020話 後退! 3回目、ややアクシデント!
「フェリシア様のご所望である! 総員奮え‼」
「「「おぉぉっ‼」」」
サビーナさんの檄に応じ、親衛隊が迫る騎士隊に覇気を向けた。
揃えた槍が衾となり、その後ろに控えた者達が一斉に弓を引き絞る。
その練度はさすがの一言だが、敵も正規の騎士達だ。
槍を打ち払う者、飛び越える者、落馬して後続に踏み潰される者……。
まさに激戦といった様相を呈しながらも、親衛隊はジリジリと後退を余儀なくされている。
「騎士隊と正面からぶつかり合いながらこの後退の演技……大した忠誠心と技量ですね」
「正式な結成からはまだ4年程度だそうだが、それ以前から世話になってる人が多いらしい。それに金もかかってるしなあ」
フェリシアの部隊に居候中のテオドール顧問の漏らした呟きに相槌を打つが、近くでピリピリしてる人間にはのんきな感想が気に触ったらしい。
「邪魔だ下がっていろ! 市井の相談役とその護衛ふぜいが! 金をかけるだけでやれるというなら、やってみるが良い!」
フェリシアの側近だか小間使いだかの金髪の少年、名をミシェルとかいう彼に噛みつかれてしまった。
俺たちが馬上で、自分よりも高い位置にいるのも気に入らなかったかな?
「……私は前国王陛下より直々に命じられて出向した身、未だ正式な所属は王宮の官僚なのですよ。後から聞けば、あなたの主人の意向でもあったとか」
「金さえあれば出来るように聞こえたなら謝ろう、すまなかったな」
顧問の言葉と俺の謝罪にさらに鼻息を荒くするミシェルくんなんだが、ちょっと気が昂り過ぎだな。
君もまだ戦闘には加わってないだろうに、ひょっとしたらこれが初陣だったりするのかもしれない。
「大体フェリシア様のお近くに置いて頂きながら、個人の護衛を呼ぶなど――!」
「騒がしいですよミシェル、皆さんの奮闘する声が聞こえません。それと、その方々へ今後も無礼な言葉を続ける様なら先日の話は無かった事にします」
馬車の中から聞こえた涼やかな声は、この喧騒の中にあっても不思議とよく通り、ミシェル少年の顔色を変えさせる。
先日の話ってのが何なのかは知らないが、ミシェルが捨て台詞もなく言葉を打ち切ってこっちに視線を向けなくなったって事は、彼にとっては大事な事なんだろう。
「二度の撤退で不審に思われる可能性も考えていましたが――旗と陣を打ち捨てる程の慌てようだと嘲笑していたと、紛れ込ませた間者から報告がありました。それに加えてフェリシア様のお近くまで迫るこの状況、切り抜けられれば上手くいきそうですね」
「これを上回る戦功第一となると、敵将のトップ付近セブラン王子やシャルルを討ち取るくらいかな?」
「あれらは名を連ねているだけで、将とは呼べませんよ……それに手柄は他へ譲ることも考えるべきですね、余計な恨みを買いたくないのであれば」
顧問にどう聞こえたかは知らないが、俺個人としては次はジローに手柄をあげて欲しいところだ。
この潜入にも力を借りてるしな。
次は親衛隊に殿をやらせる、と聞いた俺は一度目や二度目の危険性じゃねぇ! と当然ながら心配になった。
そしてジローに幻覚で兵士の格好に変装させてもらい、顧問に連絡を取ってその護衛という名目で近くに置いてもらっているのだ。
少しでも多く戦場を見て経験を積むのは良いことだとか何とか、妙に協力的だったのはちょっと不思議だが、前回の功績から顧問の態度が変わったせいかな。
「しかし仮にも夫の神竜殺しがここに助けに来ちゃいけないってのは、未だに納得いかないな?」
「それが出来るなら先の二度にも登場して良さそうな物です。それに彼が来るのであればミュリエル嬢も来る、その力を奮って形勢逆転を計らないのは不自然ですよ」
まあ話によれば、ミュリエルの力は向こうにもある程度知られているらしいからなあ。
俺達が出てくればここで決戦! って雰囲気になるのも仕方ないか。
こちらは後一回負けて大きく後退し、ドドロームの山地に次の戦場を設定しなければいけないのだ。
そのために今は親衛隊に独力で奮戦してもら――おっとぉ⁉
「一騎抜けたぞ!」
「手練だ、気をつけろ!」
サビーナさんは比較的前線寄りにいる。
彼女抜きのフェリシアの馬車の周りにいるのは――ミシェルも含めて比較的年少に見えるな?
さすがに騎士隊とやり合うにあたって、正面に主力を割いていたんだろうか。
馬車目掛けて駆けてくるのはその騎士だけ、後続は防がれている。
年少であってもその忠誠心は本物なんだろう、意を決した若手の親衛隊達が剣を抜き――。
それよりも早く、拍車を当てて前へ飛び出し、馬車への進路を遮る!
「邪魔立てを! フェリシア様! パラディールが参りましたぞ!」
「声をかけるなら俺を抜いてからにするんだな!」
一気に距離を詰めたせいで、俺の長剣に対して敵の騎士は武器の槍を振るうには不利な間合いだ。
ランスを使っててくれれば、もっと簡単だったんだがさすがにそこまで――というか、槍でも強い⁉ 本当に手練だぞこいつ!
「クッ……貴様、その強さただの護衛ではあるまい!」
「あんたくらいの人に褒められると光栄だな! 一騎討ちだ、手を出すなよ!」
個人訓練は今も怠ってないからな!
言い返すついでに、後ろや横から馬を攻撃しようとしていた親衛隊を牽制する。
作戦目的は頭に入ってるんだろうが、せっかくのイベントは有効利用しないともったいないじゃないか。
「後続は誰もついてこれてないぞ、1人では王女もさらえまい!」
「ええい……っ。勝負は預けるぞ! フェリシア様、いずれ必ずやこのパラディールがお救い致しますぞ!」
お互いに合わせた様に武器を打ち払い、それぞれの馬にも距離を取らせる。
パラディールとかいう騎士は――なんかどっかで聞いた様な気がするな? ――騎乗している馬を嘶かせると、そのまま親衛隊の中を突っ切っていく。
街道沿いの大きな平野が戦場だ、大きく迂回して味方のところに戻るつもりだろう。
そしてフェリシアに後一歩の所まで迫れた――そう悔しがってくれるはずだ。
「パラディール卿は馬上槍試合でも上位の常連です……さすがに肝を冷やしましたよ」
「そりゃ知らなかった……まあ、俺には切り札もあったからな」
胸元に手をやりつつ顧問に返すが、紋章から相手を識別するとか出来ないし。
名乗ってくれた時にはもうやり合い始めてたからなあ。
……胸元にやった指がチクッとした、切り札さんも危険行為にちょっとお怒りだ。
「護衛の方、お見事でした。そろそろ大きく後退させてもよろしいでしょう」
「そうですね、どなたかサビーナ殿に伝令を!」
「フェリシア様のお褒めに預かり……?」
馬車の窓にはカーテンがかけられているんだが、それが開かれてフェリシアが顔を出してる。
……笑いながら小さく手を振ってるが、表情が一護衛に向ける物じゃないな。
俺の潜入はフェリシアにも知らせてないトップシークレットだったんだが、バレてるじゃないか。
おまけに――。
「お前は……まさか……」
他にも気がついたっぽい少年が、もう憎しみくらいの顔を向けてる。
なるほど? これが手柄の独り占めはするなよって忠告の理由かな。
ブクマ、評価、感想、誤字訂正等いつもありがとうございます!




