019話 後退! 1回目、無難に成功
「そろそろだ、退く準備は出来てるな?」
「問題ないです、お父様」
土を盛り上げて作った土台から前衛の様子を伺い、下にいるミュリエル達に確認を取る。
自警団に所属しているパトリスにはそちらとの連絡を主な仕事にしてもらってるが、町で士官教育を受けたミュリエルは今のところポジション的には俺の副官(見習い)に近い。
俺の部隊は自警団、傭兵団、ゴーレム部隊で構成されてるので、ミュリエルは士官と言いつつ直接の部下もいないしな。
「ものの見事に負けてたよ」
「ねぇねぇ、黄頭巾の人達は偽退却の作戦を伝えてるの? 何日かかける作戦だし、どこかで漏れちゃうんじゃない?」
土台から滑り降り見た様子を伝えるが、最初に言葉を返したのは一緒に上に行ってたミアだ。
「詳細には伝えていないそうだ。ただフェリシアが演説で、俺とジローの部隊が後方にいるから負ける事も視野に入れて、危ないと思ったら逃げても良いみたいな事を言ったらしい」
「それはすぐに逃げちゃわな……逃げませんか?」
「普通に喋れば良いのに、ミュリエル」
「だってお仕事だもん」
頬をふくらませるミュリエルの頭を、ポンポンとやってなだめる。
ミュリエルが固い喋り方をする事は前からあったことだけど、この副官業務ではことさらにそれを意識してるらしい。
仕事に対して真剣なのは良い事だ……軍隊じゃなければもっと良かったのに。
「敵はよく出来た野戦陣地をしいていて、それを数にまかせて攻撃。中々落ちずに味方の連携が崩れた隙を突いて騎士隊の突入――まあ、素人集団が逃げだしてもおかしくはないタイミングだったかな」
「むしろやる気ありすぎじゃない?」
最初は本当に数と勢いだけで陣を落としちゃうんじゃないか? って思ったくらいだからな。
その士気の高さのせいもあってか、ユベール将軍の部隊の様に綺麗な後退なんて出来るはずもなく、結構な数の死者も出てそうだ。
「俺たちも後退だ! ガエル、フランツ! 慌てず急いで適当に頼む!」
「どうやるんだそれ……」
「了解! 野郎ども適当に下がれ!」
予定通りなんで慌てる必要は無いんだが、退いてくるフェリシアの部隊に追いつかれれると事故が起きかねないからな。
そこらへん、雑な命令で上手くやってくれる傭兵団は非常にありがたい。
彼らと違って自警団はみんな町で本職を持ってて、その片手間に訓練してるからな。
さすがに団長のガエルや他数名は士官教育にも参加してたが、基本的には町を守る為の非常用の人員なのだ。
戦争なんかに駆り出すのは、間違ってるんだよなあ……。
「お父様は? 一緒に退かないんですか?」
「俺達の部隊は予定地点に退くだけだからな、団長2人がいれば十分。俺はフェリシアの様子を見るよ」
「こないだ会えなかったッスからね」
まあそれもあるが、フェリシア個人というよりも見るのは部隊の方だ。
偽の退却とはいえ、相手があってのこと。
追撃を妨害する手段は用意してあるが、フェリシアの親衛隊にまで敵の騎士が追いついてこないとも限らない。
万が一の時は戦力にはなれなくても、「ここにいるぞー!」と俺が叫べば囮くらいにはなれるだろう。
重装騎兵の騎士と追いかけっこをして逃げられる程度には、俺は馬術に自信があるのだ。
というか、逃げることだけなら国内一と言っても良いだろう。
そんな訓練ばっかりやってた奴が、俺の他にいるとは思えない。
「俺はどっちかというと1人の方が逃げやすいんだけど……」
「僕は一緒に逃げられるッスよ、お供するッス!」
「わ、私も! お仕事だし……レティシアにフェリシアは大丈夫だったって手紙に書きたいし」
「ま~ミアは退く理由も無いし?」
そんなこんなで家族そろって、戦場で優雅に時間潰しである。
最初からそのつもりだったんで、パトリスとゴーレム隊は事前にガエルに預けてあったしな。
もう一度土台に上がって観察してると、黄頭巾が大挙してこちらへと押し寄せてくる。
あれ5千くらいはいるんだっけ? さすがに圧倒される迫力だな。
比較的まとまって行動できてるように見えるのは、敵から最も遠い部隊だからかな。
「お父様! あそこ、親衛隊!」
「お~本当だ、意外にきっちり守られて退けてるな。これなら心配いらなそうだ」
20mほどの高さはある土台から見下ろしてると、通り過ぎる黄頭巾から注目を集めてたが、どうせ退くなら親衛隊と一緒に退きたいんでもうちょっと先だな。
装備の揃ってない黄頭巾と比較するまでもなく、装備からその中の顔まで出来が良いと噂の親衛隊。
それが近づいてきて、フェリシアの馬車もハッキリと目視出来る距離まで来た。
「そろそろ降りるか――」
ふと、視線を感じてもう一度フェリシアの馬車に目を向ける。
いや馬車じゃなく隣を並走してる騎兵だな、15歳前後ってくらいの歳で金髪の。
あいつは……フェリシアの従卒の、たしかミシェルとか言ったか。
前回はフェリシアの手を取って、妙に勝ち誇った顔を見せてくれやがったのを覚えてるが――。
今、土台を下から見据える視線には、かなりの怒りを感じる。
会話したことすら無いのに、俺あいつに何かしたっけ?
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