ハレーGP⑥
海王星軌道の外側には“エッジワース・カイパーベルト”と呼ばれる小型の天体が多数存在するエリアがある(冥王星もそのひとつ)。ハレー彗星の遠日点(太陽から最も遠い公転軌道ポイント)はその中にある。小惑星帯ほどではないが、幾つもの小天体が宇宙船の行く手を阻む。ここは予選のタイムアタックコースでもある。
⑮<イエローデビル>は速度を落とし小惑星を避ける。
その間・小惑星ぎりぎりを<フロンティア号>がすり抜ける。これで13位。
前方に別の黄色い大型船。<イエローバッカス>。追いついた。
「直線の借りはコーナーで返す」
姿勢制御を繰り返しながら<フロンティア号>は差を縮める。
「こんな所で」「汚いわ卑怯よ」
オネーとカマーが騒ぐ。卑怯ではないと思う。
明は<イエローバッカス>のブロックをさらりとかわし、抜き去る。
「覚えときなさい。きー」二人は中指を立てる。
12位に上がった明たちの前方に巨大な球体が現れる。
幻王星。太陽系防衛のために造られた惑星型要塞。ほぼ地球の月と同サイズ。予選の時には無かったが、地球連邦のはからいで折り返しポイントの目印として移動して来たようだ。
ハレー彗星の公転軌道は楕円形。ハレーGPのコースレイアウトはとてつもなく長―いストレートと遠日点近日点のヘアピンカーブからなるオーバルコースと考えていい。スピードを落とさざるを得ない遠日点付近にピットを設けるチームが多い。半永久機関のエンジンが主流のためエネルギー補給するケースは少ないが、整備修理やブースター装着のためピットインする船は多い。明たちはピットインを予定していない(お金がないのでピットを設けられなかった)。
トップ2の①<フリーダム>②<デスウィング>を先頭に⑪<ジャスティス!>⑥<イエローバッカス>と次々とピットインして行く。そのためトップは⑤<ブラックスワン>、以下⑨<レッドフォックス>、⑩<ルルール>・・と続き、<フロンティア号>は6位。
幻王星を通過。遠日点が近づく。
前の⑫<TKG47>が逆噴射で速度を落とす。その前⑬<轟>もだ。
<フロンティア号>はレイトブレーキングでその二機を追い抜く。
『ゼッケン17、まだブレーキをかけない・・まだ・・まだだ。これは突っ込みすぎだあ』興奮したアナウンス。
明は船体を90度傾ける。メインエンジン停止。軽くブレーキング。垂直上昇ノズル噴射。
「亜空間ドリフト!」
「そんな航法ないって」Gに耐えながらマーチンがつっこむ。適当なネーミングだろう。
<フロンティア号>急速ターン。亜空間ではなく通常の宇宙空間を滑って行く。
姿勢制御。方向転換するやいな、「行けー!」エンジン全開。
立ち上がりで、3位⑩<ルルール>に迫る。
<ルルール>はオリオン腕の外側・ペルセウス腕のキキイ星からの特別参加だ。キキィ星人は言わば「二足歩行する猫」だ。頭部は地球の猫に類似し、指はヒトの様に長いが肉球はちゃんとある。彼らの文明は人類に匹敵、勿論<地球連邦>ではないが<銀河連合>には所属している。船名は彼らの言葉で「友情」を意味する。
パイロットのハットとラーは思いもよらぬ明たちの接近に慌てる。毛が逆立つ。
「ぶつけるなよ。星間問題になる」
マーチンが心配するが、杞憂に終わる。
<フロンティア号>3位浮上。
「さ3位!ホントかよ。1位とのタイム差は29秒」
マーチンの声は上ずっている。明は前を見続ける。
「この前に2機!・・あとたった2機!」
ルリウス星の夜空にはコバヤシ彗星が輝いていた。
美理は校舎の屋上で天体観測中。天文部は週一回だけ午後10時まで部活動を認められている。美理は部長権限でそれを今日にした。部員は他に1年生がふたり。一人が天体望遠鏡を操作、あとの者はモニターでその映像を眺める。
「今日はよく見えてよかったねえ。じゃあ、後片付けと戸締りよろしく」
初老の顧問の先生は職員室に戻る。帰りに鍵を持って行く事になっている。あと2時間。先生付き合わせてごめんなさい。
美理は後輩に望遠鏡を譲り、モニターをTVに切り替える。ここなら放送を受信できる。この時間、談話室のTVは観れない。後輩たちの了解を得て音をスピーカーで流す。
ステルス状態のピンニョが状況を教える。
美理はその順位に驚きつつ、空を見上げてつぶやく。
「3位・・ほんとすごいね。でも何位でもいい、無事にゴールして」
「先輩。自動追尾の仕方、もう一度教えてください」
「はーい」
『カタパルト装着・・射出!』
小惑星に造られたピットから、ブースターを装着した<フリーダム>が飛び出す。
コクピットのブラッドとシュガーはGに耐える
「ブースター点火」
更なるGがふたりを襲う。
凄まじい加速で幻王星から遠ざかる。
前方に数秒前に発進した②<デスウィング>が飛ぶ。この船はブースターを二つ装着しているが、一つしか使っていない。
不思議に思いつつブラッドは<デスウィング>を追い抜く。
二機は太陽の方角へ消えて行く。
トップの⑤<ブラックスワン>は海王星軌道に達しようとしていた。ワープトンネルが近づく。2位は⑨<レッドフォックス>、3位⑰<フロンティア号>。
だがその背後に二機の宇宙船が迫っていた。
月のメインスタジアム。
「すげえ・・ピットイン組が巻き返してくるだろうけど・・すげえぜ17番」
ヨキの隣人は興奮している。
ヨキは意外と冷静。実は眠い。スタジアムの熱気と歓声が眠らせてくれない。
グレイはなかなか戻って来ない。
歓声が上がる。
巨大スクリーンに<フリーダム>と<デスウィング>が<フロンティア号>をパスする光景が映し出される。会場にため息が漏れる。明たちは5位に落ちる。そのままワープトンネル突入。
その頃、グレイは啓作たちのパドックにいた。
「あせるな。今のペースでいい。今の順位を守れ。勝負は近日点、ヘアピンだ」
通信を終えた啓作が振り向く。「信憑性は?」
グレイが答える。
「ワープトンネルでリタイアした<青い流星>は銀河パトロールだ。レースに参加しながら陰謀を調査していた。衝突した<トゥルーライ>は突然コントロール出来なくなったと証言している」
「しかし突拍子のない話だ。ハレー彗星を地球にぶつけるなんて・・」