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最強の娘と虚名を得た俺は、乱世から逃れられないので終わらせる!  作者: 楼手印
4章 軍師いわく「乱世エンジョイ勢が発生しました」
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006話 そのころ、将軍と砦の指揮官

「将軍! 出陣なされると聞きましたが、真ですか!」


 砦の城壁を歩く老将を呼び止める声がする。

 その声を上げたのはドドローム砦および関所を任されていた指揮官、ゆっくりと散歩している風情のユベール将軍に彼が詰め寄る剣幕は強い。

 それも無理はない、籠城こそが最上の策である――そう言っていたのは他ならぬユベール将軍だからだ。

 長年の任地であるこの砦の堅牢さは将軍に言われるまでもなく、この地の守備隊とその指揮官である男が誰よりも知っているのだ。

 敵の数が多くとも、砦に籠れば守り抜ける。

 兵糧に問題を抱えているのはどちらも同じなのだ、数ヶ月耐えれば反乱軍は撤退するしかない。

 だというのに――。


「籠もるのが上策だという考えは、今も変わっとらんよ。兵の損失も抑えられるしのう」

「ならば何故⁉」


 半ば以上が白くなっている顎髭を弄りつつ、老将が困ったように眉を寄せる。

 本当のところ、将軍には答える必要などないのだ。

 王宮から正式に上官として派遣され、この国で軍に関わる者であればその実績にも才幹にも疑義を挟む余地が無いことも知っている。

 だがこの砦に依らず出陣するという判断は、長く彼らが守ってきた任地を、その難攻不落さを信用していないように思えるのだ。


「フェリシア王女が東側から山地を迂回するルートで進軍しておるだろう? あれが山地の向こう側に顔を出せば、ワシを任命した公爵閣下のお立場が危うくなるのじゃよ」

「しかし……確かに数は多いですが、今の王都周辺は難民も含めて多量の人口を抱えています。食料を補償し彼らを徴用すれば防衛出来るどころか、フェリシア様をこちらへ奪還することも可能なはず」


 フェリシア王女の部隊に確認された兵は皆、頭に黄色い布を巻いていた。

 昨今、国内のあちこちで暴れている野盗と大差のない……むしろ武装では劣る連中である。

 王都に備蓄されている武装を徴用兵に与えれば、同数以上の部隊を組織することは容易なはずなのだ。

 ましてや正規兵である王都の守備隊も参戦するのであれば、勝利は疑いようがない。


「……山地を迂回するとなれば、補給路は伸びる。そうなれば不足した食料はどこで調達する?」

「それは……進軍する先々の町や村からの徴発しかないかと。しかし、この反乱が収まるのであれば……ある程度の犠牲は」


 この食糧難の中、徴発された町々は死屍累々となる事は間違いない。

 だが反乱を鎮め、国内に統治を行き渡らせて食糧危機を乗り越え、さらに来たるべき異種族との戦いへの準備を始めなければならないのだ。

 少々の犠牲はやむを得ない、という事もある。

 歴戦の老将が、今更その犠牲を許せないなどと甘い事を言うとは指揮官も思ってはいないが……。


「死者は口を聞かん……事もないが、まあ置いておこう。問題は滅びた町を治める方々が、王都におることよ。彼らは黙ってはおるまいよ」

「貴族の方々ですか……将軍は一度、反乱鎮圧の任から更迭されたと聞きますが」

「迂回した直後に領地を持つ貴族方もそうだが、その後の王都までの進軍ルートに領地が存在する方々も、気が気ではなかろう。実際には王都からの軍を出して迎え撃つ事になったとしても、その結果を招いた前線への恨みは消えん」


 何故貴族である自分達が、卑しい出自の者どもからなる反乱軍や兵士上がり風情の為に右往左往せねばならぬのか、と。

 特にそれが、一度は疑いの目で引きずり下ろした者だとなれば、尚更である。


 今のところトゥアール公爵は理解のある上司である。

 その後ろ盾を失っては、まともな軍事行動など取れはしないのだ。

 この様な事態であってすら、機嫌を損ねた貴族の領地を通る許可が降りないなどという事すらあるのだから。

 それどころか、将軍の任を解かれる可能性さえもあるだろう。


「では……あえて下策を取られるしかないというのですね……」

「ふむ、中策といったところではないか? 前回と違って地の利はこちらにある。有利な場所と状況で戦い、勝てば良い――違うかね?」

「はっ……それが可能でしたら、確かに」


 勝つべくして勝つ、勝てない戦はしない。

 目の前の将軍はそういう人間であると、噂には聞いていた。

 その将軍が当然の様に言うのだ、勝算があるのだろう。


「アオの町の領主率いる部隊、数から見てあれを潰せれば砦攻めは不可能になるだろう」

「ゴーレムは梯子を登れませんし、砦に据え付けた兵器があれば撃破も容易いですからな」

「うむ、気になる事があるとすれば……」


 あまり遠方を見れない老将の目が、南側に布陣している部隊を捉える。

 そこには敵の戦力で最も警戒すべき、神竜殺しがいると報告がある。

 ついで、砦へと続く山地をなぞるように視線が動いていく。

 

