! タロもだ!」
「あいあい! 間に合うかも知れないね!」
「ボディガードッスね!」
しばらく眠った後ってのがどのくらいか分からないし、解毒も出来るかは分からない。
でもフェリシアの近くには、解毒の魔法が使える親衛隊員もいるはずだ。
2人にはそっちを任せて――俺は。
「……おや何か? いえ思わず口を滑らせてましたね、怒った所で今更事実は変えられませんよ。親衛隊で最も優れた僕にあなたが勝てないというのも……⁉」
距離を詰めた事で、俺のヤる気を感じたらしいミシェル。
一瞬フェイントを混ぜたが、そんな物はお見通しとばかりに対応して間合いを計ってくる。
――前にジローの師にあたる騎士と戦ったり、今日の望楼への突入でも思ったんだが。
何度も戦場の最前線で戦ってるうちに、俺はどうも自分で思ってるよりは強くなってるようだ。
絶妙に間合いを取って小馬鹿にした表情を浮かべていたミシェルが、その笑みを凍りつかせる。
下手なフェイントを見せて相手の軸足が固まった瞬間、俺が一気に距離を詰めたからだ。
右に動こうとしてついた足では、頭が理解していても左へは動けなくなる。
俺を格下と侮っていた馬鹿ならば、尚更だ。
自分が俺の思惑通りに動かされていたと知ったミシェルが、とっさに取った行動は。
「ぼ、僕に手を出せばフェリ――ブガッ⁉」
「知ったことか! このクソ野郎が!」
女の名前を出さなきゃケンカも出来ねぇのか!
ブクマ、評価、感想、誤字訂正等いつもありがとうございます!
作者夜勤人間なんですが、最近ちょっと仕事が押す事が多くて更新時間ズレてきてます
どうにか戻れるよう、あともうちょっとがんばります!




