ハレーGP⑦
「消灯」
午前0時。寮の電気が消される。
美理とピンニョはベッドの中、ワイヤレスイヤホンでラジオを聴く。
そのふとんに麗子が入って来る。
「どうなったの?」
「・・5位(声がうわずっている)」
「え?ホントに?」イヤホンを付ける。イヤホンは3つある。
「さっきまで3位だったの。私が観てたから順位落ちたのかも・・」
まあ気持ちは分かる。「じゃあ聴くのやめる?」麗子は悪戯っぽく尋ねる。
「やだ」
「じゃあ応援しましょう」
後ろから迫る<イエローバッカス>をブロックしたまま、<フロンティア号>はワープトンネルを抜ける。天王星軌道を通過。再びワープトンネルに入る。
「しつこいオカマは嫌われるぞ」
エンジンパワーは相手が上だ。煽られる。
「!」
前方に宇宙船が止まっている! 4位の⑨<レッドフォックス>!
明は辛うじて避ける。
<イエローバッカス>も避けたものの、通常空間へコースアウト!再発進出来ずにリタイア。
「おかしい。事故が多すぎる」
瞬く間に後ろに遠ざかっていく宇宙船を見ながら、明は不審がる。
<レッドフォックス>は失格となる。イエローフラッグは振られない。レース続行。
『明、マーチン。そのまま聞いてくれ』啓作から通信が入る。
『このレースの裏でテロが計画されている。犯人はハレー彗星の軌道を変えて、地球に衝突させようとしているらしい。銀河パトロールも動いているが全容は不明だ。方法は分からない。武器のチェックは厳密にされている。だが例えば高エネルギーの宇宙船が彗星にぶつかったら・・計算では可能だ』
「自爆テロ?」マーチンがつぶやく。
「・・・」
神聖なレースを汚されて、明は静かに怒っていた。こうなると・・強い。
最後のワープトンネルを抜ける。土星軌道到達。
<フロンティア号>は遥かに遠い太陽を目指し飛ぶ。前を飛ぶ宇宙船は3機。トップに返り咲いた<フリーダム>とのタイム差は15秒。
月のパドック。
グレイに通信が入る。相手はウルトラTVのプロヂューサーN。(第2巻第4章参照)
『いやあ。あんたが連絡くれるとはな。またスクープになりそうなネタか?』
「まだ分からん。残したメッセージの通り、何か変わった動きはないか?え?株?・・他には?うん・・そうか。ありがとう、何かあったら頼む」
『渡した報酬、全部寄付したんだな。意外と優し・・』プツン。
通信を切る。シャーロットと目が合う。グレイは恥ずかしがりながら啓作の方を向く。
「<レッドフォックス>のパイロットも操縦不能になったと言っているらしい」
啓作は腕を組み、しばらく考えたあと、グレイに尋ねる。
「<トゥルーライ>と<レッドフォックス>の共通点は何だ?」
「・・シンクロ?2機ともシンクロ機だ」
「もしも外からシンクロ機を操れるとしたら?」
「彗星に衝突させる事も可能だ」
「シャーロット!不審な電波の情報はないか?」
「解析中だけれど、少なくとも超光速通信の痕跡は無いわ。つまり・・」
「“操作“が行われたなら近距離から・・つまりレース参加の宇宙船からか」
「俺は銀河パトロールの知り合いに問い合わせてみる」
部屋を飛び出して行くグレイを啓作が呼び止める。
「待て!株がどうかしたのか?」
「ん?地球企業の株に売り注文が、バーナードⅢとかパンゲアなどの株にかなりの買い注文が出ているらしい。関係無いだろ」
「・・・」
<フロンティア号>のレーダーが前方の浮遊物をキャッチする。警告音。航行コースと離れており衝突の可能性は無い。
それは先行する<フリーダム>と<デスウィング>が廃棄したブースターだった。ちゃんと他の船に当たらぬようコース外に射出されている。
「<フリーダム>か」
明にとって忘れられない船名だ。かつて明は同じ名の宇宙船に乗って“恐怖の大王”に遭遇した。明以外の乗組員は全員死亡した。もう500年以上前の話だ。
「そうか」明が叫ぶ。
「啓作!エンジンブースターをミサイルとして使ったら・・」
「なるほど。その方法でも彗星の軌道を変えられる。一番威力があるのは太陽最接近時の反重力エンジンか」
すかさずシャーロットが解析。
「反重力エンジンを使用している機体は15機。ブースターに使っているのは3機。うち1機は2位のマシンよ。しかもシンクロ機!」
「②<デスウィング>か」
<フリーダム>と同じく垂直尾翼の無い宇宙専用機だが、こちらは真っ黒な機体で昔のステルス爆撃機か特撮の円盤を彷彿させる。無名のパイロットでシンクロ機、予選でも本選でも明たちより上位。奴が犯人か被害者候補なのか分からない。だが追いつけなければ阻止できない。
明は前をにらむ。はるか先にエンジン噴射の光が三つ見える。
『レースは後半戦。土星-木星間。トップは依然<フリーダム>、2位<デスウィング>、3位<ブラックスワン>、そして4位は今大会台風の目<フロンティア>!』
生徒たちが寝静まった真夜中の寮はしーんとしている。
美理はラジオを聴きながらトイレから自室に戻る。美理のベッドで麗子はすうすうと寝息を立てている。運動部のかけもちで疲れているのだろう。お蔭で狭い。まつ毛長い。さすがはミス真理女、綺麗だ。ピンニョも眠っている。起きているのは美理ひとりだけ。
美理は上着を羽織り、ベランダに出て空を眺める。ある星を探す。
さっきの屋上ではまだ地平線に隠れて見えなかった星。250光年先の太陽。ここでは空の星の一つに過ぎないが、そこで明たちは頑張っている。星に願いを込める。光速を越えて届け。