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最強の娘と虚名を得た俺は、乱世から逃れられないので終わらせる!  作者: 楼手印
4章 軍師いわく「乱世エンジョイ勢が発生しました」
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プロローグ

 帝国暦537年……ミノー王国は、かつてない飢餓状態に追い込まれた。

 経済交流、流通も途絶え……比較的余裕のある地域も、支援の手を差し伸べるには躊躇うほどに野盗が跋扈し、情勢は悪化の一途を辿っている。

 統治者が健在であれば、少数の餓死者で乗り越えたであろう状況の中、数千……数万の死者を出し、農地を耕す者が減った今、なおそれは増え続けていく。


 あらゆる命はここで途絶えようとしているかに見える。

 しかし――ミノー王国の民は、死に絶えてはいなかった。


**********


 小規模の隊商――荷馬車の車列が街道と呼ばれた場所を進んでいく。

 他に通る者のない道を少数で行くのは、今となっては危険な行為だ。

 だが隊商を率いる者は強い意思を持ち、この道を行く。


「なあ爺さん……これ今食べちゃダメなのかよ? これがあればパンが作れるんじゃないのか?」


 まだ幼い少年が御者台に座り、隣に腰掛けている初老の男に不満をぶつける。

 誰もが飢えている状況で、目の前に食料があるというのに食べてはならない。

 少年が愚痴のひとつもこぼすのは当然のことだろう。


「はっはっは……それを粉にしてしまえばその場は腹が膨れるかもしれんが、それっきりだ。だがな、耕す人と場所、相応しい所へ持ってゆけばその後もずっとパンが食えるんだぞ? ワシら商人はそうやって人と人を繋ぎ、この国を正しい姿に戻す手伝いをせねばならんのよ」

「本当に戻るのかよ……」


 生きてきた数分の一の時間が既に悪化した状況の中で過ぎ去った少年にとって、それは叶わない夢の様にしか聞こえない。

 それでも、自分たちが何か崇高な使命を持ち、正しい事のために旅をしているのは理解できた。


 愚痴を引っ込めた少年が麦の入った袋から目を逸らし、空腹を堪えて道の先を見据える。

 隊商を率いる初老の男の衰えた目よりも遠くを見通す視線、その先にあるのはひとつの影。

 目を凝らすと、丘の上にいるのは馬に乗った人影のようで、片手を上げていて――それを、振り下ろした。


「爺さん、アレ――」

「いかん……皆、武器を取れ!」

 

 丘の上に見えた人影は動かなかった。

 だが、その背後から何十騎もの騎馬が跳ねる様に丘を駆け下りてくる!

 少数だが襲われる側にとっては地響きにも似た馬蹄の音は、隊商の者達に混乱をもたらし、恐怖を与えるには十分だ。


「イヤッハー‼」

「ハッハー!」

 

 例え距離があったとしても、荷を引いた馬車が軽装の騎馬から逃れられるはずはない。

 すぐに距離を詰められ、わずかに試みた抵抗も虚しく……制御を誤った荷馬車は車輪を痛め、傾いてその足を止めた。

 倒れた草食獣を前にした肉食獣そのもののように、野盗達は荷馬車へと群がっていく。


「小麦だ! こいつら麦を持ってるぞ!」

「水もタップリだぜ!」


 駆ける荷馬車の御者席から投げ出された初老の男は、一緒に落ちた少年をかばい地に伏せさせる。

 運が良ければ助かるかも知れない――そして、抵抗する仲間たちが死んでいくのを見せたくは無かったからだ。

 その視線の先で荷馬車の積荷は次々と暴かれ、布状の物が引きずり出される。


「こ~んなもんまで持ってやがった! 今じゃケツをふく役にも立ちゃしねぇってのによぉ!」


 野盗が笑いながら放り投げたそれは、ミノー王国の国旗だ。

 いずれ国が正しい為政者の元で再建されれば、誇りと共に掲げられたであろう旗が、投げ捨てられ風に流されていく。

 悔しさに目を伏せる初老の男だが、野盗達の笑い声が急に途絶えた事に不審を覚えて顔を上げた。

 ――目を背けたい惨状、それを引き起こした野盗達が国旗が流れていく先に目を向けて固まっている。


「ヤベェぞ……あれは……」

「反乱軍だ!」


 馬蹄とは違う、人の足による地響き。

 手に持つ武器は先を尖らせた木や棍棒、防具は獣の毛皮やただの衣服。

 農民の反乱にしても貧弱すぎる武装だが、共通している点がひとつある。

 頭に黄色い布を巻いているのだ。


「爺さん……あれは?」

「反乱軍……いや、フェリシア王女様の信奉者だ……」


 かつて王宮で人気を誇ったフェリシアは個人の紋章として、黄色いバラを使っていた。

 それにあやかり、彼女を支持する証として黄色い布を巻き付けている――そう聞いた事がある。

 だが実際はどうだろうか……と思わざるを得ない。


「ヤッちまえ!」

「暴徒どもを皆殺しにしろ!」

 

 即座に入り交じる、野盗達と反乱軍。

 もはや端から見ている初老の男には、どちらがどちらかなど見分けがつかない。

 その頭に巻いた黄色い布を除いては。

 ただそれだけの理由ではないか、そう思い反乱軍が勝利した後の行動を確認するまで伏せ続ける。


「頭ぁ! 水と食料だ! おまけにこいつら馬まで持ってやがった!」

「死人にはいらんだろう、全部貰っていくぞ!」

「ヒャッハー! 今日はボロ儲けだぜ!」


 反乱軍は野盗と変わらない。

 世は暴力が支配する時代。

 乱世が、到来したのだ。

ブクマ、評価、感想、誤字訂正等いつもありがとうございます!

3章が帝国暦537年、4章は539年です

エピローグから1年と少し経過しています


次回は8日、月曜日更新の予定です!

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俺とポンコツ幼馴染と冒険とパンツ
― 新着の感想 ―
[一言] 黄巾とな 元肉屋の大将軍が立ち上がる時が来たようですね…
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