ハレーGP②
宇宙暦498年10月10日地球標準時午後0時5分前。
ハレー彗星は約76年で太陽を一周する(惑星の影響等で変動あり)。その公転軌道は太陽に近づいた時は金星の内側、遠い時は海王星の外側“エッジワース・カイパーベルト”を通る楕円軌道だ。地球など惑星の公転軌道はほぼ同じ黄道面を通るが、ハレー彗星の軌道は約18度傾いている上に惑星とは逆向きだ。彗星の中にはもっと遠く、200年以上といった長い周期で太陽系の果て“オールトの雲”まで達するものもある。
地球とハレー彗星の公転軌道が交わるポイントの宇宙空間では、30mの小型艇から200mの駆逐艦級まで様々な50機の宇宙船が上下2列に分かれ横一直線に並び、スターティンググリッドに着いている。
前述の様にハレー彗星の軌道は、惑星の公転面より傾いている。実際は交わらないが、太陽系を「上」から見ると惑星とハレー彗星の軌道は交差している。本作で言う各惑星軌道とは「上」から見た惑星の軌道と言う意味である。
ポールポジションは<フリーダム>。垂直尾翼の無い平べったい宇宙専用機。ウミガメを思わせるその船は<フロンティア号>より一回り小さい。パイロットは二回連続優勝のジョーカー=ブラッド。「銀河最速の男」昨年のGRC*チャンピオンで元地球連邦宇宙軍の戦闘機エースパイロット、プロ中のプロだ。(*GRC=銀河ラリー選手権)
以下順位は下記の通り。プロトン砲を取っ払った<フロンティア号>の姿も見える。
ゼッケン 船名 パイロット
①<フリーダム> ブラッド&シュガー 前回優勝
②<デスウィング> スイング&パイソン シンクロ機
③<タイガーホース> ラッキョ&フクジーン 前回4位
④<青い流星> レイジ&ミヤン 男女ペア
⑤<ブラックスワン> ハラショー兄弟 前回3位 兄弟ペア
⑥<イエローバッカス> カマー&オネー 重量級
⑦<ハードセブン> ダン&ジェームス 前回7位
⑧<トゥルーライ> グスタフ&ジャドー シンクロ機 重量級
⑨<レッドフォックス> マク―ド&モース シンクロ機 前回5位
⑩<ルルール> ハット&ラー 惑星キキイからの参加
⑪<ジャスティス!> チェン&チェンJr. 前回6位 親子ペア
⑫<TKG47> ウルフ&バニー シンクロ機 男女ペア
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⑰<フロンティア> 明&マーチン ?
明は精神集中する。「大丈夫。俺はスペースレーサーだ」自分に言い聞かす。
「偽の記憶だったけどな」マーチンがポロリと洩らす。「あ、失礼」
「・・・」明は黙ってマーチンをにらむ。
月面都市のメインスタジアムでは数十万人もの観客が今か今かとスタートを待ちわびている。その中にヨキとグレイの姿もある。一番安い“外野席”は芝生に雑魚寝。空いっぱいにスタートを待つ宇宙船が3D投影されている。
ヨキは12歳の小柄な少年。ミルキン星出身。元宇宙生物捕獲者。3分間しか超能力を使えないエスパー。美少年ではない。
グレイは22歳。<スペースマン>のメンバーではないが、協力者。自称銀河一の情報屋。こっちは金髪のイケメンだ。スーツにネクタイと正装。
アナウンスが流れる。『ハレーGPは前回ハレー彗星が地球に最接近した年に始まり、4年に一度開催されて来た。そしてハレー彗星が再び巡って来た運命の年。第19回ハレーGP。いよいよスタート1分前!』
ルリウス星。<真理之花女学園>は低い山の上にあり、緑に囲まれている。時刻はもうすぐ午前5時。地球標準時との時差は7時間(遅い)。
寮の居室のベッドの中、美理とピンニョはハレーGPのラジオ放送(超光速通信)を聴いている。小型のカード型ラジオでワイヤレスイヤホン聴取。寮にテレビは談話室にしかなく、校内では個人通信機を使えない。同室の麗子は二段ベッドの上段でまだ眠っている。
ボッケンはルリウス星の月にいる。プロトン砲を預けた民間のドックでスタッフと共にテレビ鑑賞中。美理のいる所と時差は無い。
ボッケンはシェプーラ星の知的生物。フォルムは地球の白馬に似るが、頭部は犬に近い。視力聴力脚力に優れ、口に刀をくわえての戦闘能力も高い。
宇宙船はエンジンを始動。無線アンカーがあるためスタートは出来ない。
カウントダウン開始。5・・4・・3・・2・・1・・
シグナルが赤から青に変わる。アンカー解除。
地球標準時午後0時・レーススタート。
静から動へ。
凄まじい閃光を残して、50機の宇宙船が一斉に発進する。
先頭はポールポジションの<フリーダム>。
<フロンティア号>はスタートダッシュで2機を抜く。
「よし」
流啓作とシャーロット=クィーンは監督役として月のパドックにいる。
美理と異父兄妹の啓作は22歳。出生不明の異星人だが、外観は地球人と変わらない。医師。17歳で医科大学を卒業した天才。豊富な知識を持ち、熱血漢な明と対照的に冷静沈着、チームの参謀役である。
啓作はサングラスをかけ帽子を被りスタッフジャンパーを着ている。意外と形から入る性格のようだ。残念ながらシャーロットはレースクィーンの恰好はしていない。ふたりはモニターを見ながら、明とマーチンに指示を送る。
メインスタジアム。MCのアナウンスが流れる。
『ハレーGPはハレー彗星の公転軌道を一周するのだが、近日点と遠日点さえ通れば。コースより外側はどこを通っても構わない。まあ遠回りする馬鹿はいないだろうけど。星を利用したスイングバイはOKだ。おっとワープと武器使用は厳禁だ』
歓声。巨大なモニターにはトップグループが映っている。
『最高速度は光速の15%に達する。この速度でもコースを一周するには地球時間で4日程かかる計算になる。土星以遠の惑星軌道間はワープトンネルを使って時間短縮を図り(*)、約24時間の耐久レースとなっている。パイロットは二人一組、交代で操縦しても、ナビゲーターに徹しても何もしなくても構わない。最初に地球軌道上のゴールに戻って来るのは誰か?』(*初期のハレーGPはワープトンネルを使わない数日間の耐久レースだった)