029話 正義の騎士!
「クソッ外れた!」
「次は俺だ! 俺に撃たせろ!」
「見ろ! あの必死の逃げっぷりをよぉーっ!」
ニーネの街を前にして、反乱軍の下衆な輩共が低俗な声を上げて騒いでいる。
この街の留守をトゥアール公爵閣下に任されたのは、公爵家に長く仕える先任の騎士だ。
反乱軍の別働隊がこの街に向かっているとの知らせを受けた先任騎士は街の門を固く閉ざし、王都での決戦が終わるまで籠城を続けるとの決定を下した。
少し前までこの穀倉地帯を荒らし回っていた黒毛皮や黄頭巾を被った者共相手にも、王都からの部隊が奴らを蹴散らすまでの間、同様の手段で乗り切っている。
堅実であるし、ここで一部でも反乱軍を引きつけておけば王都での決戦が有利になる。
その理屈は理解できる――できる、が。
「あれを黙って見ていろというのか!」
「抑えてくださいジュスト様!」
従卒の必死の声に応える様に、手甲に包まれた拳を門壁へと叩きつける。
再び上げた視線の先に映るのは、頭頂部に逆立てた毛を生やした兜が特徴的な敵兵が標的に向けて矢を放ち、その結果に一喜一憂している光景だ。
そしてその標的は――数人の子供である。
「助けて! 助けてください!」
「立って、立って走って! 街まで行けばきっと騎士様が助けてくれるから!」
子供達の必死の声が防壁の上にいる騎士、ジュストや従卒、衛兵達の耳を打つ。
だが助けに向かうのは元より、門を開ける事は固く禁じられている。
他の年少の子供達を庇うように一番後ろを走りながら声をかけ、励まし続ける金髪の少年は15歳ほどだろうか。
10歳前後の子供が転べば助けおこし、さらに幼少の子が遅れれば手を引き、助けを信じて街へと駆けてくる。
「なんと……なんと勇敢な少年だ、それに比べ私は……」
「我々に見せつけているのです、お気持ちは我々も痛いほど分かりますが、大義の為にもここは耐えてください」
衛兵の長も苦渋の表情を浮かべつつ、命を弄ばれる子供達をただ眺める。
反乱軍がその様な行為をする事は、既に街では周知の事実だ。
先にこの街を襲撃した黄頭巾どもは、迎撃で戦死した者や命をかけて伝令の任に当たったものの、武運拙く討たれた者――そういった敬意を払われるべき者達の遺骸を、投石機で街に投げ込んで来たのだ、嘲笑と共に。
戦わぬ住民の心にも怒りや恐怖が湧き、それでもなお街の門は閉ざされた。
その無力感、そしてその様な暴挙を目の前で許した騎士達への物言わぬ視線。
それを再び――。
「……出来ぬ」
「ジュスト卿? 今、なんと?」
「もはや我慢ならぬ! 門を開け迎え入れ――いや、私が彼らを救けにゆく!」
もはや間近まで迫っていた子供達にもその声は届いたのか、子供達のリーダーらしき少年が顔を上げる。
溢れんばかりの喜びの表情、あの少年に希望を与えられたのだ。
すぐにでも――!
「いけません! ジュスト卿、門はすぐには閉められません、あちらに見える敵兵は間に合わずとも、姿を隠した者の侵入を許すやも……」
「騎士が兵を率いる権限を与えられるは民を守る為である! 目前で子供が殺されようとしているのを黙って見ていては、これまで民の為に命をかけた先達に申し訳がたたぬ!」
「ジュスト様! 下された方針に背かれれば、処罰が……騎士資格の剥奪とてありましょう!」
食い下がる衛兵長、そして従卒の言葉はもっともだ。
だが一度決めた心が覆る事はない。
太陽神に、育てられた両親に、騎士叙勲を受けた国王に、誰はばかること無く胸を張れるからだ――この行為は、間違いなく正義であると。
「騎士資格など……子供を見捨てた事で保たれる名誉など不要! ここで出ていかぬなら、今この場で剣など捨ててくれる!」
「ジュスト卿……」
制止していた者達も、元より心情は同じなのだ。
門を守る責任者である騎士ジュストを止める者は、もはやない。
「……時間を頂けますか、門に衛兵を隙間なく並べます。幻覚や姿を消す魔法であれば、侵入を阻む事は出来ましょう」
「衛兵長……感謝する」
国内最大の穀倉地帯であっても、餓死する者達がいなかったわけではない。
助けを求められ、それが出来るのに死を傍観するのはもうたくさんなのだ。
ましてや子供を!
「すぐに行く! 待っていろ少年!」
ブクマ、評価、感想、誤字訂正等いつもありがとうございます!
ミノー王国の騎士は人格の審査とかもあるのか良い人が多いです




