013話 良いのか? 後戻りは出来ないぞ?
「ではフェリシア様は、ご自分を公爵家から自由にする必要はないと?」
「はい、そう言ってました。遠回しにですけど、公爵の息子を悦ばせれば内情が聞ける今の立場はもう少し活用したいって」
本当に、転んでもただでは起きない方だな……。
侯爵夫人に重ねて礼を言い、ミュリエル達と共に町へ帰った俺達はジロー、テオドール顧問、アイシャ、フランツ団長と共に協議を行っている。
師匠や町長は基本的には一般人寄りのメンタルをしているので、国家レベルの話は協議の結果を聞かせてくれ、との事だ。
古参の住民として意見を反映させて欲しい所だが、責任が重すぎるのは俺自信も感じている事なので、無理強いは出来ない。
あとはオマケ的な存在として、ミュリエルと一緒に話を聞いていたミアも一応在席中だ。
「でもレティシアは早い内に助けて欲しいって言ってたよ?」
「うん、私もすぐにでも助けに行きたい。それにフェリシア様は、もしレティシアの命とアオの町との敵対を天秤にかけられれば、自分は迷いなくレティシアを取るって言ってました」
「……フェリシア王女を既に監視下に置いている以上、レティシア王女の価値はそこまで高くない様に思います。せいぜいが、万が一の保険といった所かと」
「であれば、妾達の仕業じゃと思われなければ良いのじゃ。価値の低い王女がたまたま行方不明になったとて、そこまで気にするとは思えんからの」
「言いたくはないが……フェリシア様以外の人間にとって、レティシア様はその程度の存在でしかないのは確かだ」
そんな事はない! と言いたげなのは、俺とミュリエルの父娘だけだろうな。
それにしたって大切な友人という意味であって、レティシアに政治的な価値があるか? と言われれば、首を縦に振るのは難しい。
「監視役を兼ねた警護も数は少ない、場所も神竜の縄張り近くとお誂え向きだ。イェリンに協力を頼めば、魔獣をけしかけて混乱を起こすのは可能だろう」
「問題があるとすれば、レティシア王女だけが行方不明という結果を残すと、目的から我々の仕業であると自ら主張するような物、という事ですね。相応に他の犠牲者も出さねばなりません」
レティが監禁されている場所は、フェリシアが作っていた開拓村のひとつだ。
将来的に神竜の縄張りも切り拓く事を視野に入れたその場所は、縄張りであった森の近くに設けられている。
そしてその森には、魔獣やモンスターが跋扈しているのだ。
一度開拓村の近くまで言った時に、襲撃を受ける前提で話を進めていたのを覚えている。
だから襲撃に見せかけるというのは可能だ。
そんな場所を選びながら警護が少ない事から、公爵側もその可能性を考慮しつつ「レティシアならそうなっても別に良いだろ」と考えている事が透けて見える。
とはいえ……。
「レティシアの為とはいえ、他に犠牲者を出すっていうのはな……」
俺の漏らした声に、ミュリエルやミア、ジローも同意なのか渋い顔をしている。
そこにこだわらないらしいのは顧問とアイシャ、そして団長の3人だ。
フランツ団長は自分の役目を戦闘だと割り切っているので、意見を求められなければ町の進退に関わろうとはしない。
顧問もそれが一番手っ取り早く説得力もあり効果的、という表情を崩さない。
歩み寄るのが自分しかいないと悟ったらしいアイシャが、長い袖で隠しつつも恨めしそうな表情を顧問に向けながら前へ出る。
「なにも馬鹿正直に殺す必要はなかろう、襲撃を受けた開拓村から姿を消しておれば良いのじゃ。野生の獣は襲った獲物を安全な場所に運んでから口にする物、複数の魔獣が襲撃し複数の行方不明者が出た中にレティシア王女が混ざっておれば良い。後は家畜の血でも撒いておくかの?」
家畜の犠牲も出すなとか言うでないぞ? という視線に、さすがにそこまではと首を横に振る。
