012話 侯爵夫人と潜入! ……したミュリエルとミア待ち
「――私もフェリシア様が心配でしたのよ? シャルル様とは元々お噂はあったのだけれど、正式に婚約を結ばれたのはユーマさんでしょう? それを……」
「えぇ……えぇ、勿論です。承知しています、侯爵夫人にもご心配をおかけしまして、誠に面目ない」
紅茶とお茶菓子が載せられた白く清潔なテーブルを挟み、俺と向かい合って談笑しているのは……あ~、大変ふくよかでいらっしゃる年配の女性だ。
いつだったかフェリシアに紹介された、友人達の中の1人であるポンポンヌー侯爵夫人である。
他にも何人かいたのだが、ご令嬢達はちょっと仲良くなれそうな――いや、仲良くしたくない雰囲気の方達だったのだ。
何というかいかにもな、お高く止まっていらっしゃる貴族令嬢方で、仮にも友人だというフェリシアの前で、初対面の俺を値踏みし始める様な人達だった。
本当に友人なのか? と後になって聞いた所「彼女らは、あれで役に立つのです」との返事だった。
友人とは……。
そんな中で1人、年齢でも立場でも外れていたのがこのポンポンヌー侯爵夫人。
王女と婚約を結んだ相手を前にして、その発言に損得を感じさせないのだ。
――というか、俺ですら社交の場! と緊張して出てきたのに「パーティって良いですわね、美味しい物がたくさんあって」とか言っちゃう様な人だ。
令嬢方とは別に、フェリシアに聞いてみたら「役に立つかと思って……」と口を濁していた。
「分かりました、そのお話お引き受けしますわ! 私もフェリシア様にお話を聞いてみたいと思っていましたの。ご存知ですかしら? 『神竜殺しユーマ』という詩が流行っていますのよ――」
「えぇ……まあ……何というか、関係者ですので……」
貴族のご婦人というより、美味しいお食事とお喋りが大好きな近所のおばさんという印象だが、ともかく必要な協力は得られそうだ。
ポンポンヌー侯爵家も今回の敗戦で痛手を受け、様々に物入りだった。
その補充物資の荷物にまぎれて、会いに来た甲斐があったな。
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「……結構長いな、2人とも大丈夫だと良いんだが」
「ミアが付いてるし、本当に危なかったらミュリエルを逃げさせるッスよ、ごすじん」
まあそうだな、無理はしなくていいとも伝えてあるし。
でも「レティシアを助けるんでしょ? なら私にやらせて!」と意気込んでいたミュリエルがな。
危険かもしれないといくら説得しても聞かないんで、渋々折れたんだが……。
俺達がいるのは真新しい立派な屋敷の庭、そこに停めてある馬車の中である。
屋敷には国旗の他に公爵家の旗、その他に2枚の旗が翻っている。
片方は知らないが、もう1枚は黄色いバラの図柄、フェリシアの紋章だ。
つまりここはフェリシアと新たに婚約を結んだ、公爵家の後継ぎとかいうシャルル某の新居。
とはいっても、若い二人の愛の巣というには語弊がある。
実質的にはフェリシアの軟禁場所だからな。
「やっぱりあの大きな女の人についてきて正解だったッスね。警備が厳しいッス」
「侯爵夫人だタロ。お前やミュリエルの髪を見ても『珍しいわね』で済ませてくれた変わった人だけど、偉いんだからな?」
さすがに侯爵家ともなると、友人のフェリシアに会いたいと申し出ても無碍にはされなかった。
その侍女としてついていった、幻影で顔と髪の色を変えたミュリエルも調べられもしなかったし。
これでどうにかコンタクトは取れているだろう。
でもあんまり時間がかかると、ミュリエルの髪は溢れる魔力で幻覚系の魔法を阻害したりするからな……ちょっと心配だ。
現状玉座に最も近い兄王子から、好きにしろとばかりに公爵家に預けられたフェリシアは、ほぼ自由が効かない状態だ。
新居から外に出たという情報すら全く無く、婚約者であるシャルルとの同居を強いられ――というより、その全てを管理されているに等しい。
アオの町もそうだが、おそらくは所有している資産についても自由が効かないんじゃないだろうか。
唯一手紙を出す事くらいは出来ているらしいが、俺や町に宛てた物が一通も着ていないのは、検閲されている可能性が高い。
不幸中の幸いと言っていいのは、フェリシアに預けてある神竜の財宝は無事だろうって事くらい。
何せ魔獣やモンスターが蔓延る、広大な森の奥に構えられた神竜の巣、その内部に今も残されているので、アトラスⅡに乗っていくかイェリンの道案内でも無ければ取りにいけないのだ。
そんな事に軍隊を使うほど、現在のミノーには余裕がない。
「当たり前だけど、警護の人間にフェリシアの親衛隊はいないか。かなりの人数がいるらしいんだけどなあ」
「王都の近くで軟禁されてるって聞いたッスよ?」
「それはフェリシアの近くで護衛についてた数十人だけ、あんなのせいぜい1割ってとこだ」
サビーナさんもそちら側のはずだ。
何らかの指示を受けての潜伏だろうが……どれだけの人間がそれを把握してるのかと思うと、冷や汗が出るな。
現体制に不満を持っていそうな人間の指示を受けて、訓練を受けた数百人が潜伏中ってんだから。
そしてその指示を出した人物に、過剰な評判を得てしまっている奴と、居住する結構な規模の町がコンタクトを取りに来たりもするっていう……。
俺達がこのシャルルの屋敷に来ている理由は主に2つ。
フェリシアと情報を共有し、その行動指針をはっきりさせる事。
そしてレティシアの情報を得る事だ。
フェリシアと連絡が取れなくなった以降、レティシアの動向も一切掴めなくなっている。
おそらく殺されてはいない、フェリシアへの人質の様な扱いを受けているはずだ。
価値が無いと思われれば何をされるか分からない、フェリシアからの最後の手紙にはそう書かれていたから。
「たぶんどこかに幽閉とかされてるッスかね」
「だろうな、出来れば救い出して町で匿いたいんだが、フェリシアからのゴーサインでも無いと――終わったか」
ポンポンヌー侯爵夫人と、侍女に姿を変えたミュリエルが屋敷から出てくる。
何を見たのか、聞いたのか。
ふくよかな侯爵夫人の背後にいる侍女からは、幻影ごしでも瞳から怒りを感じられた。
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