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ハレーGP③

 先頭グループは火星軌道を通過。

 火星そのものは太陽の向こう側だ。ハレーGPは太陽系観光のPRにもなるのだが、今回の惑星の配列は“外れ”で、近くを通るのは水星と木星だけだ。だが今年はハレー彗星が地球に接近する記念の年。

 旧暦に地球に落下した“恐怖の大王”は地球に氷河期と極移動ポールシフトをもたらしただけでなく、太陽系をかき乱した。いくつかの惑星の公転周期に影響が出ており、ハレー彗星も以前より公転周期が少し伸びていた(約500年で半年程)。

 ハレー彗星の現在位置は近日点を過ぎた所、地球最接近はあと一か月後だ。

「おはよー」二段ベッドの上から麗子が挨拶。

 返事がない。

「あれ?」

 覗き込むと、下段の美理のベッドはもぬけの殻。あの寝坊助で寝起きの悪い美理が?

 美理は制服に着替え、寮の談話室の3DテレビでひとりハレーGPの中継を観ていた。

「15位」<フロンティア号>は15位。ガッツポーズする。喜ぶのはまだ早いぞ。


 火星と木星の間には小惑星帯(アステロイドベルト)がある。

 幾つかの小惑星に取り付けられたパネルにはおすすめコースを示す「←」や「↓」といった矢印が表示される。想像よりも各小惑星間は離れているが、猛スピードでその間をすり抜けるのは至難の技だ。

 <フリーダム>はじめ5-6機の先頭グループが通過。

 続いて第2グループ。明たちを含む約10機。

 <フロンティア号>の船首から光の粒子が後方へ流れて行く。こういった場所のために取り付けた通称“アンテナバリアー”だ。

 星が迫る。長細いウ〇コいや葉巻型。矢印通り右へ避ける。

 次の星が迫る。いびつな形。左へ。いや宇宙船(ふね)がいる。下へ。避けて追い越す。

 次。球形。大きい。パネルの表示は「↑」。しかしすぐ後ろにさらに大きな星がある。右上へ。すぐ姿勢制御。船体を傾け、下へ。二つの星の隙間を抜けて行く。

 明は冷静だ。難なく通過して行く。この程度の小惑星帯は何度も経験済みだ。

「バリアー要らなかったんじゃねーか」マーチンがぼやく。

 6位⑧<トゥルーライ>が小惑星と接触。200m近い大型の船体は何の問題もなく飛び続けるが、小惑星の軌道が乱れる。矢印パネルの表示が乱れる。

 第3グループの数機が小惑星を避けようとして接触。1機は小惑星にぶつかり航行不能になる。それでもイエローフラッグは振られない。

 各機は速度を落とさざるを得ない。その中で順位を上げている船がある。<フロンティア号>だ。次々と小惑星を避け、一気に11位浮上。

「11位!」歓喜する美理。

「ごきげんよう」

 談話室に寮生たちが集まって来る。もうすぐ朝礼だ。

「おはよー。何?ハレーGP?あ・アイドルの嵐拓哉が出てるんでしょ?」誰だそれは。

「やば!まだ顔洗っていない」

 美理は談話室を飛び出す。降りて来る生徒たちとすれ違い階段を駆け上がる。

「はい」二階の洗面所前で待っていた麗子がタオルと洗顔セットを渡す。

「ありがとー」 

「あと5分よ。急いで」

 午前7時半。テレビは消され、朝礼が始まる。女子高生の一日が始まる。


 小惑星帯を出た宇宙船は速度を上げる。直進する群と遠回りして木星でスイングバイをかける群に分かれる。スイングバイとは星の重力と公転を利用して加速減速する航行法だ。木星はコースから近い。明たちは後者を選択、順位は14位に落ちる。

 太陽系最大の惑星・木星。直径は地球の約11倍。地球の様な地面は無く、主に水素とヘリウムといったガスから成る。太陽からの距離は約7億7800万㎞。公転周期は約12年、自転周期は約10時間。高速自転による横縞模様の中に存在する大赤斑は地球の数倍の大きさである。

「でか」マーチンのバイザーに木星が映る。

 木星が迫る。何度見てもその威圧感は圧倒的だ。

 その公転軌道の後方を進む。Gがかかる。加速スイングバイ。どんどん速度が上がる。

 Gとプレッシャーに耐えきれず宇宙船が次々と離脱して行く。

 <フロンティア号>の前には⑪<ジャスティス!>がいる。

 宇宙でスリップストリームは意味が無い。抜きたいがブロックされる。

「こうなりゃ根競べだ」明はさらに加速。

 巨大な木星をバックに二機の宇宙船が進む。

 マーチンの顔がGで歪む。「これダイエットに使えんかな?」

 窓いっぱいに巨大な大赤斑がこちらを見つめる。プレッシャーを通り越して恐怖だ。

 <ジャスティス!>が諦めて離れて行く。パイロットのチェンが「クレイジー」とつぶやく。

「ふかせー!」明が叫ぶ。

 ドギャーン! 力強いエンジンの咆哮。

「言われんでも・・ふかさんと・飲み込まれる」

 猛加速した<フロンティア号>は、木星を離れ、元のコースに向かう。


「凄えな。あの17番」

 月面のメインスタジアムにいるヨキとグレイは、そうつぶやいた隣の男を見る。

 マーチンより太い男は30歳程?同い年位の友人(♂)と資料を見ている。マニア?

「<ボランティア号>だっけ?」違います。

「予選17位。ワークスじゃなくてプライベートマシンかよ。スポンサーも無し。小惑星帯は難所の一つなのに順位を上げてる。これはパイロットの腕だ。木星に寄ったのは、劣るエンジンパワーをスイングバイでカバーするためだ。ワープトンネルに入る土星軌道までは加速勝負になる。作戦立てた奴もえらい」

 ヨキとグレイは顔を見合わせ、ニタリ。

 男達の会話は続く。「エンジンのパワーってレギュレーションで決まってたんじゃねーのか?」

「上限はな。しかしワークスマシンでなきゃ、あの上限パワーは出せない」

「しかも“シンクロ”じゃない」ヨキがぽつりと言う。

 シンクロとは操縦者が機械と連結して意のままに操縦する方法だ。出場50機中22機はシンクロ機だ。

「あ・ホントだ。坊主詳しいな・・ますます凄え。なになに・パイロットはアキラ=ユヅキとマーチン=サカモト?知らねえなあ」


 ルリウス星<真理之花女学園>。銀河標準語の授業中。

 美理は授業中ラジオを聴いてはいない。えらい。半分上の空で休み時間が待ち遠しい。ピンニョはステルス状態でラジオ視聴中。美理の肩に下りて来て耳打ちする。

「え?9位?」

 声が出ちゃった。注目の的になる。

 <フロンティア号>はコースに復帰。木星に向かわず直進していた船を次々と抜いて、9位に。いや、さらに1機抜いて8位に。

 1位は依然として<フリーダム>。パイロットのジョーカー=ブラッドは38歳。彫りの深い顔に軍隊で鍛えられた精悍な肉体。2mを越す身長はナビゲーターの小柄な女性シュガーと対照的だ。ふたりのいるコクピットは戦闘機並みに狭い。数えきれないメーターやスイッチで埋め尽くされている。速く飛ぶためのマシン。<フロンティア号>のような居室やお風呂など無い。

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