「神竜殺しは強力な土精系の魔法を使うと聞いていますが……さすがにあの山々は越えられませんよ?」

「魔法を使ってもかね?」


 老将の言葉に指揮官が自信を持って頷く。

 自らの任地の事だ、名のある将軍が知らぬ事を説明できるなどそうはない。

 やや興奮気味に、鼻を高くして山地を指差す。


「まず魔法を使わない場合ですが……足場が悪く、馬や牛を連れては登れません、ゴーレムも厳しいでしょう。つまり物資は兵が運ぶしか無く、その量が限られます」

「あの山道に慣れておる者はそうはおらんだろうしな。背負える重量も知れておるか」

「そういう事です。よほど山歩きに詳しいガイドが居て、道具と食料の少なさを物ともせずに砦まで辿り着いたとしても……背後はこの崖ですよ」


 指揮官が頼もし気に見上げるのは、砦の背後にそびえる壁である。

 高さにして50mほどは立ち止まる足場すらなく、ロープなりを用いてのんびりと降りてくれば、迎撃などという言葉を使うのも馬鹿馬鹿しい状況になるだろう。

 上方から飛び道具を撃つにせよ、持ち運ぶ量が限られていては大した脅威ではない。

 

「後は魔法ですが……御存知の通り、戦で使うにはあまりにも規模が小さい。将軍は見事に使いこなされておられるようですが――」

「ワシの部隊で使っておるのも、ひとつひとつは個人を繋ぐ連絡用の魔法。規模で言えば極小じゃよ」


 だがその使い手を集め育成し、各部隊に配置して効率的な運用を試行錯誤し、今の形になるまでは長い時間と予算が必要だったと聞いている。

 考えた者はいても、部隊として成立するまでやり通したのはユベール将軍のみなのだ。

 その偉業に指揮官が頭を下げてから話を続ける。


「急峻な山道を歩くのに魔法を使うのであれば、常に使い続ける事になりますし……この崖を降りるのも、砦を攻略出来るだけの人数に空を歩く魔法をかける、あるいは大量の土砂を生み出して足場を作る、どの様な手段であれ使い手の人数、魔力共に非常識な量となります」

「そんな魔力があるのであれば、正面から砦にぶつけた方が良さそうではあるな」


 山道を歩き崖を埋め立てて降りてくるくらいなら、砦の城壁に向けて土砂を積み上げて足場を作った方が余程現実的である。

 もっとも現実的であるがゆえに、対策もまた考えられてはいるのだが。


「それに例の神竜殺しについての報告もありますし――」

「あれは未確認だぞ? あまりアテにするのもな」


 反乱の開始からこれまでにはそれなりの時間が経っている。

 それは主要人物についての情報を集め、解析するには十分な時間なのだ。

 その中でユーマ・ショートは、その娘ミュリエルが居ない場所では強力な魔法を使っていないという報告がある。


 娘であるミュリエルが強力な魔法を使うというのは野盗騒ぎや、個人的な事情で争ったという伯爵の報告からも間違いないとされている。

 だがユーマ・ショートが単独でその様な真似をした事は無い、例えユベール将軍率いる部隊相手に苦戦していてもだ。

 そこから、娘が使った魔法を神竜殺しの物と誤認した、もしくはそう見せかけているのではないか。

 

「そうであれば、気をつけるべきは娘の方だけですが……今のところ、あの陣からは動いていません。あの光る髪は確認が容易ですからな」

「……うむ、そうか――そうだな。長くここを守る君の言葉だ、尊重しよう。だが念の為に、背中には気をつけておいてくれよ? 出陣して帰る場所がなくなった時はそりゃあ苦労したもんでな」

「亡国ヒラータへ援軍に赴かれた時の経験ですな? 将軍の武勲譚の中でもあの撤退戦は――」


 歴戦の将軍に意見を採用させた指揮官の口が軽くなる。 

 勝つと明言する名将が出陣して反乱軍の主力を討ち、後は自分が守ればそれでこの戦は終わるのだと。

 この難攻不落の砦を知り尽くした自分が防衛の指揮を執るのだ、想定通りに動けば何も問題は無いのだと。

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