プロローグ
「処刑する」
「例えばレティシアを喜ばせる為に、わたくしがお手伝いをした方だとしてもですか?」
「処す。例外はない」
物騒な返答に対し、楽しそうに「お父様はご冗談がお上手ですわ」などと返しているのはフェリシア様だ。
既に内々に根回しは終了し、様々な障害が片付けられて事実上、俺の婚約者となった王女様である。
とはいえそれは実質的にそうである、という部分が整ったという意味であり。
形式的とか建前上という意味では、また別なのである。
つまりフェリシア様の父親に、公式な場で娘さんをくださいと挨拶し、許可を貰って始めて婚約が成立するのだ。
王女様の父親というと、そりゃもう王様な訳だよ。
場は王宮、公爵を始めとした諸々の貴族も参加するパーティ会場。
そこに参加させられ、折を見て現れたフェリシア様をダンスに誘い「まあお似合いのお二人ですわ」「あの立派な青……年? 少年はどなただ?」などと、あからさまなお世辞と定番の会話が成され。
最後に大貴族に囲まれている国王陛下の前に、フェリシア様を伴って進み「私はフェリシア様と出会い、これまでの人生における味気なしゃをつーかん?しました――云々」という茶番を行った。
さすがは国を統べる王族に大貴族達、眉ひとつ動かさないスルー力は大したもんである。
「愛し合う二人を引き裂くことなど、たとえ父親であろうと出来はせぬ」という、ありがたくないお言葉を頂いて、茶番は終わったのだが。
何でそこでレティを連れ出した話題とか出すんですかね! この婚約者様は⁉
いや例えばそういう事があったら? という話の振り方で、俺の名前とか一切出さなかったんだけど。
即答する義父上が怖すぎるんで、こっち見て話に参加しろとかいう素振りを見せるのは勘弁してくれ。
義父上――そう、国王陛下が俺の義理の父親になった。
やだなあ……ソフィア師匠と1日も早く一緒になりたかったのに。
「脅さなくても婚約者役は努めますから、ああいうのはもう、よしてくださいよフェリシア様」
「あら脅しだなんて心外ですわユーマ様。それに役ではなく、正式な婚約者です。わたくしを呼ぶ時もフェリシア、と。言葉遣いも改めて頂かなくては」
「分かった、ちゃんとするよフェリシア」
少なくとも公式の場ではね。
空けた左腕にフェリシアが腕を絡め、その身を預けるように寄り添う。
それを羨望や嫉妬の眼差しで見てくる、若手の貴族連中の気持ちは分からないでもない。
今年で14歳になるフェリシアはその立場も特別だが、長い銀髪を揺らして儚げに微笑む様子は深窓の美少女、静謐で神秘的な王女様だ。
王族という立場が付属物に感じる程に魅力的、ガチで恋に落ちているっぽい連中がこのパーティ会場にすら何人もいる。
国民の間にも偶像の様に扱う向きがある、人気者な王女様を落とした――事になっている俺の感想はというとだ。
……これが師匠なら、腕に幸せな感触があるんだろうなあ。
「……あまり大きいと、弱々しい印象が保ち難くなるのですよ?」
「そんなに押し付けなくても、ある事は分かってるよ」
白い豪奢なドレスの内側に感じる大きさは……まあ、小さいと言う程ではない。
でも至高を知ってしまった俺を、誘惑するにはあまりにも足りないのだ。
そんなやりとりをお互いに笑顔のままで、周囲には睦まじい恋人に見えるように――俺とフェリシアだと外見だけなら同年代だし、本当に見えてそうだな。
でも、だ。
「ユーマ様、あちらに集まっているのがわたくしの友人たちです。左からアデール侯爵令嬢カサンドル様、バイヤール伯爵令嬢クリスティアーヌ様、ポンポンヌー侯爵夫人……」
「いやそうポンポン言われても、いきなりは覚えきれないぞ?」
泣き言をいう俺に、婚約者様が絡めた腕をとって頬を寄せ、幸せそうな表情を作る。
しかし出てくる言葉は別物だ。
「ちゃんとするのでしょう? あの方々は出征なさっているお兄様の側近のご家族です。決してお名前を間違えたりはなさいませんよう」
「も、もう一度確認させてくれるか?」
小さな声で再び名前を繰り返すフェリシアだが、次は無いぞというオーラを感じる……。
本当に、貴族の仲間入りなんてするもんじゃない。
今年も、穏やかには過ごせる気がしないな……。
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