017話 フェリシアの帷幕で
「あちらは随分しっかりと、ご用意をなされていたようですわね」
「時間と人手があり、進軍予想まで出来ているのです。何もしていなければ、怠慢のそしりを免れません。彼らもこれ以上威信を落としたくは無いのでしょう」
フェリシアとテオドールが本陣の帷幕で目にしているのは、敵陣の絵図面。
そこには土塁や柵に加え、簡易ではあるが空堀まで備えた強固な陣と、それを埋めるに十分な兵力の数字が描き込まれている。
「こちらの作戦はお伝えした通りですが、この部隊の最高指揮官としてフェリシア様はどの様なご判断――どうかなされましたか?」
「え? ……あぁ不思議ですね、育児なんてしていなかった時間の方が長かったのですけれど」
真剣な表情で絵図面を睨むフェリシアが、時折手を隣へ伸ばしていた。
それを指摘された本人も意外そうに手を引っ込め、小首をかしげてその手を眺めている。
無意識に息子を探していたのだろう、ユーマの屋敷では隣に揺りかごを置いている事が多かったからだ。
「乳母を雇われていらしたのでは?」
「えぇ……ですが夫や妹は、わたくしが出来るだけ息子に関わる事を喜びますので。さすがに戦場には連れてこれませんでしたが」
フェリシアは馬車を使うために他の者達よりは疲労が少ないとはいえ、さすがに1歳やそこらの赤子に長期の旅程は厳しい。
ましてや、戦場などと。
しかしその口調から残念そうな響きを感じ、さすがのテオドールも耳を疑う。
「まさか、ご子息をお連れになられるおつもりだったのですか?」
「あの子はお兄様の名を頂いています。名前負けなどせぬよう、幼い頃から戦場の雰囲気に慣れさせてみようかと。しかし命を狙われる可能性もありましたので、この反乱の間は自重いたしました」
「正しいご判断かと」
ポーカーフェイスを維持するテオドールの背中に、冷や汗が流れる。
野盗に襲われた村の指揮を取った時、子供に手伝わせるのすら眉をひそめたものだったが、赤子を戦場にというのはさすがのテオドールにとっても酷だと思わされるものだ。
「お兄様もそうですが、ユーマ様は思っていたよりもご活躍なさっておられます。であれば将来少々の才能を見せた所では、あの子は逆に評価を下げられかねません」
「それはそうかと思いますが、死んでしまっては英才教育以前の問題かと」
「そうなのです、あの子は公爵に命を狙われる可能性も高いですし……兄王子セブランや公爵嫡子シャルルが今回出陣しているのも、あるいは戦死を目論んでの事ではと」
可能性としては考えていた事なので、今度はテオドールも動じない。
王家と公爵家、それぞれを継ぐセブランとシャルル。
彼らに代えが効かないかと言えばそんな事はないのだが、代えの人物が幼かったり他家への養子となっていたり、病弱であったり……と少々条件が悪い。
「あのお二人が戦死……前回の汚点をすすぎ、後継者としての箔をつける為とでも言って出陣を促し、そしてわたくしの子であるリシャールを亡き者とする。そこまで条件が整えば、公爵本人がわたくしを妻とし、自ら王位に就く事を責める者は少ないでしょう」
「国内がこの状況です、強い指導者であればあるほど良い。反乱を鎮圧した上であれば反対者は少ないと予想できます」
公爵は王位を望んでいる。
それはフェリシアがアオの町に来てすぐに、伝えていた事でもある。
以前にセブランとシャルルが無謀な討伐軍を率いて来た時も、止めようと思えば止められたはずだ。
失敗を織り込み済み、そして戦死しても……という意図があったのでは無いかとフェリシア達は考えている。
もっとも、あそこまでの失敗を予想していたかは定かではないが。
「王女フェリシア様と勇者ユーマ殿との血筋は公爵にとって脅威……それは良いのですが、ひとつ確認をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう? ここにはわたくし達だけです、余人には聞かせられない事なのでしょう?」
「ありがとうございます。では……ご子息リシャール王子ですが、父親は本当にユーマ殿なのですか?」
作戦を練る関係上、この場にはフェリシアとテオドールの2人しかいない。
参加する権利があるとすればサビーナだが、実質的にフェリシアの部隊をまとめている彼女は忙しく、フェリシアとは別の帷幕を持っている。
その2人だけの空間で、さらに声を抑えて発せられた質問。
発した側のテオドールには緊張した様子がある。
だが――その失礼どころではない質問に、フェリシアは悠然と微笑み返した。
「リシャールは間違いなくユーマ様の子です。シャルル殿の屋敷を出てより、この身を委ねたのは夫のみですから。勇者としての能力を受け継いでくれていれば、その証明にもなるのですけれど」
「証明されるのを私も望んでいます。……フェリシア様の部隊に同道させて頂いてより数回、その寝所に親衛隊の少年が出入りしているとの噂を耳にし、不安にかられての質問です。ご無礼をお許しください」
深く頭を下げるテオドールに、気を悪くした様子もないフェリシアが頭を上げるよう促す。
下世話な興味や好奇心からの質問ではない、ましてやユーマへの友情などから出た発言でもない。
この反乱、後の統治にも関わる問題であり、それに対して全力で挑んでいるからこそ、早い段階で直接に問いただしてきたのだ。
それはフェリシアの望むところであり、テオドールを好ましく思う点でもある。
「あなたの野心に敬意を表して断言しましょう、誓ってリシャールはユーマ様の子です。後の継承問題に火種を持ち込むのは望みませんし……ユーマ様以外と関係を持とうとも、不思議と思わないのです。意外と相性が良いんですよ?」
「安心しました。では私も全力で持って、フェリシアの王統をお支えしましょう」
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