008話 公衆浴場! ぶち殺される覗き魔
「――外洋船のう……妾の祖国であるウージも内陸国ゆえ、そちらには疎いのじゃ」
「リゼットさんはご存知ですか? 外国にも行った事があるって聞きましたけど」
「……カザイの港には行った事がある。でも向かいにある島がオーガに制圧されてから、航海は厳しくなったって聞いた」
「へぇオーガの島? ちょっと力試しにでも行ってみようかな」
和気あいあいと語り合いながら、公衆浴場を満喫している少女達。
話し方も含めてミュリエルが少しばかりお行儀よくしてるのは、打ち解けてない3人が相手だからか。
アオの町領主であるジローに正式に雇用されたアイシャは、これで大手を振って辣腕を――テオドール顧問の補佐として奮っている。
「何故じゃ⁉ この天才の妾が上であろ⁉」「積み重ねた信頼と実績、そして実力です」「なんじゃとぉ!」などというやり取りがあったとか何とか。
16歳と聞いたが、身長はミュリエルと同じかやや低い程度か?
非常に長い黒髪を頭の上にまとめ、常に自信満々に胸を張るので年齢よりは身長の方に相応な大きさの膨らみが、形良く上を向いているのが分かる。
……意外にも、生えてる。
神竜の娘という出自が誇りであるイェリンはそれを隠すどころか、大っぴらに公表している。
火竜の血を引く事を誇示するかのような短い赤毛が目立つ彼女だが――。
ドラゴンともなるとそこらのハーフとはやはり扱いが異なり、町の住民には若干引かれているが、その武力を買って自警団に特例として勧誘した。
特例なのは年齢だ。
イェリンはまだ10歳だったそうで、身長も140cmに届いていないだろう。
だが、このちびっ子のパワーは間違いなく町一番である。
竜の本性を現せばさらにドン! あのツルン!ペタン!という体からは信じられない戦闘力を発揮するのだ。
当然生えてなかった。
町の礼拝所に住んでいる聖女ことリゼット。
黒髪をまとめて頭の横から短い尻尾にして垂らし、15歳という年齢相応にミュリエルよりやや高い身長と膨らみを持っている。
時々王都の大神殿と連絡を交わしているが、普段は礼拝所での各種儀礼を取り仕切っている。
以前受けた襲撃で出た死者がアンデッドにならないよう、周辺を回ったりもしてくれている。
……が、基本的にはズボラな怠け者だ。
用がなければ「神様は二度寝を禁止なんかしてない」と言ってはばからない。
普通に生えてる。
ミュリエルと一緒にいるには、不自然な組み合わせだな?
それに本来、この時間公衆浴場は使用不可なはずだったんだが……。
おかげで俺がまるで覗き魔じゃないか。
4人の肌色や桃色を全部見てしまった訳だが、一応脱出しようとはしたんだ。
しかし――。
「あら奥様こんなところで」
「奥様こそこんな時間に港へ? やっぱり夜の吟遊詩人を?」
なんだか知らんがすぐ近く、背後で奥様方が足を止めて話し始めやがった⁉ なんだよ夜の吟遊詩人って!
俺は今体の大部分を土に埋めて隠れてる状態だが、出ていったらそれこそ「キャー覗き魔ー!」と叫ばれかねない。
覗き魔の痕跡を探して、もし不審な奴を見つけたら捕まえようと思ってたんで、いつもの目立つ服装じゃないのだけが不幸中の幸いだ。
……いざとなったら港へ走って泳いで逃げるか? 逃走プランはさっき模索してみたからな。
土の中でより具体的な逃走プランを練っていたせいか、小さなその姿の接近に気が付かなかったのは失策だった。
「……何やってんのそんなとこで?」
「見て分からないか? 穏便に済ませてくれると物凄く助かる」
浴場の中、格子の向こう側で呆れた顔を見せているのは、馴染み深い妖精さんだ。
当然全裸で、ソフィア師匠の次くらいに俺の理想に近い体型を惜しげもなく晒している。
……でもミアの裸って見慣れてるしな、ミュリエルの方がまだ見た回数が少ないんじゃないか。
一緒に居て気を使わないし、頼りにもなる妖精さんとは日常的に肌を見て、触れている関係だ。
これで体の大きさが人並みだったら……と思わない事もなかった。
「覗きだったら怒ってあげるけど? それにしてはこの時間って変だよね」
「そうだよ、なんでこの時間に使ってるんだ? おかげで面倒な事になってる」
この状況を見て、覗きと断定しないのはさすがに相棒、よく分かってるな。
はっきり言って俺がこの町で裸を見たい相手なんて、ソフィア師匠だけだし。
今浴場に入ってる4人は……何というか、俺の好みの体型からは大きく外れているのだ。
おまけに少し前まで師匠と仲良くしてたので、賢者モードとまではいかずとも、凄くスッキリしてるし。
