031話 大軍! ……どうすんの、アレ?
ユベール将軍を思惑通りに撤退させた俺たちだが、今度の敵が率いる大軍を前にさすがに途方に暮れていた。
「……ここまで意図が読めなかった相手は初めてですよ」
「困った物よの、まさかこれほどまでの人物がこの世におったとは」
「あれが新しいミノーの国王に……? 陛下もとんでもない方を残していかれたものだ」
顧問に軍師に領主様も戦慄し、目の前の状況に言葉を失っている。
俺もどうしたものかと思うが、場を収集できそうな1人に視線を移してみると、町を出陣するまではそれなりに楽しそうだった顔からは、笑みが消えていた。
その方は用意された椅子に腰掛けたまま、実兄と婚約者のいる敵部隊の本陣らしき場所を指差してつまらなさそうに言い放つ。
「とりあえず、蹴散らして終わらせてしまえば良いのでは?」
「しかし交戦すれば、少々といえど損害は出ます。放っておけばいくらでも我々の利益になりますよ」
「まあ確かに有利にはなるが……略奪を受ける民衆をただ眺めているだけという訳にもいかないだろう」
目の前にいた――総大将の名を取ってセブラン軍――は、その接近が知らされた時に総勢1万5千という凄まじい兵数を誇っていた。
ちょっとした街がまるごと移動するようなその威容、行軍するだけでもどれほどのマンパワーと計画が必要だったのだろう。
本腰の入れ方と思い切りが尋常ではない、さすがに呆気に取られた俺たちが迎撃に出陣したのは10日ほど前の事だ。
こんな数が町に到着すれば、その数のゴリ押しだけで陥落させられてしまうのは疑いなかったからだが。
現場についた俺たちが見たものは、さらに想像を絶した光景だった。
そこにあったのは、陣形も行軍計画も何もなく、ただ雑然と歩く大集団――軍団とか言いたくない――の姿だったのだ。
「いくらなんでもありえない、罠では?」
という顧問と軍師による慎重な対応として、黄金の熊傭兵団所属の騎馬隊による後続の補給部隊へ奇襲や、その後も散発的に敵軍へ送られる支援部隊を妨害してみたのだが。
……1万5千の軍隊は、あっという間に飢えて干上がってしまった。
どうやら集めるだけ集めて管理も運用も何も無かったらしく、行軍に時間がかかっていたのも大集団への補給が追いつかなかったから、というのが理由らしい。
さらに補給を妨害された敵軍は、あろう事か周辺の町や村から物資の徴発――という名の略奪まで始めてしまった。
「時間が経てば経つほど、敵の風聞は地に落ち、民衆は我々を頼る事になるのですがね」
「今現在、頼ってきている者達を見捨てて放置すれば、我々も彼らと同様だぞ?」
「かというて、一応武器を支給されておるあれらを蹴散らせば、多数が野盗と化すであろ? 仮に妾達が受け入れて屯田なりをさせた所で、最初の収穫まで食料の備蓄が保たぬ。民が苦しまぬ道など無いように思うがの」
難題である、何てことしてくれるんだあの連中。
国内でバラバラに、様々な町にいればまだギリギリどうにかなっていた難民達を、なんでこれほどの規模で一ヶ所に集めた?
敵集団を蹴散らすのは容易い。
訓練を受けていない難民の徴用兵であり、まして今は飢えて体力も士気もどん底の相手に、こちらには騎兵とゴーレムがある。
矢の補給さえ万全に出来れば、50人の騎射で追い散らすだけで逃げ惑う1万5千人が圧し潰しあって自滅する可能性すらあるだろう。
でも、勝てばそれで良いのか?
王都からアオの町を狙って行軍してきた連中が荒らしているのは、王都への往復や運送事業で関わってきた人達が住んでいる場所だ。
1万人以上を全て殺す――なんて出来るはずもなく、数千という単位で逃散する兵が発生するだろう。
その中のどれだけが、周辺を荒らす略奪者になるかと思うと、考えるだけで恐ろしい。
俺たちの村が300人の野盗に襲われた時、国の大事件だ! って言ってたんだぞ……?
撤退させたとはいえ、ユベール将軍には正面から勝てる気はしなかった。
でもこの敵も、正面からやりあえる相手じゃない。
戦争をするにあたって、皆ある程度前提としている事柄を守らない相手がここまで恐ろしいとは。
とんでもなく厄介な……本当に、どうしたら良いんだコレ?
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この大軍をどうにかして、フェリシアとの話し合いを済ませれば3章終了となります
4章は反撃編、王都への進軍です




