001話 王族相手はストレス、レティと食べ歩こう
気の重い貴族のパーティを終えた翌日。
王宮に一室を与えられいまいち寝付けなかった俺は、王都で気楽な買い食いをして庶民行動を満喫していた。
適当に屋台を眺めながら、美味しそうな物を選んで歩くが――まだ昨夜の事が頭にちらつく瞬間もある。
「もしもお望みであれば、わたくしの寝室の警備に隙を作っておきますが?」
そんな事をフェリシアに吹き込まれて即断ったけど、気が変わったらこの時間になんて言われて、まさか待ってないよなと不安になったのも不眠の一因だ。
パーティでのストレスに加えて、フェリシアからのプレッシャーのダブルパンチ。
「俺の心はボロボロだ!」
「仮にも王女の横にいるのに、こっちは気にしてないのはどうなのよ!」
だってこっちは、自分で仮にもとか言っちゃう王女様だし。
俺と一緒に王都での買い食い中なのは、フェリシアの双子の妹であるところのレティだ。
今までは一応人目につかない様にしていたが、フェリシアの婚約者となった身なのでおおっぴらに仲良くしている。
確認を取ってみたフェリシアからも、むしろ積極的にやれと背中を押されてしまったしな。
「大体何でミュリエルは来てないのよ! 遊びに行く場所が変わるから、ユーマじゃ代わりにならないんだから!」
「そりゃ仕方ない、若くて初々しい王女様と勇者様のご婚約ってイメージで売り出したかったらしいんだよ。王女様と同世代な娘がいますなんて、広めたくなかったんだろうなあ」
さすがに隠せとまでは言われなかったが、婚約成立の場には居て欲しくなかったらしい。
俺の不満の大きなひとつでもあるな。
誰だよ、若くて初々しい勇者様って?
「そんな嘘っぱちの婚約、蹴りなさいよ私の騎士なんだから」
「それが出来るならやってるよ。ご主人さまが婚約を破棄するように、訴えてくれても良いんだぞ?」
「出来るわけないでしょ、調べたらそういう法律が本当にあったんだから。さすがにお父様にお願いするにはワガママが過ぎるわよ」
2人で並んでため息をつく。
そういう法律とは、何か大きな事をやった転移者を勇者と称し、王女を娶らせろって内容だ。
王族であり、王位継承権を持つ者という条件から考えるに、国というより王権の強化が目的らしい。
師匠との事が無かったとしても、俺にはミュリエルがいる。
ただ状況を受け入れるだけは不味いかもしれないと思ったが、婚約を蹴るなら町を出て行くくらいの覚悟が必要だ。
王家、特に町や俺個人の庇護者でもあったフェリシアと険悪なまま、穏便に生活していけるとは思えないからな。
「さすがに王様になれとまでは言われてないのが救いかなあ……」
「当たり前でしょ、フェリシアがいくら人気あったってお兄様がいるもの」
「リシャール王太子殿下か、まだ会った事無いんだよなあ」
「昨日のパーティには参加予定だったらしいわよ? なんだか帰れなくなったそうだけど」
異種族と戦い続けている山脈の外側への援軍の将として、出征中の王子様。
レティ達よりも10歳ほど年上であり、この国の英雄でもある。
正妃から産まれた長男であり、非の打ち所がない後継者だ。
いくら王女であるフェリシアと結婚しても、凡庸な父に代わって早く国王を継いで欲しいとまで言われる方を差し置いて、王位を継げる訳はない。
レティにも優しいらしいお兄様が、戦場から帰らないという悪い報告を受けつつも、平然としているのは殿下が負ける事などありえないという信頼からだろう。
ちなみに、もう1人お兄様がいるのだがこちらをレティは嫌っている。
ミュリエルとレティの拉致事件にも一部関わっていた可能性があるんで、俺も大嫌いだ。
「う~ん……リシャール殿下が帰ってきたらご挨拶ついでに、一度相談してみて……ん、コレ美味いな」
「さっき買ってたの? またサンドイッチ?」
「いやさっき食べてたのはパニーニだ。これはガレットだよ」
蕎麦粉で作った皮に、生ハムやチーズ、卵に野菜などを挟んでいる。
デザートクレープと迷ったんだが、チーズの匂いに惹かれてしまった。
でも正解だったな、レティも気になってる様でチラチラ見てるし。
「ん……ハイ」
「え? ハイ……って」
ん? しまったな。
髪の色はともかく、背格好や気安さでミュリエルと同じ様な対応をしてた。
自分が齧ったガレット、それをレティの前に差し出してた――食べて良いぞって態度で。
ミュリエルなら問題ないし、ミアならもういちいちパンを千切って渡す前に齧ってくる事すらある――というか、ミアとはそもそも同じ食器を使ってるしな。
でもいくら気安い関係でも、レティ相手にこれはマズかった。
婚約の件で疎遠になりたくはないと、手紙を出してからしばらく。
ようやく可愛らしい封筒にレティらしくない丁寧な内容の返信が来て、これまで通りに付き合ってくれてるんだ。
ここで下手を打ったら、またご機嫌を損ねかねない。
うん、ホラ……顔を赤くして怒ったり顔を背けたり、無言で百面相してるし。
気まずいけど引っ込め――あ。
「あむっ! ……んっく。ま、まあまあね! 悪くないじゃない!」
「そ、そうだろ?」
引っ込めようとした手――が掴んでるガレットを包む紙をつまみ、一息にかぶりついた王女様。
なかなかに豪快な食べっぷりで……。
「次はミュリエルもちゃんと連れて来なさいよ? あの子にも食べさせてあげたいしね!」
「そうだな、なんだか王都に来る機会も増えそうだし」
パーティだの貴族の屋敷にお呼ばれだの……。
本人は心外だろうが、そういうのに関係がないレティが羨ましくはある。
「でもさっきみたいなのは、これっきりよ? その、は……はしたないし?」
「悪かったよ、家族以外じゃレティくらいだ、あんな事するのは」
野生児のイェリンなら勝手に齧りに来る可能性はあるけど。
待ち合わせた当初の不機嫌さはどこへやら、なんだかご機嫌になった様子のレティと共に王都を歩く。
フェリシアもこのくらい付き合いやすければなあ……。
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