視界に入った女の子達の裸を見はしたが、欲情は――あんまり――しなかったと断言しよう。
「アイシャが『妾の管轄する公衆浴場で犯罪など許せぬ!』って言ってね、決まった時間に入って囮になって、覗きの犯人を捕まえようって。この時間なら周りが静かで覗きやすそうだし。あ、ミアは窓の監視役ね」
「入ってしばらく経ってるはずだけど、この完全に開いた窓をよく今まで放置してたな?」
「いや、皆気がついたんだけど……さすがにこんな豪快な覗きはないよねって」
なるほど、それでも監視役の妖精さんが一応見に来た結果が今だと。
ミアが騒がないのは俺を信用してるってのもある――と思いたい――だろうが、妖精さん的に、裸くらい見られても減るもんじゃないってのが大きいんだろう。
それで騒ぐなら毎日風呂の世話なんてできないしな。
「ユーマも多分覗き関係だよね?」
「その言い方だと覗きに来たみたいだけど、そうだよ。俺が犯人ならって行動してたらこうなってた。とりあえず後ろの奥様方を何とかしてくれればすぐに退散する」
「後ろ? もう誰も――」
「来た! 来たよ覗き――どころか、入ってきたー⁉」
はっ⁉
不意を突かれて、ミアと共に浴場に視線を戻す。
そこにあったのは、予想外も良いところな光景だった。
公衆浴場の床に近い位置にある窓、その一ヶ所の格子がいつのまにか壊されており、そこから次々と飛び込んでいく小柄な影が4人の少女たちに襲いかかっていた。
10――数匹、一人につき3~4匹の緑色の肌をした子鬼が群がっている。
ゴブリン⁉ ここは防壁の中だぞ!
「ミア戻って援護だ、危ないから低い位置に降りるなよ!」
「あいあい!」
急いで中に戻るミア、向こうは武器を持ってない様に見える、高い位置を飛べば比較的安全だろう。
破られた窓に背を向けていたせいか、俺達と同じく不意を突かれたらしいミュリエルが4匹がかりでうつ伏せに押さえつけられている。
その体にしがみついて、縄のような物で縛ろうとしている? 目的は拉致か!
だがハーフドラゴンの本性を現したイェリンが翼で舞い、自分に向かってきたゴブリン達をスルーしてミュリエルに取り付いた4匹を数秒で蹴散らす。
アイシャとリゼットは貴人の嗜みとやらの護身術で、お互いをカバーしながら防御に徹している。
見た目は華奢な少女たちだが、全員が素手で戦う手段を持っているって人選だったか。
他のメンバーが時間を稼ぎ、アタッカーのイェリンが着実に襲撃者達を仕留めていく。
ミュリエルもアタッカー役を振られているのかも知れないが、魔法だと施設にダメージを与えると考えてか全裸でハイキックを連発するのはどうかと思うよ……。
命がかかってたら、色んな事を無視して良いって教えたのは俺だけどさ。
ミアの援護もあるし、中は問題なさそうだ。
さて、女の子たちどころかゴブリンどもにも気が付かれてないらしい、俺がすべきことは――。
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「旧マダーニ時代の下水道跡?」
「まあ人間なら存在を知ってても、あんまり使いたくない抜け道だけどな」
「脱出用の抜け道として再利用しようかとも思ったのじゃが、敵に利用された時が怖いしの。既に念入りに埋めておく様、指示を出したのじゃ」
ゴブリンどもが防壁を越えて中にいた理由が、それだ。
当時の管理者なんて、もうこの世にいるのかも怪しいし、全くその存在を知られていなかった抜け道があったのだ。
こんな小さな事件でそれが発覚したのは、正直助かったと言っていい。
「今回のゴブリンどもはおそらく森にいた群れだろう、湖に一部が飲まれて中の縄張りに変化があったようだ」
「10kmほどあった荒野というのも、かなり変化してきておるしのう。様子を見るついでに婦女子を連れ去ろうとしたのかもしれん。今後は周囲に気を配らねばならんの」
あっという間に蹴散らされる仲間を見て、撤退に入ったゴブリン達。
俺は忍びながらその後を追って、侵入口を突き止めたのだ。
覗き魔の噂を聞いて、たまたま周囲を警戒していた――とかそんな理由で。
一時は冷や汗をかいたが、どうにか丸く収まった……。
だが、そう思ったのは短い時間だけだった。
俺の弱みを握った妖精さんにより、日々の強制労働が課される事になる。
「普通に言えばマッサージくらいいくらでもするのに」
「最近はソフィアのとこ入り浸ってたでしょ? ま~たまには妖精さんも相手しなさいって」
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