妥協案としてはそんな所か、行方不明者はレティシアと一緒に町に連れてくれば良いだろう。
開拓村の生活よりは快適なはずだ、苦情はそこまで出ないと思う。
「ではレティシア王女についてはそれでよろしいですね? フェリシア王女についてですが――少々、我々の予定とは食い違いが出そうですね」
「うむぅ……王女を我々の神輿として擁立し、こちらの意見を通す影響力を得るという心積もりだったのじゃが……」
「2人は自分が優秀だって自負があるだろうけど、公爵やその周りにいる連中だってそうだと思うぞ? なら現状で国内に敵対的な派閥を許さないって姿勢になるのも分かるけどね」
公爵側は話し合いに時間を使っての優れた結論よりも、トップダウンで素早い対応を行う方針らしい。
その結果が増税や労役などの負担となって、すぐさま世間に見える形になっている訳だが。
「民の不安と不満を過小に見積もっています、失策という他は無い。こちらの対案を王宮に献策してはみたのですが……」
「南側の諸国が、難民に対して国境を閉ざしたのが予想外でもあったようじゃの。内側南はミノー王国よりもさらに平和ボケしておる、ミノーの弱体化につけ込みでもしようとしておるのかの」
「直接的な戦争と関わりが無い内側は、領地が減る事はあっても増える事などまず無い。ミノーを若く与し易い王子が継ぎ、混乱しているとなれば欲が出たのかもしれないな」
俺達の住むミノー王国は北方に異種族を防ぐ要塞を築いて守り、東の山脈街道で城門都市と繋がっている。
いわば山脈内側の前線にある訳だ。
ここを通らないと内側の他の国へは行けないが、その他の国が国境を閉ざしたとなると、難民はミノーに留まらざるをえない。
「一国の首都とその周辺に住む全てが難民と化し、ミノーに押し寄せた上に他へは行けない。当然食糧危機が発生しますし、国中の不安が膨れ上がるでしょう」
「この町も他人事じゃないが……ゴーレムを警備に置いているせいか、略奪の類は抑えられてる分だけ他よりはマシだな」
外側のバキラ王国は王族が全滅し、保有する都市は城門都市サイトを残すのみとなったと聞いてる。
実質亡国と言っても良いほど追い詰められているが、ミノーも酷い状況だ。
これを立て直すとなると……。
「トゥアール公爵について、どう思う?」
現在ミノー王国の舵取りをしているらしい、国内最大の勢力を持つ貴族。
国王への戴冠を待つセブラン王子は、話を聞く限りどうにもダメそうだ。
この公爵がアテにならなければ、ミノー王国も遠からず……という所だが。
「以前にも言いましたが、保守的な方です。税を増し、労役を命じていますが、その使いみちはこれまでの政策などを踏襲した物。城門都市が陥落すれば、このミノーも滅亡は避けられないでしょう」
「リシャール殿下ですら状況を変えられなかったんだ。同じやり方で才覚の劣る残った人間が、どうにか出来るとは思えないな」
辛辣な顧問はともかく、ジローまで名前を出さなかったとはいえ公爵では無理だと言う。
公爵が無能というより、英雄だった王太子の戦死がそう思わせるのか。
なら同じ様に考える人間が、国内に相当数いてもおかしくはない。
しかし……。
「まずはレティシアを救出する、その後なんだが――」
道はそう多くは無い。
誰が最初に口にする? という空気なんだが、実行に移した場合どう考えても俺が首謀者だ。
失敗した場合は縛り首か断頭台か。
さすがに顧問ですら、やろうぜ! とは言い出さないので、俺から言うしか無い。
背中に、ミュリエルの視線を感じて胸を張る。
やるしかない状況なら、せめて家族に格好良く見えるようにやろう。
「フェリシアを擁立し、武力蜂起する――国を割っての内戦だ」
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