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第3話 お部屋デート

「それじゃ、紗絵(さえ)さん。また後で」

「うん。また後でね、むーちゃん」


 そう言って、十字路の前で別れる。北を上にしたときに、十字路の下側に進んですぐが俺の家、左側に曲がってすぐが紗絵さんの家だ。ちなみに、学校は十字路の上側にある。


「おかえりなさい、夢有(むう)

「ただいま、母さん」


 台所からひょこっと顔を出した母さんと軽く挨拶を交わして部屋に入る。素早く着替えて、台所で《《今日の準備》》を始める。


「うんうん。初めてにしては上出来ね」


 冷蔵庫を見た母さんが褒めてくれる。母さんは、やっぱり紗絵さんと同じく、女性にしては長身で、同じく170cmを超えている。それに、毎朝運動をかかさないおかげか、40過ぎなのに、まだまだ若々しい。今でも時折30前半に間違えられるのを自慢気に語ってくる事がある。


「手伝ってくれて、ほんと助かったよ」


 今日のために手伝ってくれた母さんにお礼を言う。


「母親だもの。それくらいはね」


 当然のように言う母さん。


「にしても、紗絵ちゃんは昔から変なところで抜けてるわね」


 母さんには色々事情を話してあるので、《《今日のこと》》も知っていた。


「だろ?さすがに紗絵さんの親父さんたちもどうかと思うんだ」


 ひょっとしたら、サプライズでも計画しているのかもしれないけど。


「あの人たちもどこか抜けてるもの。ほんとに忘れてるのかも」


 少し苦笑気味に母さんが答える。そんな事を話していると、チャイムの音が鳴った。迎えに出ると、そこには、私服に着替えた紗絵さんが立っていた。


「どう……かな?似合ってる?」


 感想を求めるような、上目遣いもとい下目遣い。茶色がかったロングのスカートに、黄色のセーターは落ち着いた感じで、紗絵さんのイメージによく似合っていた。


「うん。紗絵さんによく似合ってる」


 普段なら照れてしまいそうだったが、噛まずに冷静に言えた。よし。


「そっか。良かった」

「とにかく、寒いから入ってよ」


 紗絵さんを家の中に招き入れる。


「あら、紗絵ちゃん。こんにちは。服、似合ってるわよ」

「ありがとうございます、おばさま」


 ぺこりとお辞儀をする紗絵さん。


「私は引っ込んでるし、旦那は夜遅いから、ごゆっくりね」


 そう言って、するっと自室に引っ込んでしまう。母さんは気遣いが細かいところがあって、ありがたいのだけど、こういう時は少し恥ずかしくなる。


「むーちゃんの部屋、相変わらず、すっきりしてるね」


 どこか優しげな瞳で部屋を見渡して紗絵さんはそんな事を言う。


「あんまり物溜め込まないからね。PCとタブレットで大体足りるし」


 俺は昔から、どこか他の子と離れて1人で遊ぶ癖があったのだが、その延長線上といったところか。


「むーちゃん、昔からそうだったものね。変わってないんだから」


 昔を懐かしむような声。


「また、子ども扱い?」


 ついムスっとしてしまう。


「ごめんなさい、つい。でも、そうね。ちょっと謝っておこうかな」


 紗絵さんが申し訳無さそうな顔になる。


「謝る?別に、紗絵さんが謝ることなんて」


 お姉さんぶる事にもやっと来ていたけど、それだって俺の勝手に過ぎない。


「ほんとはね。お姉さんぶってたのも、ただの強がりだったの。だって、むーちゃんは、いっつも、1人で何でもできちゃうから」


 紗絵さんの口から出たのは意外な言葉だった。


「そうかな?紗絵さんには、昔から色々お世話になったつもりだけど」


「ううん。むーちゃんは、昔から礼儀正しくて、しっかりしてたから。私が出来たのなんて、お菓子を作ってあげたのと、勉強見てあげたことくらい」


 紗絵さんからはそんな風に見られていたのか。知らなかった。


「俺は、母さんたちが居ないときに、紗絵さんが居てくれて、とても助かったよ」


 その言葉は不思議と素直に口から出ていた。


「だから、お姉さんぶられるのとか、子ども扱いは嫌だけど、卑下しないで欲しい」


 正直、計画はどうでもよくて、正直な気持ちを伝えたかった。


「そうだね。私も素直になるよ。やっぱり、むーちゃんは大人だね」


 子ども扱いは嫌だけど、そう言われるとそれはそれでむず痒くなって来る。


 しばらくの間、無言が続いたその後。


「あ、そういえば。バレンタインのチョコ。はい」


 鞄からごそごそと何かを探ったかと思うと、ハート型の箱が出てきた。直球だ。


「ひょっとして、手作り?」


「もちろん。むーちゃんはよく知ってるよね?」


「うん。よくわかってるよ」


 包装を解いて出てきたのは、両手サイズの大きなハート型チョコ。


「これ、凄く大きいんだけど。かなり手間かかったんじゃない?」


 型だって、市販されてると思えないし。


「むーちゃんへの気持ちの大きさを表したくて、張り切りすぎちゃった」


 てへ、と言う彼女の言葉には、いつものお姉さんぶったところが全然なくて、そんな言葉に胸が熱くなって、どんどん鼓動が早まってくるのを感じる。


「目にクマ出来てたけど、ひょっとして……」


「うん。ちょっと色々調べたら、つい。お化粧で隠したつもりだったんだけど」


 受験を優先して、とかなんとか言うつもりだったけど、夜遅く、俺の事を思って、どんなチョコを作ろうか、どう渡そうか、あれこれ考えてくれていたのを思うと、そんな言葉は吹っ飛んでしまった。


「それじゃ、せっかくだから、食べていい?」


「どうぞ、どうぞ」


 その言葉を受けて、チョコのひとかけらを口に運ぶ。


「美味しい。それに、ミルクの味が強くて、なんか懐かしい」


 そういえば、紗絵さんはミルククッキーとか、練乳味のかき氷とか、ミルク味のものをよく作ってくれたっけ。


「うん。むーちゃんが好きな味だったから、ミルクチョコレートにしてみました」


 そんな彼女の声から、どれだけ俺のことを想ってくれていたのが伝わってきて、ちょっと前まで、お姉さんぶられて、とかそんなことが気になっていたのが恥ずかしく思える。


 それと同時に、そんな彼女がとても愛おしくなってくる。ぎゅっと彼女の身体を抱き寄せる。


「あの、紗絵さん。キス、していいかな?」

「え、ええ?いきなり?もちろん、いいけど、ええと……」


 あたふたしている紗絵さんがとてもかわいらしくて、俺はそのまま少し強引に彼女の唇を奪ったのだった。

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